幕間 マシューにて
本日、幕間ですが2話更新です。
話が前後しても大丈夫ですが、良かったら前話もどうぞ。
酷い田舎だ。それが連れてこられたマシューで思った初めての感想だった。
彼はラジュオール子爵家の長男で名をカペッサと言った。ここへは戦争に負けた父が身代金を払うまでの人質として連れてこられたのだ。
初めはユスベル帝国の皇都へ連れて行かれる予定だったのだが、皇都では人が多すぎてダメだと言う話になった。
そもそも、間者が多量に流れ込んでいた皇都に人質を連れてきては、その間者達が人質奪還の為に暴れまわる可能性があったからだ。
だから村人全員が身内の様な狭いコミュニティーであり、またそこへたどり着くまでに時間のかかるマシューが選ばれた。
ここまで馬車で4日かかったので、カペッサはやっとゆっくりできると思い降りてみれば、文化の『ぶ』の字も無いような田舎だった。
「それでは、私はここまでですんで」
ここまで自分達を乗せてきた馬車の御者は、村の入り口で荷物を下ろすとさっさとどこかへ行ってしまった。その馬車の代わりに、村の中から数人の男達がこちらへ歩いてきた。
色黒で雪が降りそうなほど寒いと言うのにかなり薄着の男たちだ。その人相の悪い男たちを見たメイドのオーシャはカペッサをはじめとする兄弟3人を守るように前へ出た。
「あっ、あなた達は何者ですか!」
只ならぬ雰囲気を放つ男たちを前にして、オーシャは威嚇するように言った。しかし、男たちは別段気にした風も無く声をかけた。
「おぉ、あんたらがロベール様の言ってた客人か」
カペッサ達の事はロベールによって数日前にマシューへ伝えられていた。
その時にロベールからカペッサ達が来たら荷物を運ぶように言われていたのだ。ただ問題なのが、彼らが何の為にカペッサ達に近づいてきたのかを言っていないことだ。
「これは、どこに運ぶんだったか?」
「ロベール様の家じゃないのか?」
「いや、あそこはじゅーよー機密とかがたくさんあるから貴族様以外入れないだろ?」
やんややんや、と男たちは荷物をどこへ運ぶのか言いあいながらカペッサ達の荷物を持とうとしたが、メイドから待ったがかかった。
「あっ、貴方たち! 下男なら下男らしく、まずは自らの名を名乗ったらどうなんですか! そもそも、ラジュオール家の方達の荷物を勝手に触るなど不敬ですよ!」
そうは言うが、男たちはロベールに頼まれただけであって下男でも何でもない。しかも、人の荷物と言っても子爵家から着の身着のままマシューへ来ているので、この荷物は全てロベールが買い与えた物だった。
相手が貴族だとは知らない男達はそのメイドの言葉に眉をひそめたが、それでもロベールの客人には変わりないので何とかそれ以上顔に出すことは無かった。
「どーしたの?」
ピリピリとした空気の流れる場に似合わない素っ頓狂な声が聞こえた。
全員がそちらに見て、そしてラジュオール家の四人は驚いた。だが、男たちは慣れているのか気軽に挨拶をするだけだった。
何だ、あれは!? その中でもカペッサは驚きを隠しきれなかった。
現れたのは自分の弟たちと同じくらいの幼い女児だったのだが、その子は空中に浮いていたのだ。いや、空中に浮いているように見えるが、長い棒に出っ張りを付けてその上に立っているのだ。
それはロベールが教えた玩具だった。マシューには竹が無いので木製となっているが、それは紛れもなく竹馬だ。そして、それに乗っていたのはロベールを兄と呼んでいるレレナだ。
竹の様にまっすぐ生える都合の良い木が見つけられなかったのか、木は簡単に切り出した角材に、高さは2メートルほどと言う大人の背丈よりも高い位置に足場が設定されていた。
「おぅ、レレナか。いやな、ロベール様からこの人達の荷物を運ぶように言われていたんだが、何か知らんが触るなって言いだしてな」
「ふ~ん」
レレナは男たちと話し終えると、カペッサ達の方を向いた。バランスの悪そうな竹馬に乗っていても、子供特有のバランスの良さとでも言うのだろうか体は全くブレていなかった。
その竹馬に乗るレレナが自分達を見下ろしているのが気に入らなかったのか、メイドは叱責するように怒鳴る。
「平民が上から見下ろすとは何事ですか! すぐに降りて謝りなさい! 早く!」
「えうっ……、ごっ、ごめんなさい……」
レレナはメイドの言う通り、男たちに抱きかかえられながら竹馬から降りるとすぐに謝った。
メイドとしてはそれで多少溜飲が降りたが、そうはならなかったのがマシューの男たちだった。
「あんなぁ、あんた等。あんた等がどこの誰さんかは知らんが、何もしていない子供に怒鳴るって言うのは人としてどうなんだ? 誰にでも喧嘩を売るのは構わんが、それによって後ろの子供達も巻き込まれる事もちゃんと考えているんだろうな?」
服装が上質ではあるがまだ普通だったので分からなかったが、相手が自分達の事を『平民』呼ばわりした事で、相手が貴族や豪商と言った側の人間と言う事が男たちにも理解できた。
だが、マシューの人間がこうも責められては我慢ならなかった。初めは言い聞かせるように言っていたが、後半はドスの効いた声色で言った事で、強気に語気を荒くしていたメイドはすぐに意気を挫かれたように消沈した。
「そっ、それは――」
そっと後ろを見やうメイドの目には、カペッサを始めとした子供達が不安そうな目で自分を見る姿が映った。
夜中に賊が侵入すると共に、あれよあれよと言う間に人質としてユスベル帝国へと送られた。
今までメイドとして大変ではあったが何とか暮らしていたこのメイドは、メイド長からカペッサ達の身の回りの世話をする顔見知りの世話役として共に行くように言われた。
慣れない他国での人質としての生活と共に、子供達を守らなくてはいけないと言う考えが先だって殺気立っていたのが今になって分かった。
「それは……申し訳ありません」
一度考えの整理がつくと次第に落ち着きを取り戻し、客観的に自分の姿を見る事が出来るようになったメイドは素直に謝罪した。彼女も喧嘩が売りたいわけではなく、守るべき子供達を守りたかっただけなのだ。
「んでレレナ。こういう場合、どうすれば良いと思う?」
判断が付かなくなった男たちは、この中でも最年少の部類に入るレレナに聞いた。
レレナは先ほどの叱責のせいで怯えてしまい、男たちの影に隠れてボソボソと話しはじめた。
「人にされて嫌な事はしないようにしましょう、って言ってた。だから、荷物は全部あの人に任せて家に案内するだけでいいと思うよ」
「ロベール様は荷物運びを手伝うようにって言っていたが」
「触るなって言ったんだから、まずはできる所まで一人でやらせるのが一番だって言ってたよ?」
「なるほど」
それは、こういった荷物持ちではなく仕事など難題に対しての見守る側、教える側の姿勢だったが、現状がそれとどう違うのか判断の付かないレレナには「触るな」と言うのが「まずは一人で頑張る」と言うように聞こえたのでそう説明した。
ロベールがマシューに来るたびにベタベタとくっ付いているレレナはロベールの事をよく見ており、この場合ロベールであればどう言うかと言うのが良くわかっていた――と住民は思い込んでいる。
だから今回もレレナの意見がすんなりと受け入れられたのだ。
「じゃあ、家に案内するぞ。後は俺がやっておくから、お前らは網の修理をしておいてくれ」
前半はメイドとカペッサ達に。後半は仲間の男たちに言うと、リーダー格の男はさっさと歩き出した。
「ちょっ、ちょっと」
荷物はかなりの量がある。四人分の衣服に防寒着、そして布団だ。他にも身の回り品として細々とした物が多く一人でも運べるがどれくらい時間がかかるか分からなかった。
「ねぇ、あなた」
メイドは助け舟を求めようと、知恵袋的な女児に助けを求めようとしたが、降りるときは人の手を借りていたにも関わらず、乗る時には上り棒の要領で片足分の竹馬に登ると簡単に足場にたどり着き、すぐに二本足となりさっさとこの場を去って行った。
リーダー格の男はと言うと、メイド達がついてきているのを確認することなく歩いているので遠くへ行ってしまっている。
「みっ、皆様、後は私がやっておくので、まずは部屋の方へ急ぎましょう」
そう言い、カペッサ達をまとめると男の後を追った。
荷物はその後、メイドが12往復して部屋まで運びこんだ。周りに人気が全くなかったので誰にも頼む事が出来ず、途中で一本竹馬をしていた女児を見つけたが、レレナはメイドの姿を見つけると一本足にも関わらず凄まじい勢いで逃げて行った。
メイドはこの村での今後の生活について考え、そして大きくため息を吐いた。
マシュー=主人公が準統治領として受け持った町。旧皇都。
レレナ=マシュー町長の次女。主人公をお兄ちゃんと呼んで慕っている。最近、つっかえずに桃太郎を読めるようになった。
カペッサ達=ラジュオール子爵の子供と、その世話をするメイド。
マシューの男達=油魚漁の漁師。力持ちだからと言う理由で、今回の荷物持ちを主人公に頼まれる。




