戦争の価値
これまでの状況
ロベール率いるラジュオール子爵邸襲撃部隊→ラジュオール子爵及び子供を拉致することに成功。
カタン砦防衛戦ユスベル側→空戦はやや優勢。地上戦はどっこい。
登場人物
フィーノ・ラグランジュ=竜騎士本部所属の竜騎士
マレッターナ騎馬騎士長=騎馬騎士本部所属。今作戦の大将。
エルクン騎士隊長=ラジュオール子爵軍の大将。
ノーザン・クーベル=オルステット男爵家所属の竜騎士
雷撃隊=ラジュオール子爵邸に油と火を投げ込んだ竜騎士隊
カタン砦防衛隊指揮所
昨日の戦闘は日が暮れはじめると共に、両軍から発せられた撤退の太鼓により終わりを迎えた。
竜騎士同士の戦闘は、フィーノは敵竜騎士から一本取った事もあり、ユスベル帝国側がやや優勢で終わった。
地上の騎馬や歩兵の戦闘は両軍共だいたい似たような被害で終わった。
これが昨日の戦闘での結果だった。両軍ともに被害はそこまでもなく、士気は上々だった。
そして、次の日も同じように戦闘が開始されようとしている。
「昨日は、敵の竜騎士を打ち破ったそうだな。」
「えぇ、まぁ。かなりギリギリの所でしたが、おかげで竜騎士達の士気は上々です」
「ギリギリでも勝ちは勝ちだ」
マレッターナ騎馬騎士長はそう言うと部隊の配置図に再び目を落とした。
そこには守りを重視した兵の配置が書かれており、昨日とは違った考えの元作成された物だと言う事が見て取れる。
「もうすぐ完全に日が昇るが……本当に来るのか?」
指揮所の天幕の外ではすでに兵士が朝食の準備を終え、朝食をとりはじめている。予定通りいけば、あと一時間もしない内に戦闘が再開されるだろう。
竜騎士のフィーノはマレッターナ騎馬騎士長からの質問に頷くことで返した。
「奴は優秀なので、間違えなく来ます。ですが、時間の前後はあると思うので戦闘準備だけは進めておいてください」
揺るぎない自信と言うべき物を、マレッターナ騎馬騎士長はフィーノ越しに見た。
この作戦を開始するにあたり、昨日の時点で戦闘は一日で終わると予想されていた。
それは、この作戦の総指揮官であるマレッターナ騎馬騎士長も、ただ『終わる』としか知らされていない内容だった。
何度問い詰めてもフィーノは『終わる』としか言わないので、マレッターナ騎馬騎士長のフィーノに対する心情は悪化の一途を辿った。
そして、ラッパの音が戦場に鳴り響いた。
「停戦のラッパだと!?」
マレッターナ騎馬騎士長は指示をしていない突然の停戦ラッパに驚き、剣も持たずに天幕の外へ飛び出した。
「どうなっている! 誰が停戦のラッパの指示をした!!」
唾をまき散らしながら、マレッターナ騎馬騎士長は近くに居た騎馬騎士に怒鳴った。
問われた騎馬騎士も寝耳に水のそのラッパに驚いており、首を振りながら自分の指示ではないと説明した。
「ご安心ください。作戦が終わった事を知らせる合図です」
「何だと……?」
そのフィーノの言葉に、マレッターナ騎馬騎士長は静かに憤った。
★
ラジュオール子爵軍側
エルクン騎士隊長が居る天幕でも、ユスベル帝国軍指揮所と同じように本日の陣配置を考えた地図が机に広げられている。
その横には、オルステット男爵家の竜騎士のノーザンが座っている。
彼は前日のユスベル帝国の竜騎士との一騎打ちで敗北しており、現在もドラゴンが療養中との事でアドバイザーとして軍議に同席してもらっていた。
しかし、当のノーザンとしては一騎打ちに負けた将に何を聞くのか、と言った様子で拗ねているが、竜騎士が全体的に減っているラジュオール子爵軍としては嫌がらせと言う意図は全くなかった。
「今のところ、地上は士気も高く被害も少ない。しかし、問題は空だ。竜騎士が圧倒的に不足している」
一昨日の竜騎士の援軍があったユスベル帝国軍であったが、相手は戦場の仕来りを守るつもりなのか、ドラゴンに対しては過剰な戦力を投入することなく、あくまでラジュオール子爵軍が出す竜騎士と同等の人数しか参加させていない。
しかし、ラジュオール子爵軍の竜騎士は同盟相手から借りるほど逼迫しており、戦争相手のユスベル帝国は、怪我はもとより一度でも参加した竜騎士はすぐに後方に送られている。
お蔭で竜騎士の体力や士気はとても高い物となっていた。
このままではジリ貧だと言う事は誰の目にも明らかだった。
「ノーザン殿。オルステット男爵様へ竜騎士の援軍をお借りすることは出来ぬだろうか?」
「その場合は傭兵扱いとなるので、雇うための金は先払いとなる」
現在ここに居るノーザンは、オルステット男爵の同盟相手のラジュオール子爵家への助力として従軍していた。
そして、オルステット男爵はラジュオール子爵とこれからも懇意にしていきたいと言う姿勢を示す為に、ノーザン達竜騎士を戦場での食事や住居を提供するだけで出向させている。
これ以上の戦力貸与はオルステット男爵にとっても領地を危険に晒すことになるため、この様な返答になる。
領地経営をするに当たり堅実さを第一にしているラジュオール子爵は、こういった突然の出費を嫌う。
だからと言って出し惜しみするわけではないので、この様な絶対に必要な状況であれば問題なく金は出す。出すのだが、必要と分かっていても機嫌がとても悪くなるのだ。
「仕方が無い。このままでは空は全てユスベル帝国に支配されてしまう。それだけは何とか――」
と、ノーザンを通してオルステット男爵家へ竜騎士の援軍を頼もうとしたエルクン騎士隊長の耳に小さなラッパの音色が届いた。
「ラッパ……?」
それは小さく聞き取りづらい上に、自分達が奏でる調子でもない為に何を意味しているか分からなかった。
何が始まるのかと訝しげに立ち上がったエルクン騎士隊長は指揮所の天幕を出ると、兵士の報告を待った。
「伝令! 伝令!」
すると、エルクン騎士隊長の予想通り直ぐに報告を持った兵士が駆け寄ってきた。
「どうした? 何があった?」
「ユスベル帝国軍から停戦の申し出がありました!」
「停戦だと!? 突撃の間違えじゃないのか?」
「いいえ! 二回ラッパが吹かれましたが、二回とも停戦の音色でした。詳しい者も同じ答えを出しています」
エルクン騎士隊長は空に限っては優勢に戦闘を進めていたユスベル帝国軍が、なぜ今停戦をするのか理解できなかった。
地上側の兵士の士気も低くなく、兵士が逃げ出したと言う話も聞かない。となれば、ユスベル帝国軍の大将に何かあったとみた方が良いと言う考えに至った。
「いかがいたしますか?」
「地上に居る全軍に通達! 戦闘は一時中止だが、敵の動きに注意しろ。この間の様に劣悪な手を使う可能性がある。竜騎士は上空にて待機!」
「ハッ!」
指示を受けた兵士は敬礼すると、すぐさま飛び出して行った。
★
ラジュオール子爵邸襲撃部隊 ロベール視点
空が紫色に染まり始め、日の出が近い事を知らせている。
寒さが酷過ぎるが落伍者は居ない。しかし、子爵邸襲撃時に重傷を負った兵士が一名死亡した。やはり、失血とこの悪環境では体力の損耗が激しい。
ラジュオール子爵は唇を紫色に染め、歯の根ををガチガチと震わせている。その子供達も毛布だけでは寒いようだったので、俺が被っていた外套を貸した。
初めは仲間に止められたが、見ていられない上に捕虜虐待と言われては後味が悪い。それに、ヴィリアは発熱しているので余り薄着にならなければ何とかなる。だから今はミーシャと一枚を二人で羽織っている。
「発光信号確認!」
隣を飛んでいる竜騎士から報告が入った。空が紫色に染まり始めているので見づらいが、前方から確かにランタンの発光信号が確認された。
三角飛行させている雷撃隊の中心に俺達襲撃部隊を守らせて飛んでおり、その雷撃隊の一部を先遣隊としてカタン砦へ向かわせていたのだ。
方角はあっており、まだ戦闘も開始されていないようだ。間に合ったと言う安堵感が身を包む。
報告を受け取り、腕を振り上げると同時にヴィリアを嘶かせた。これで広がって飛行している仲間を声の通じる距離まで呼び寄せる事ができる。
「これより、戦闘領域に入る! 密集陣形を取りつつ各自警戒を厳にし、無用な戦闘行動を控えるように!」
「「「了解!!」」」
先ほどよりもドラゴン同士の距離が一気に縮んだ。
周囲に対し距離に注意する必要が大幅に増したが、これだけ密集していればとっさの命令も伝わりやすく、また目が広くなるので報告も易くなる。
仲間全体に命令が行きわたったのを確認していると、クイックイッと腰紐を引かれた。
竜騎士同士で戦闘を行う時に使う、大長槍の落下防止用紐を引かれたのだ。ただ落下させない事のみを考えたリューシュコードは荒縄製で、丈夫過ぎる為に万が一ドラゴンに引っかけた場合は大事故になるが、今回に限ってはその丈夫さを利用して後ろに乗せているミーシャと俺をつなぐ安全帯の役割を果たしている。
「どうした?」
リューシュコードの先はミーシャなので、少しだけ後ろを向いてミーシャに話しかけた。
「ずーっと先にドラゴンが飛んどる」
「飛んどるか……」
ミーシャの指さす方向を凝視するが、夜明けと言っても暗いので見え辛い。そもそも、夜が明けていても野生児のミーシャとでは視力が違うので見えないと思うが……。
重量軽減の為に最低限の装備しか持ってきていないので、普段使っている単眼鏡も持ってきていないのが悔やまれた。
「全員に通達! 前方から竜騎士が接近中! 敵味方は不明なため、二騎が先行して来い! 敵の場合は無用な戦闘を避け、直ぐに白旗を上げろ! 絶対に戦闘行動に入るな!!」
命令を受け取った前を飛ぶ竜騎士が先行し、左右を飛んでいた竜騎士一騎ずつが前を固めた。即席部隊でありながら澱みない動きだ。
★
「ご乗車いただき、ありがとうございます。お忘れ物などございませぬよう、お降りください」
寒さと長時間ドラゴンに跨っていたため固まってしまった足をほぐしているラジュオール子爵に対し、できるだけ笑顔で話しかけた。
忌々しそうな顔で睨みつけられたが、意味が分からんな。せっかく子爵を慮って声をかけたと言うのに。
「ラジュオール子爵様!?」
「これは一体!?」
すでに戦闘は停戦命令が双方に出されており、戦場中央に作られた話し合いの場にはラジュオール子爵軍の最高責任者であるエルクン騎士隊長も居た。
そのエルクン騎士隊長は、ユスベル帝国軍の所有するドラゴンから降りてきたラジュオール子爵を見ると叫びにも似た声で名を呼んだ。
それと同時に、ユスベル帝国軍の騎馬騎士隊の騎士もこの場に居るはずない人物が、自分達の仲間のドラゴンから降りてきた事に驚愕した。
「見ての通り、そちらはラジュオール子爵と言う総大将を捕えられた事により敗北となりました。ここで行われるのは、戦後処理の話し合い及び捕虜解放の身代金の支払いとなります」
寝耳に水である俺の発言に、エルクン騎士隊長は開いた口がふさがらないのか酸欠気味の魚の様に口をパクパクさせるだけだった。
そう。昨日のちょっとした戦闘は、戦争をしていると言う実績作りのためだ。
今回の功労者は俺を含めた、天駆ける矢を中核とする竜騎士がメインだ。
しかし、このままでは騎馬騎士側は出張ってきただけで戦闘――稼ぎも無しに帰すことになる上に、竜騎士に良い所を全部持って行かれる事になる。
それに、農兵に至っては戦闘をしていないとなれば足元を見られ、少ない給金をさらに減らされるか無い状態で帰ることになる。
天駆ける矢だけではなく竜騎士全体の評判が悪くなること請け合いだ。
「それは、戦後処理を始めましょう――」
やっと戦闘を終えることができた……。予想よりも長く書きすぎた。
これで、日常に戻れる。
そして近づく年末年始のストライカー侯爵家からの帰省要請。どう対処するのかw
1月14日 ラフィス→フィーノに変更しました。
1月17日 送り仮名を修正しました。