幕間 この先、あるかもしれない鍋会
新年、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
クツクツクツクツ、と蓋を閉じている鍋から小気味良い音が聞こえる。
その鍋が置かれている丸テーブルには、俺・アムニット・アバス・ミナ・ミシュベルの順で席についており、皆が皆、掘り炬燵に足を突っ込みヌクヌクほわんとした顔をしている。
「炬燵最高ですわ~……しゃぶしゃぶ」
お嬢様口調で話すのは、酒の妖精ミシュベルだ。しゃぶしゃぶとしゃぶっているのは鳥の足のから揚げだ。
初めは「そんな農奴の食べる物!」と言っていたにも関わらず、俺が酒と美味しそうに食べだしたらホイホイとつられて食べ始めた。そして今では齧るのではなく、しゃぶり食いまでできるようになった。
他には鍋の出汁を取る為に使った亀の手などの貝類も、茹でただけだが素材の味が良いのと珍味系は皆食べたことが無いのか「美味しい、美味しい」と言ってどんどんと食べている。
だがしかし、さっきも言ったようにメインは鍋だ。本当なら味噌ベースや醤油ベースの鍋が良かったんだけど、味噌も醤油も身近にない。
ならば出汁だけで済ますことができる海鮮鍋で良いじゃないと言う事で、俺が三日かけて帝国領土内の各地から厳選した素材を集めて鍋パーティーを開催した。
パーティーと言っても身内と言うか仲間内の話しなので、ようは飲み会と同じだ。
「ロベール様、もうそろそろ良さそうですよ」
時間を測っていたミナに言われ、俺はミトンを手にはめて鍋蓋を取った。
「うわぁ~」
「おぉ……」
「美味しそうですわ」
三者三様、それぞれ驚きの言葉を漏らした。嬉しい反応じゃないか。
俺が木製のお玉で具材を掬おうとしたら、ミナから待ったがかかった。
「あっ、ロベール様、私がやりますよ」
「いやいや、良いんだよ。これは鍋奉行の責任として、初めは俺が入れるんだよ」
「そっ、そういうものなんですか……?」
鍋奉行俺。別に鍋奉行って訳じゃないけど、こういうのって一応最後まで面倒みたいじゃん?
野菜は我が畑で獲れた物ばかり。今までの常識では霜が降りる前に収穫して漬物にしておく白菜や大根が、新鮮なまま眼の前に出された時の皆の反応は笑えた。
だって簡単な作業をするだけで、新鮮なまま春まで持つんだからな。だから、この海鮮鍋にも野菜たっぷりだ。
いい感じに器に盛り、俺は最後に取る。皆に恐縮されたけど、実はコレ、最後に取った方が熱々なんすよ。
「それじゃぁ、手を合わせてください」
パパパン、と俺・ミナ・アムニットの三人が手を合わせると、その行為に驚きつつもミシュベルとアバスも手を合わせた。
「いただきます」
「「いただきます」」
俺の号令と共に、ミナとアムニットが言うと少し遅れてミシュベルとアバスも言った。
「なぁ、これって――」
「美味し~!」
「何の意味があるんだ?」と言おうとしたアバスだったが、早速スープに口を付けたミシュベルの感想に消されてしまった。
「~~~~!! ロベール様っ! コレ、凄く美味しいですね! 本当に、中に入っている素材だけでこれだけの味が出るんですか!?」
「おうよ。ちょっと手を加えてあるけど、基本は目に見えている物だけで味付けされている」
どうよ、えっへん。と言った具合に胸を張った。
これは本当に会心の出来だと胸を張って言える。だって、3回も作りなおしたんだからな。
だから、俺もミナもこの鍋は三回目だけど、それは言わない約束だよおとっつぁん。
「本当に凄いなこれは……。さっきの鳥の足や貝にも驚いたが……」
アバスも満足してくれたようで何よりだ。しかし、そんな賞賛の中で一人だけやや不満そうな顔の奴が居た。
「とても美味しくいただけますが、ワインや蒸留酒には合いませんわね……」
この国で飲まれているワインは赤ワインだ。白いワインは、今の所見ていない。
海鮮鍋には白ワインが合うんだろうけど、無いのは仕方が無い。蒸留酒も、基本的には合わないだろう。
だから、俺はこいつを召喚するぜ!
「ヘイッ、ミナ!」
「かしこまりました」
ミナの座っている所のすぐ後ろの床には切れ目があり、フックを差し込んで持ち上げる事ができる。その名も床下収納だ。外に置いておくと凍ってしまうが、ここであればそう簡単には凍らない。
そして出した物は――。
「安心しろミシュベル。この鍋に合う酒は用意してある」
「貴方が神でしたの……? ところで、そのお酒の名前は?」
「エールでございます」
「…………」
あっ、エールと聞いた瞬間にミシュベルのテンションが下がったのが目に見えて分かる。
エールは庶民の飲み物で、エール=安酒の基本って感じだからな。ミシュベルの気持ちも分からなくもない。
それに、エールは適当に作っても結構簡単にできてしまうので、品質と言う物が存在せずどこへ行っても甘いような酸っぱいような、そんな変な物ばかりだ。
ミシュベルも、そんなエールを想像したんだろう。
「まぁ、物は試しに飲んでみろ」
「はっ、はい……」
陶器製のコップに注ぎ、くぴくぴと飲んでいくと次第に表情が変わる。
「苦い! いえっ! 苦いのに、後味が苦くない! それに、口の中でしゅわしゅわが……あぁっ! これは本当にエールなんですの!?」
ちょっとヘヴン状態に入りつつあるミシュベルのコップに、追加のエールを入れる。
これは適当に作った物じゃない。分量を決めて、幾つか作った中で最高の一品をここに出しているのだ。
それに、しゅわしゅわとはその語感の通り炭酸だ。本来のエールは壺に入れて発酵させるので炭酸が抜けまくりだが、これはしっかり――っぽく栓を閉めて発酵させたものなので炭酸が液中に残っているのだ。
それに冷やしているので、のど越しも抜群!
「うん。これは美味い」
「私はちょっと苦手かな……」
アバスはお気に召したようだけどアムニットは苦みがダメなようで、蒸留酒に果樹を混ぜたものを飲んでいた。
締めは雑炊が良かったけど米はこの世界でまだ見たことが無い。仕方が無いのでうどんを打ってみたが、海鮮鍋にはちょっとパンチが弱かった。でもまぁ、皆の反応が良かったんで良しとしよう。
炬燵に入りながらうどん鍋をつつき、お酒を飲んで自作の人生ゲームやトランプなどのカードゲームに興じる。
この世界に来てしまってから、初めて人間らしい正月を迎えられた気がした。奴隷時代の仲間と過ごしたのもあったが、あんな疲れる生活はもう嫌だからな。
そして終いには、炬燵でごろ寝。満腹と酒も回って炬燵からの脱出は不可能となった。
それを見越して部屋には布団も持ってきているし、火鉢も増し増しで室内は結構温かい。その温かさを保つために、ミナは半分不寝番になってもらっているがな!
今ここに居る友人たちにも将来家族ができてなかなか会えなくなるかもしれないが、たまにはこういった集まりがしたい。そんな風に思える一日となった。
なお、次の日はミシュベルを除く全員が二日酔いの模様。(ミシュベルは迎え酒中)
正月用に活動記事でのせようとしたSSが長くなったので、こちらへUPしました。
話の本筋はまだ11月終わりから12月の始め辺りですが、今幕間は年明けすぐの話なので『この先、あるかもしれない幕間』となっています。
話の流れ如何によっては、今後この話はなくなる可能性がるのでご了承ください。
1月2日 誤字修正しました。