実家(仮)への手紙
前回のあらすじ
ラジュオール子爵とその子供たちを拉致に成功。
戦後処理として、身代金の支払いの話し合いを始める。
人物紹介
ミーシャ=蛮族大鹿の一員。今回の強襲に傭兵として仲間2人と共に参加。
あの後の身代金の話し合いはやや難航した。
俺自身がこちらの身代金の値段についてよく分かっていなかったので、適当に金貨一万枚と言ったところ「高すぎる」と言う返答があった。
まぁ、これは自分でも高すぎるよなと思っていたので5000枚にまけた。周りの反対も無かったので、そこまで低くない金額なんだろう。
しかし、それでも子爵側は高すぎて支払えないと言った。では幾らなら払えるのかと逆に問いただしたところ、金貨2000枚でどうか? と打診があった。
余りにも安くなったため、今度は帝国軍の方が「ふざけるな」と言う混沌とした状態となった。
そこで起きた鶴の一声と言うのか、ミーシャの言葉で全てが好転した。
「じゃぁ、払える分だけ返したら良いんじゃないの?」
まさかの人質の分割返還を提示したのだ。提示額の4割だから、足の付け根より少し下から切り取っての返還になるだろう。
誰にも考え付かなかった人質の返還方法に笑い、計算ができないミーシャの為にどこら辺から切り取れば良いのか教えた俺を本気でやりかねないと判断したのか、子爵側は要求金額よりも若干低い金額を提示した。面の皮が厚いとはこの事か。
このままでは埒が開かないので、一括支払いであれば金貨4400枚。分割返済では金貨5000枚とした。
証書を交わしたところで、再び子爵側から待ったがかかった。子供が人数に入っていないかららしい。当たり前でしょ。
「それは子爵のみの返還金額なので間違えではありませんよ? そちらに身代金の支払い意思があるのであれば、こちらも客人として迎え入れる用意があります。ですが、支払う意思が無いのであれば、それなりの扱いとなるのでそこのところはご了承ください」
「ふっ、ふざけるな! そんな話、信じられるわけがないだろう!」
人質を分割返却しようとした奴の話しなんて、怪しくて信じられるわけないだろう。俺だって普通なら信じない。
「信じていただいても、いただかなくても結構です。私は、きちんとそちらの要求に沿うように身代金の金額を減らしましたよ? 何なら、金貨7000枚に戻しましょうか?」
折角引き下げた身代金が再び増額しそうになると、子爵側は一様に沈黙した。
「金が惜しくなったのであれば、こちらも分割で良いですよ? ただし、全て支払終えた後にお子様は返却となりますが」
金が惜しく、と言う言葉で子供たちの顔に不安の色が差し、すぐに父親であるラジュオール子爵を見た。
そりゃそうだ。自分達の命が金でやり取りされているうえに、その金額が高く親の足かせになっていると言うのは子供ながらに理解できるだろう。
見たところ長男は俺と同い年くらいだから、貴族としての立場は理解しているだろうし、理解しているからこそ自分の価値と身代金の天秤がどちらに傾くか気が気ではないだろう。
この世界には一応養子を取って継がせることもできるはずだが、その場合名は残るが血統と言う貴族的価値は無くなってしまうので、子爵的にもそれは避けたいところだろう。
そして、子爵はすぐに返答した。子供4人分金貨1800枚の分割支払いだ。
★
ユスベル帝国皇都 マシェーナ皇宮
「おぉ、聞きしに勝る幼さだな」
皇宮にある宰相室前控室で会った、ユスベル帝国に三人いる頭脳の内の一人アガレスト左丞相は俺を見るなり笑いながら言った。
ユスベル帝国の頭脳――皇帝陛下を補佐する役職には、トップにサンバー宰相と呼ばれる人物が居り、御年72歳。棺桶に片足を突っ込むどころではないその年齢で、一日のほぼ全てを三途の河原で日光浴しながら過ごしている。
飯時にはちゃんと起きてくるので、三途の川らには食事をするような施設が無いんだろうと予測できる。
先代からの知恵袋的な存在で、必要なとき以外口出ししないんだそうだ。
二番目に偉いのは、目の前のアガレスト左丞相で、現在52歳。最年少はヴァイル右丞相で、現在41歳。冷えた顔つきで眼鏡を光らせ、夜な夜な攻めてきそうな野郎だった。ちなみに、アガレスト左丞相と間違えて話しかけてしまったせいで、俺の顔を覚えられた。悪い方でな。
そのアガレスト左丞相は、外套と服が一体化したような不思議な服に身を包み、頭はぶつける事で知識が無くなることの無いようにと保護の意味合いが強いターバンの様な帽子を被っている。これが、この国での宰相または左・右丞相の正装だった。
「お初お目にかかります、アガレスト左丞相様。お忙しい中、時間を取らせてしまい申し訳ございません」
「いやいや、これも仕事だ。サンバー宰相はお休みになられているから、代わりに私が今後の流れを説明させてもらう」
「ありがとうございます。アガレスト左丞相直々にお話していただけるなど、身に余る光栄です」
「ハハッ、今我が国で一番有名な竜騎士にそう言ってもらえるとは、私もまだまだ現役でいられそうだ」
宰相と言った頭脳人と言えば王様を裏から操る腹黒な人間が直ぐに思い浮かんだが、この人は何かイメージと違った。
初めは騎馬騎士経由の近衛出身の騎馬騎士派の人物と思ったけど、話してみると竜騎士に偏見が無いどころか、竜騎士になりたい方面の人だった。
だから、初めは一番若いヴァイル右丞相が俺を受け持つ事になっていたが、そこをアガレスト左丞相が横やりを入れて奪い取って今に至るそうだ。
俺の知らないところで、俺争奪戦勃発だぜ。なお、相手は興味が無かったもよう。
「ところで、本日私が呼ばれたのはどのような話なのでしょうか?」
「あぁ、そうだったな。ここへ呼んだのは、今度この皇宮で君の武勲に対する表彰と褒美についての話し合いの為だ」
「なるほど」
少数精鋭で子爵邸を襲い、子爵を拉致する。そして、カタン砦防衛戦で兵を損耗させることなく、被害を最小限に抑えることに成功。うん、我ながらよくやったと思うよ。
「本来であれば陛下の御前で応答するのだが、君は学生だからこう言った事には慣れていないだろう」
「そうですね。突然呼び出されて何が欲しい? と言われても受け応える自信は無いですね」
欲しい物は決まっているけど、貴族になってまだ一年未満。色々と勉強はしているけど、こういった時のマナーについては疎い。
「そうだろうな。だが、こうして会ってみて杞憂だったのではないかと思い始めている」
「杞憂……ですか?」
「あぁ。こういった職に就いていると、自然とさまざまな人間の噂が流れてくる。君についても、あまりよろしくない話が大きく聞こえていてな」
本物のロベールの蛮行は俺もドン引きレベルに酷い。そんな蛮族が皇宮に来ても大丈夫だろうか、そもそも常識は持っているのだろうか、と呼ばれたけど、アガレスト左丞相から大丈夫と太鼓判を頂けたようだ。
「しかし、これなら問題はないな。やはり、竜騎士になると言うのは、人の本質すら変えてしまうことなのだろうな」
そして、このアガレスト左丞相は元々竜騎士志望だったが、ドラゴンを飼育するための日銭を稼ぐことが出来ず、そのせいもあって兵士学校へ行くことになったそうだ。
お蔭で竜騎士に対しての憧れが強く、今の様な状況になったようだ。
「そうですね。ドラゴンとは雄々しく慈愛に満ちています。残念なことに、竜騎士にしか伝わらない感情ですが……」
「いやいや、私には分かるぞ。私も騎馬騎士の自分はドラゴンに何度か助けられた。敵と戦うその姿は恐怖の対象となりうる存在だったが、地上に降りればその目は穏やかで優しかった」
「竜騎士でもないのに、そこまで気づいていただけるとはさすがです。もし、アガレスト左丞相の予定が合えばですが、我が愛竜に乗って飛んでみますか?」
「そっ、そんな事が出来るのか……? しかし、ドラゴンは慣れた人間でなければ振り落すと聞くが……? あっ、あぁ、君の後ろに乗せてくれると言う事だな!?」
一人で驚き、一人で気づき、一人で納得した。竜騎士からの急な申し出でに興奮と喜びとが入り混じり何が何だか分からなくなっている感じだ。
そんなに嬉しいんだろうか?
「アガレスト左丞相が望むのであれば、お一人で乗ることもできますよ。我が愛竜は賢いので、きちんと自己紹介をすれば問題なく優しく乗せてくれます」
「そっ、そうか! いや~、楽しみだな!」
「はい。心に残る、一生涯の思い出になると思います」
と、ここで互いの印象がほぐれた所で本題に入った。
「一つお聞きしたいのですが、此度の皇宮での武勲に対する表彰と言うのは、身内を呼ぶ事もできるのでしょうか?」
「身内と言うのは、ストライカー侯爵の事か?」
「はい」
「それならば、問題は無い。むしろ、侯爵自身も自慢の息子の勇壮を身に来たがっているのではないか?」
来て吃驚だな。なんたって息子が全く別人になってるんだから。
しかし、俺がやりたいのはその吃驚と言う状態からの畳み掛けだ。
「そこで、父を呼ぶときに手紙を出したいのですが、皇帝陛下の名で手紙を出していただくことは可能でしょうか?」
そこで初めてアガレスト左丞相の顔が曇った。いや、曇ったと言うより「何言ってんだ、こいつ?」と言った軽蔑するような顔つきとなった。
「君が立てた勲功は大きいが、それで皇帝陛下の名が軽々しく使えると思ったら大間違えだ」
「しっ、失礼しました……。父を驚かせたかっただけなのですが、分をわきまえていませんでした。申し訳ありません」
危ない、危ない。せっかく打ち解けたと言うのに、ちぃっとばかし調子に乗り過ぎたようだ。
皇帝陛下の名でストライカー侯爵を呼びだす事が出来れば、それだけで牽制になると思ったのだが、なかなか皇帝陛下の存在は遠いようだ。
「しかし、あれだけ無茶をしたのだから父親に早く来てもらいたいと言うのも理解はできる。先ほどの発言は、若さゆえと言う事で私の中でとどめておこう。次はしくじるなよ。ストライカー侯爵への皇宮招待の手紙は私の名で出しておくから、今はそれで我慢するように」
「はっ、はいっ! ありがとうございます!」
皇帝陛下はダメだったが、代わりに左丞相の名前でロベールの実家に手紙を出してくれるようだ。
インパクトとしては皇帝陛下の名より遥かに劣るが、俺が出すよりは驚いてくれるだろう。
「それと、褒美であるが君は何を望むんだ?」
「好きに扱える領地が欲しいですね」
「これはまた大きな物を……」
アガレスト左丞相は面食らったような顔をした。先ほどの皇帝陛下の名で~、と言うのも相まって恐れを知らない子供らしい発言ととられたようだ。
「やはり、無理でしょうか?」
「少しばかり大きすぎるな。領地が欲しいと言っても、将来的にはストライカー家の領地を継ぐんだろう?」
アガレスト左丞相の言葉に歯噛みした。すでに他の帝国貴族に領地はわけられていると言っても、全ての領地が隣接している訳ではないのだ。
とうぜん、細いところもあれば大きく開けたところもある。何もない原っぱを貰っても何かをなすと言うのは難しいので、できれば海なり川なりがあるところが望ましい。
「そうですね。ですが、元から成功している領地を貰っても面白くありません。自惚れかもしれませんが、私が領地運営を行えば税収はとても素晴らしい事になります」
自分が凄いとは思わない。そして、これがただの自惚れとも思わない。
確かに、マシューでは成功した。しかし、マシューではそこに元から事業に向いた素材があり、そして人間も勤勉であったことが大きい。
マシューで成功したからと言って、次の新しい場所でも成功するとは思っていない。言うならば、ビッグマウスだ。
「何を持ってその自信が出てくるんだ?」
「やってやれぬ事は無し、と言う事でしょうか?」
自信の根拠など何もない。案ずるより生むが易しと言うように、悩む前にやってみようが分かり易くて良い。
前世でだって会議で話し合うよりも、行き当たりばったりで作業をしながら話し合った方が、案外簡単に事が運んだ。
ただこの世界ではちょっとしたミスで飢餓が発生する。アガレスト左丞相はそういったちょっとしたことも含めて話を聞いているんだろうが、そんなことは分からん。無責任だとは思うがな。
「分かった。どうなるかは分からんが、一応皇帝陛下へは伝えておこう」
「ありがとうございます」
その後、少し世間話をすると宰相室前控室を出て行った。
ストライカー侯爵家がどう動くかが心配だ。
なんだか、シャンプーっぽい名前の皇宮登場。
マシェーナは旧首都マシューから来ています。
1月16日 誤字修正しました。
2016年2月28日 三人の宰相を、サンバー宰相・アガレスト左丞相・ヴァイル右丞相に変更しました。




