作戦決行前日
ラジュオール子爵領地簡易砦 ユスベル帝国騎馬騎士偽装隊視点
カタン砦防衛部隊に竜騎士の増援が来るより少し前の事。
野盗の恰好に偽装したユスベル帝国騎馬騎士隊の面々は、見回り巡回をしているラジュオール子爵軍簡易砦守備隊を襲って回っていた。
初めはこの任務に不満を漏らしていた騎馬騎士達だったが、自分達の戦果によって今後の――カタン砦での作戦で兵士が死ぬ数が変わると聞かされては全力で挑まざるを得なかった。
そして、今は通算4回目の簡易砦への襲撃によって痺れを切らして出てきた守備隊約150人を打ち破ったところだった。
帝国騎馬騎士隊の損害は8人と人数だけ見れば圧勝だが、もとより少ない人数だったので8人減ってしまうのは今後の作戦に響く可能性がある。
今回の作戦は拙速が重要となり、それを可能とするためにある竜騎士の運用方法が発表された。
それは騎馬騎士が休憩や寝泊りする所に、荷物を担いだ竜騎士が先回りして必要な物資を投下しておくのだ。
おかげで騎馬騎士達は身軽となり、馬の疲労度を少なくすることで長い時間走ることが可能となった。通常であれば10日かかるところを、何と3日で来ることが出来た。
こんな強行が行えたのも、竜騎士本部が竜騎士の新しい運用法として騎馬騎士本部に申し出たからだ。
初めは騎馬騎士本部の幹部から「コストがかかり過ぎる」と言った声がチラホラと出ていたが、カタン砦防衛の為に急いでラジュオール子爵領の砦を攻撃しなくてはならなかったので、新しく大将となったロベリオン第二皇子はすぐさま受け入れた。
今までの本部同士の話し合いでは絶対に出なかった案に騎馬騎士達は驚くと共に、その案に竜騎士が唯々諾々と従っているのを見て何か恐ろしい物を感じた。
「ふぅ……」
周囲の安全を確認すると、一人の偽装野盗はボロボロに見える兜を取った。
それに続いて一人、また一人と兜を外し緊張で張りつめた精神に冷たい空気を送り込みほぐしだした。
「これだけやれば、あの砦の連中も応援を頼みに行っただろう」
偽装隊の隊長ナーダーは、元来た道――簡易砦のある方を見て言った。
「そうですね。監視に回した兵が帰って来ない事には何とも言えませんが、あれだけやられれば手に負えずと応援を呼びに行っているはずです」
ナーダーに呼応し、中年の兵士が言った。
皆、口には出さないが心の中では今回の戦闘に確かな手ごたえを感じていた。それにより、自分達が受けた任務は達成された物だと確信している。
「お前は、新しい馬には慣れたか?」
横を向き、この隊で一番若い騎士に向かって聞いた。
「はい。少し気性が煩い所もありますが、敵の怒声に揺るがない強い性格と見れば頼もしくあります」
彼は自ら志願して、こんな面倒くさく騎士らしくない作戦に参加した変わり者の騎士だった。
噂話によると騎馬騎士隊の隊長を務めている優秀な人材らしいが、とあるイザコザに巻き込まれて馬を失うと共にふさぎ込みがちになり、終いには部隊内異動という大失態を起こしたそうだ。
ただこれに関しては兵士学校卒業の士官候補の道を歩いていない騎士には関係のない話だが、事この者に至ってはその道を歩んでおり、精神的な面から部隊内異動と言うのは失態以外の何物でもなく評価もかなりマイナス査定になってしまう。
このまま行けば真面な道を通って士官になることは叶わなかったはずだが、ロベリオン第二皇子が新しく軍を創設すると言う事で人材を募集し、この若い騎士も立候補したとの話だそうだ。
ちょうど持ち直した時期だったので、まさに渡りに船と言ったところだろう。
さきほどの戦闘でも若さ特有の突っ込み気味で危うい場面も多々見られたが、腕に自信があると公言するだけの実力があり、それだけではない運も持ち合わせているんだろうと思わせる何かがあった。その第三軍もそれに近い物がある。
「まぁ、それほど長い付き合いにならんと思うが、頑張れよヴァンデス」
「はい」
ナーダー達は騎馬騎士本部所属だ。そして、ヴァンデスはロベリオン第二皇子の創設する第三軍に行くことを目標としている。
理由は聞かなかった。まぁ、言いたくなさそうな雰囲気もあったのでナーダーは放っておくことにしたのだ。
「さて、監視の奴らと合流するか」
馬の呼吸も落ち着いてきた頃合いを見計らい、ナーダーは部下に指示を出した。
★
インベート準男爵領地 ロベール率いる子爵邸強襲部隊の待機所
カタン砦防衛部隊に増援の竜騎士が到着してから1日半。
この日も朝から強襲部隊の面々は、ロベールから教えられたラジオ体操で体をほぐしたあといつもどおり広場に集まりイメージトレーニングに励んでいる。
スケルトンハウスがあれば良いが、こんな出張所では材料がまずない。それに、ドラゴンを使っての訓練も激しく行う事が出来ないので、ここへ来てからドラゴンに関しては基本イメージトレーニングは主な訓練内容となっている。
「第一!」
ロベールのかけ声で、座っていた竜騎士8人が手を挙げた。その中でリーダーに選ばれた4年生が声を出した。
「雷火隊12名は高高度から垂直降下、子爵邸を取り囲むように火を放ちます」
その後、自分の名前とバディ名を名乗りどの方角に火を放つかを言い、地面に書かれた簡易子爵邸見取り図に線を引いていく。
理想としては炎の壁を作り子爵の増援を防ぎたいのだが、油壺から油を流し落としたくらいでは炎など微々たるものだろう。
一応、油壺だけではなくドラゴンブレスもお見舞いするつもりだが、こちらは延焼するタイプではないので着火を確実にする意味合いが強い。
だから、この目的としては子爵邸の周囲に火を放ち、そちらにも消化のための兵を割かねばならないように仕向ける為だ。
なので4方向にプラスして大玄関にも火をかける。
「第二!」
「ロベール隊長を筆頭とした強襲部隊が割り当てられた階層に侵入します」
次に言ったのはアバスだった。アバスはヴィリアに乗り俺と共に一番子爵が居るであろう場所を共に襲撃する。
ヴィリアに搭乗するのは、俺・ミナ・アバス・ミーシャと騎馬騎士から引き抜いた腕利き4人だ。結構ぎゅうぎゅうになってしまうが、ヴィリアの腕力で壁を引き崩し大きな進入路を作るつもりなので、進入に関してはそれほど問題視していない。
他の部隊は2頭に3人ずつ分散して強襲する。少人数の為、敵が集まれば不利になるのでその前に終わらせたい。
「第三!」
「合図を受けた竜騎士が部隊回収に向かいます!」
5年生の竜騎士が言った。この時の合図とはヴィリアの咆哮だ。
この部隊の中で一番強いのはヴィリアなので、群れのボスの命令に他のドラゴンはいの一に行動を開始する。
なので、合図を受けてから竜騎士が操作するよりも早く、ドラゴンは強襲隊を回収に向かう。
「よし。では、次にコレだ」
マシュー産の紙をつなぎ合わせて一枚にした大きな紙には、俺が書いたラジュオール子爵邸室内見取り図だ。
これはユスベル帝国に居た、ラジュオール子爵と取引したことのある商人から聞き出した内容を図にした物だ。
本来であればこちらも間者を忍び込ませて、時間をかけて調べ上げるのが普通なんだろうけど今は時間がない。しかも、ユスベル帝国はそういった仕事ができる人材が少ないそうだ。
こりゃ間者に入り込まれまくりますわ。カウンターできるくらい、そう言った方面も強くしなければいけない。
話が逸れたが、この室内見取り図はその商人の話しに合わせて、同じ建築家が似たような時期に作った屋敷を参考にして書いた物だ。
貴族の屋敷と言う物は、そこに住んでいる貴族がよっぽど尖っていない限り装飾の違いは多少あれど室内構造は他の貴族の屋敷と大差ない。
故に、ラジュオール子爵の寝室は二階の奥にあると言うのが結果だ。
どれだけ早くラジュオール子爵を手中に収めるかが、今回の作戦の鍵だ。
それぞれ意見を出し合う事はせず、ただ単に最終確認に留めていると物見から報せの笛が聞こえた。帝国から竜騎士が来たようだ。
笛の音が聞こえて少し。広場へ鎧を着こんだ竜騎士が現れた。
竜騎士は敬礼すると言った。
「簡易砦への増援を確認。カタン砦へは増援は見られませんでしたが、予想通り敵は動いています」
「報告、ごくろう。疲れているところ申し訳ないが、これをフィーノ殿へ届けてくれ」
「了解しました」
報告に来た竜騎士に蝋封された書簡を渡した。
書簡を受け取った竜騎士は挨拶もそこそこに踵がえすと、乗ってきたドラゴンに再び跨り空へ上がった。
それを見届けると、俺は皆の方を向いて行った。
「場は整った。では、今晩作戦を開始する」
威勢の良い返事の後、各々が作戦開始まで休憩となった。
久しぶりに懐かしい名前が出ました。
ちなみに、ヴァンデス君は前線から離れていたために第三軍ロッコ・ソプラノにロベールが居ることをを知りません。
その上、ヴァンデスがやっている作戦もロベール発案だとも知りません。
ロッコ・ソプラノにロベールが居る事や、作戦の発案もロベールと知ったらどうなるのだろうか……。
1月17日 ラフィス→フィーノに書き換えました。