カタン砦防衛戦開始
カタン砦前の平野での戦闘。
主人公が手紙を貰って、ラジュオール士爵邸を襲うまでの休憩時間中の出来事です。
カタン砦防衛部隊指揮所
インベート準男爵領地で野営しているロベール達の元へ手紙が届けられてから数刻後、ロベールから渡された手紙を持った書簡を携えた竜騎士はそれをフィーノに見せていた。
「よし。状況は整った」
書簡――手紙の内容を確認するとフィーノは立ち上がり、マレッターナ騎馬騎士長に言った。
「現時刻を持ってラジュオール子爵軍との戦闘行動へ入ります。マレッターナ騎馬騎士長は、部隊へ突撃準備をさせてください」
「あぁ、分かった」
現在の時刻は昼過ぎ。日が傾きだし夜の帳が降りるまで数刻と言った時間帯だった。
初戦は戦場の掟に則り口上合戦が行われる。
自分はどこの誰々で、戦歴はどうのこうの軍の中でもこれだけ偉い。お前たちはこれだけ悪い奴だ云々、と言った具合に相手がどれだけ悪物なのか叫ぶのだ。
こういった事が行われるのは朝方が主で、そのまま日が暮れるまでかもしくはどちらかの軍勢が崩れ負けを認めるまで殺し合いが始まる。
それをなぜこんな時間に始めるのだろうか? 援軍でも来るのだろうか?
色々と考えるマレッターナだったが、情報が降りてこないのでそれ以上考えようが無かった。
カタン砦防衛戦の大将のマレッターナにとって、新しい作戦内容の全容が開示されないのは非常に不愉快だった。前も考えた通り、自分の存在が蔑ろにされているからだ。
しかし、皇都で何が起きているのか分からない今、マレッターナは目の前に立っている竜騎士に逆らうような事はできなかった。
作戦が終わり無事に皇都へ戻り、そこで自分に何ら被害が無いようであれば、今回の事に付いて言及し文句を言ってやればいい。マレッターナはそう考えていた。
「戦旗を掲げよ! ブルーターナー! 口上は貴様がやれ!」
「ハッ!」
フィーノとマレッターナのやり取りを見ていた騎馬騎士は、マレッターナから命令を受けるとマントを羽織外へ出て行った。
「戦闘指示は此方で全て行うが、良いな?」
「はい、問題ありません。竜騎士は、竜騎士の領分で戦わせていただきます」
挨拶もそこそこに、フィーノは傍に控えていた仲間の竜騎士と共に指揮所の天幕から外へ出て行った。
★
口上合戦が行われ、その後は戦争の定石通り矢の応酬――とは言う物の、弓兵自体どちらの軍にも少ないので映画で出るような万の矢が頭上に降り注ぐような事にはならず、様式美とでも言うのだろうか申し訳程度の撃ち合いだった。
これは、弓兵の育成には時間と金がかかりすぎ、また主力が騎馬であり敵と顔を突き合わせて切り合いう事こそ戦争であると言った風潮も手伝い、弓兵は戦場ではあまり褒められた職種ではないのだ。
だから弓兵は傭兵を雇うか、自国の猟師を連れてくるかのがメインとなる。
それでも戦場から完全に居なくならないのは、竜騎士と言う存在が居るので空に対しての対抗手段としての存在が大きい。
「突撃ィィィィィ!!」
うぉぉぉぉ、と威勢の良い声を戦場に轟かせながら、両軍は一斉に走り出し中央で激突した。
その様子を上空から見ているフィーノは、戦場の様子を見るのもそこそこに目の前に飛んできた竜騎士に目をやった。
ラジュオール子爵軍の竜騎士が着用している鎧とは色が違っているので、子爵がどこかの同盟を組んでいる貴族から借りてきたのだろうと考えた。
「我は、オルステット男爵家の竜騎士ノーザン・クーベルである! 平穏を武によって貶めるユスベル帝国の竜騎士に、我ノーザン・クーベルは一騎打ちを申し込む!」
名乗りを上げる竜騎士に対し、フィーノも答える為に背筋を伸ばした。
「我が名は、フィーノ・ディスバス! ユスベル帝国国境警備隊隊長だ! 我欲のまま隣国を蹂躙せんとする者に正義の鉄槌を与える為、その一騎打ち我フィーノが受けて立つ!」
名乗りを上げると一度距離を取ってから互いに向き合い直し、同時に突撃した。
竜騎士の武器は大長槍。地上では長すぎて扱いづらいが、突いてよし、引っかけてよし、叩いてよしの三拍子そろった優れ物の武器だ。
敵竜騎士のノーザンの胸を目がけて大長槍を撃ちだそうとしたフィーノだったが――。
「ぐおっ!?」
フィーノの大長槍が敵竜騎士の胸に当たるよりも前に、フィーノの頭部を狙った穂先が凄まじい勢いで伸びてきたのだ。
「速い!?」
上体を大きく反らした事でドラゴンの手綱を大きく引っ張ってしまい、それにつられたドラゴンも大きく横へ動いてしまった。
そうなってしまう事を予想していたのか、急転回した敵竜騎士はフラついているフィーノのドラゴンへ視線を向け、自らのドラゴンをぶつける様な動きを始めた。
竜騎士の戦いは上に乗る人間だけではなく、ドラゴンにとっても戦いなのだ。同じ軍のドラゴン同士であっても序列が存在し、それは人の序列とは無関係に構成される。
そして、ドラゴンは縄張りを作るものである。野生と人馴れしたドラゴンでは大きさは違うのだが、互いに初めて見るドラゴン同士であればその攻撃性は苛烈さを増す。
なので一撃目で上に乗る人間が相手を討ち取ることが出来なければ、次は乗っているドラゴンを使っての戦闘となる。この時、一番恐ろしいのはいつ引くかと言う事だ。
ドラゴンは見た目通りの怪力で、上に乗っている人間なぞ一捻りで殺すことができる。だからもつれ合いに持ち込むと、自分の駆るドラゴンや相手のドラゴンの体の一部によって、乗っている人間が死ぬ可能性がある。
また引き際が難しいのはそれだけではなく、ドラゴンが負けを認めて逃げるだけではなく、上に乗っている人間の判断で離脱したとしても負け癖が付く可能性があるからだ。
「クソッ!?」
フィーノは愛竜の頭を引き上げ敵に正面を向ける形を取った。しかし、フィーノのドラゴンは立ち向かうどころか羽ばたくこともせず、ただ翼を縮め落下した。
「はんっ! 恐れたか!」
急制動をかけられない空中戦に、フィーノの頭上を掠めるように飛ぶ敵竜騎士。
敵竜騎士はフィーノのドラゴンの動きを怖がりだと判断し、それに畳み掛けるように再び急転回するとフィーノのドラゴンが落ちて行ったであろう方向を見た。
「なに!? どこへ行った!?」
そして、敵竜騎士は驚いた。自分が飛んでいる高度よりも下を飛んでいるはずのフィーノがどこにも見当たらないのだ。
「(どこだっ!? 風に流されたか?)」
そうは思っても、今日の空はほぼ無風と言ってよい。落下したからとはいえ、ドラゴン自体風に流されるような重さではない。
「!?」
一瞬、敵竜騎士の背後から降り注ぐ太陽光を遮られた。ドラゴンを動かすことなく、自分の頭だけでそちらへ視線を送るといつの間にかフィーノが敵竜騎士
の背後を取っていた。
フィーノのドラゴンは恐れて身を縮こませて落下したと思われていたが、実際は身を縮こませたのはほんの数瞬だけで敵竜騎士からの攻撃をやり過ごすとすぐに羽ばたき相手の背後に回ったのだ。
敵竜騎士と似たような動きで飛んだので、相手から見れば消えたように見えるだろう。
「うぬぁッッ!!!!」
敵竜騎士は全力で手綱を引くと、ドラゴンを急いで転回させた。
「「グギャォ!」」
互いのドラゴンが興奮した鳴き声を出しながら、後ろ足で互いの足を絡みとろうとぶつけ合っている。
この状態に入り、敵竜騎士は少しだけ安堵した。
もし反応が遅れてあのまま背中に張り付かれていたら、一方的に攻撃されていただろう。その可能性がつい先ほどまであった事に、敵竜騎士はぶるりと背筋を震わせた。
「貰ったぁ!」
「甘い!」
もみ合うドラゴンが攻撃しあうその隙間を縫うように、フィーノは敵竜騎士に大長槍を振るうが、大勢が悪く勢いと力を乗せられなかったため軽くかわされてしまった。
攻撃を避けた敵竜騎士は体を大きく捻り、大長槍でフィーノを叩きつけようとしたが、その瞬間ドンッ! と言う大きな太鼓太鼓を打つ音と共に自身のドラゴンが大きく揺れた為に狙いが逸れ空を切った槍はあらぬ方へと振られてしまった。
「グギィィィィィ!!!!」
体勢を整えようともがく敵竜騎士だったが、自分のドラゴンの苦しそうな叫び声を聞いて負傷したのだと理解した。
「クソッ! ドラゴンに助けられたな!」
敵竜騎士はドラゴンを無理やり抑え込むような事をせず、落ち着けることに専念しながら戦線を離脱した。
圧倒的とは言わないが、敵竜騎士はフィーノよりも戦闘慣れしていた。今回は相手の言う通りドラゴンに助けられたと言って過言では無かった。
「よくやった」
涎を大量に流しながら苦しそうに息をする愛竜の首筋を撫でながら、フィーノはお礼を言った。それを理解したのか、ドラゴンもまた嘶いた。
「よしっ! 全騎俺に続け!」
後ろで一騎打ちの行く末を見守っていた仲間へ向けてフィーノは命令を下す。
フィーノ・ディスバス=竜騎士本部所属の竜騎士
カタン砦へ物資投下作戦に従事した一人。
主人公の爆撃にキレ、殴ろうとしたがリッツハークに物理的に止められた。
マレッターナ騎馬騎士長=騎馬騎士本部所属。今作戦の大将。
ノーザン・クーベル=オルステット男爵家所属の竜騎士
同盟相手のラジュオール子爵の要請によってカタン砦まで出向中。
6月30日 ラフィスをフィーノに改名しました。