戦況
カタン砦防衛戦
味方 ユスベル帝国軍騎馬騎士隊
大将 マレッターナ騎士隊長
敵軍 ラジュオール子爵軍
大将 エルクン騎士隊長
支援 オルステット男爵家竜騎士隊
戦況
騎馬騎士隊が突撃準備中に、皇都から来た竜騎士が停戦を呼びかけたため、現在は相手の監視を行うのみに止まる。
敵軍 ラジュオール士爵軍側
ラジュオール子爵軍が集まる野営地の後方にある天幕。その中では他の兵士とは違う質の良い鎧を身に付けた騎士が居た。
いずれも子爵領地に攻め入ってきた、ユスベル帝国軍を追い返す為に編成された部隊を指揮する騎士達だ。
とは言う物の、先日のユスベル帝国軍の竜騎士が落として行った火によってラジュオール子爵軍の半数近くが怪我人となり、その中の3分の2が重傷者として帰還を余儀なくされた。
その中でも特筆すべきは、敵の竜騎士は的確に隊長クラスが寝ているテントへ火を投げ込んでいき、指揮系統を麻痺させることを主眼に置いた攻撃だったことだ。
その他の兵士達も軽い者は水ぶくれ程度だが、酷い者になれば布と皮膚が癒着してしまい、あとは死を待つだけとなってしまった者も居る。
不安にかられた兵士達の中には間者の存在を疑い、互いに疑心暗鬼となり始めた者も少なくない。
帰還に対して入れ替えで新たに集められた兵士は農兵が主で、短期決戦を主眼に編成された前部隊とは全く毛色が違う編成となっている。
それによって集められた騎士は年若い者が多く、正規兵は歳を取った者が多い。
建前としては若い騎士に戦場の空気に触れさせ、その若い騎士を支える為に手足となる兵士は場馴れした者を置くとの指示があったのだが、見る人が見れば再び焼かれても痛手の少ない寄せ集めの軍隊と言うのが見て取れる。
それもこれも、国王陛下へ自らの頑張りを見てもらいたいと画策するラジュオール子爵の見栄のせいだ。
砦を落とすのには凄まじい労力が必要だ。ついこの間までユスベル帝国に忍ばせていた間者からの報告で全てが上手く行き、その上手くいっている時に全てを終わらせておけば良かったものを、国王陛下の興味を引かせるためにあえて長引かせるなど馬鹿な事をしたせいでこんな事になってしまった。
状況を打開しようと話し合いを始め、出た結果が今のユスベル帝国には二つの勢力が居ると言う結果になった。
一つは、間者からの最後の報告だった第二皇子による騎馬騎士本部の粛清。そんな話は事前に無かったはずだ。
もう一つは、ここへ火を落として行った竜騎士だ。今までのユスベル帝国が有する竜騎士ではありえない攻撃方法に加え、油ではない何かを撒いた後に火を点けると言う武器。
その時に居た兵士の話だが、「燃えた後に酒の様な臭いが漂ってきた」と言う報告が挙がっていた。
その話を聞いた騎士からは、王都の方では温めたワインをステーキにかけ、そこに火を点けて目も楽しませると言うワイン焼きと言う料理があると言っていた。
すぐさま対抗策を考える為に、瓶詰にしたワインを撒いて火を近づけたが燃えることなく消えてしまい、何度かやったところで兵士から苦情が来たせいで止める事となった。
あの空から降ってきた物が何なのか分からない限り、今もなおその危険にさらされていると言うのにも関わらず、目先の酒に固執をする兵士には天幕に控える隊長達は頭を抱えた。
先も言ったもう一つの勢力とは、あの竜騎士に火の点く酒の香りがする何かを持たせた誰かだ。
一介の兵士・騎士にそのような事が出来る筈も無く、できるとすれば相応の規模をほこる後ろ盾があっての武器だろう。
しかし、間者の報告にはその様な情報の触りすらなかったので、たぶんではあるが国の行く末を憂いた皇都付近に居ない大貴族だ。
その大貴族が帝国に従い続けるのか、それとも新興国として旗揚げをするのか分からないが、今後ユスベル帝国は激動と言って差し支えない時代に向かうだろう。
――と言うのが、今のところ天幕での話し合いで出た答えだ。
「だが――」
帝国の出方を窺う為に隊長クラスが集まっているが、その中でも他の騎士達とは違う色の鎧を着けた騎士が呟くように言った。
「敵は、何をしようとしているんだ?」
布で隠れており見えないが、彼の視線はユスベル帝国兵を捉えていた。
彼はラジュオール子爵が懇意としている貴族、オルステット男爵家から出向してきた竜騎士だった。
ラジュオール子爵家の竜騎士は、火を落として行った竜騎士にやられ、今は再編成を余儀なくされている状態だった。
「我々をおちょくっているのか……、それとも何かを待っているのかもしれませんな」
竜騎士の隣に座る、騎馬兵50を預かるエルクン騎士隊長が呟いた。彼も新しく編入させられた側の人間だった。
「全く、忌々しいな」
エルクン騎士隊長に呼応するように、別の隊長は吐いた。
彼らの言う「おちょくっている」と言うのは、ユスベル帝国軍がラジュオール子爵軍にわざと見えるように火柱を上げているのだ。
しかし、それらは攻撃の道具ではないのは明らかで、全て布か紙に油を染み込ませ短時間で燃え尽きるように調節されたこけおどしの道具だからだ。
にらみ合いを始めて早1日が過ぎようとしている。
初めは突撃準備を始めていたユスベル帝国軍だったが、戦闘が始まろうかと言う寸での所で飛び込んできた竜騎士によって戦闘準備が中止され、それが現在まで続いているのだ。
ユスベル帝国が今回の戦をどれくらいの期間で終わらせようとしているのか分からないが、長引けば物資の補給が遠いユスベル帝国が不利となる。
ならば時を選んで、ごく短期間で終了させる何かがあるはずだ。それがまた火を降らせる事かもしれない。
ならばそれでもいい。テントのそばには火消用の水があり、あえてテントを密集させている場所にバリスタを用意しているのだ。
次こそ、名乗りもせずに戦いを始めようものなら国王陛下からではなく、他国にも文章を送り共に非難すればいい。
幾ら強大な軍が存在していようと、他国から責められてはどうしようもないからだ。
「敵に増援が来ました!」
戦後、敵をどう責め立てようか考えていると兵士が駆けこんできた。
「増援だと!?」
「はいッ! 竜騎士です!」
「数は!」
「数は100騎以下と判断します!」
オルステット男爵家の竜騎士は、俺の領分だと言わんばかりの勢いで天幕を飛び出して行った。
★
自軍 ユスベル帝国側
戦闘中止の書状を携えたユスベル帝国の竜騎士が、速度重視のほぼ裸手の状態で前線まで飛んできてから一日。前線の兵達は出端を挫かれた状態となりやや憤ったが、それでも今作戦の大将から命令されては何も言う事は出来ず、ただ時が来るまで待機となった。
「…………」
「…………」
天幕の中では今作戦に携わる大将・騎士隊長と飛び込んできた竜騎士が静かにお茶を飲んでいる。竜騎士の名はフィーノと言い、所属はユーングラントとの国境を守るユスベル国境警邏隊の竜騎士とのことだった。
前線に500の兵を残しており、残りの1500は後方のこの場に置いている。
その前線に居る500の兵も、監視や威嚇と言うより――いや、威嚇と言えば相手に対して火柱を上げると言う威嚇擬きをやっている。
これはやって来たフィーノから騎馬騎士隊へ伝えられた本部からの命令で、その意味については説明がなされなかった。
その意味についても説明がなされなかったのも、フィーノにも真意が伝えられていないらしく本部からの命令書を届けるだけの人間だったからだ。
ただ言えるのはその命令書は本物であり、追加人員の竜騎士が80騎ほどこちらへ向かっているらしかった。
「失礼します!」
天幕の出入口に立っている兵士に扉代わりの垂れ幕を除けてもらいながら、息を切らした騎士が入ってきた。
「さきほど、帝都より竜騎士隊が到着しました! それと共に、新しい命令書が騎馬騎士本部から届けられました!」
「分かった。見せてくれ」
騎士は天幕の外へ向かい「こちらです」と声をかけると、先ほど付いたばかりと思われる厚着をした竜騎士が共だって入ってきた。
「失礼します。騎馬騎士本部総大将より命令書を預かっております」
そう言い渡してきたのは、筒に納められ蝋封をされた物だ。その蝋封の紋章は――。
「なっ!? 皇家の紋章じゃないか!?」
今までであればここには、騎馬騎士本部の三人の大将内の一人スカークマン家の紋章がおされているはずだった。
寝耳に水の事態に、この作戦の大将マレッターナ騎馬騎士長は目を剥き、蝋封の紋章が何か別な物の見間違えではないのかと目を皿のようにした。
「即実行せよとの命令ですので、ロベリオン第二皇子自らの御言葉です」
「すっ、スカークマンはどうなったんだ? 騎馬騎士本部は、彼が――彼らが最高責任者だったはずだ!」
「即実行せよ、との命令ですのでロベリオン第二皇子自らが書状をしたためました。当たり前ですが、蝋封も紋章も中身も全て本物です」
マレッターナは質問に返答しないどころか、早く見ろと言わんばかりの竜騎士の対応に憤ったが、携えている手紙は皇家の本物の紋章が押されているのでここで問答をしてしまっては立場が悪くなってしまうのは自分の方だった。
なのでマレッターナは焦り暴れる心臓を押さえ、グッ、と息を飲みこむと蝋封を開けた。
「…………これは、どういう事だ?」
嫌な予感は取り越し苦労だったが、手紙には簡潔に言えばこう書かれていた。
――開戦は新たに来た竜騎士と歩調を合わせる事――
竜騎士と歩調を合わせるも何も、相手は直接戦闘に関わることの無い兵種なのでどうやっても歩調を合わせることができない。
これはただどちらも突出しないように、竜騎士を使い戦況確認しながら戦えと言っているようにも読み取れるが、それにしては書き方が竜騎士寄りの気がしてならなかった。
「今は後続を待っている最中です。早ければ、明日にでも連絡が来るはずです」
「明日……だと?」
「はい。今は詳しくは申し上げられませんが、なるべく早く伝えられるようにしますので」
「わっ、私は今作戦の大将だぞ! 作戦を変更したのであれば、まずは私に伝えるのが筋だろう! そうでなければ、成功する物も成功しない!」
自分の知らない所で別の作戦が動いていると知ったマレッターナは、自分の存在を蔑ろにされた事に憤った。
命令書には竜騎士と歩調を合わせろと書いてあったが、その歩幅どころかどこを歩いている人間が居るのか分からなければ合わせようがない。
それを、この竜騎士は自分達に騎馬騎士が合わせろと言ったのだ。長い歴史を持つ騎馬騎士に対し、これは侮辱以外の何物でもなかった。
「お気持ちは、お察しします。ですが、これはロベリオン第二皇子からの命令であり、そのロベリオン第二皇子は今作戦の成功を信じて疑っておりません。それはなぜか。それは、カタン砦防衛戦の指揮官が貴方だからです。他の者では不貞腐れて動きが鈍るところを、貴方であれば全てを飲み込み新しい作戦にも上手く対応してくれると踏んだからです。大丈夫です。ロベリオン第二皇子は約束を果たされるお方です。貴方が居る場所もキチンと守ってくれるはずです」
その言葉に、マレッターナの頬が一瞬ではあるが緩んだのを竜騎士は見た。
紋章がスカークマン家から皇家へ変わったのは、単に皇家の――ロベリオン第二皇子から横槍が入ったと言うだけではなく、騎馬騎士本部で何かがあったのだ。
竜騎士の回りくどい言い回しに、マレッターナは言葉の裏をそう読み取った。
「分かった。では、竜騎士隊と歩調を合わせる」
マレッターナは部隊を預かる隊長に指示を出した。
★
敵軍 ラジュオール子爵軍側
「どっ、どういうことだ!?」
ユスベル帝国軍へ増援の竜騎士が来たと言う報とほぼ同時に、子爵家から伝令が届いた。
内容は、ここから北に位置する簡易砦が何者かによって襲撃を受けていると言う内容だった。
何者も何も、今この状況を見れば砦を襲っているのはユスベル帝国軍しか居ない。
その為、追加の騎馬や兵士はもとより、少なくなった竜騎士はここよりも子爵領地に近い簡易砦の方へ増援に行くとの事だ。
「それでは、こちらはどうなるというんだ?」
天幕には先ほど飛び出して行ったオルステット男爵家の竜騎士が、敵に動きなしと判断し戻ってきていた。
その竜騎士はエルクン騎士隊長とは違い落ち着き払っており、戦況を見極める為に伝令の言葉を静かに聞いていた。
内容は極めて簡単で、時折周囲を荒らしていた野盗が調子づいて砦を襲撃し、それに対応したところ潜んでいた騎馬兵に大打撃を受けたと言う物だ。
カタン砦防衛の為にユスベル帝国が軍を出したことは間者を通して知っていたが、そちらの簡易砦まで兵を出していたなど聞いていない。
あの後、出撃させたのだとしても到着する時間が早すぎる。砦を襲うのであればそれなりの装備が必要なはずだが、どうやって装備を持った状態でこれほど早くうごくことが出来るのだろうか……。
天幕内は恐ろしく早く動く状況に頭を唸らせる重い空気に包まれた。
「しかし、これでは子爵家の守りが薄くなってしまうが、大丈夫なのか?」
竜騎士はポツリと呟いたが、その呟きは唸る騎士達には考えるまでもない些細なこと過ぎて、耳に入っても考えるまでもない事だった。
敵陣のど真ん中に堂々と入っていく人間など居ないのだから。
スカークマン=幕間で何者かに殺された、元騎馬騎士本部のお偉いさん。
ユーングラント王国=ユスベル帝国がこの間まで小競り合いと言う名の戦争をしていた国。
竜騎士本部や騎馬騎士本部にも大将が居ますが、作戦の総指揮官も大将と呼ばれます。
その時は、本部にいる大将は『総大将』と呼ばれます。
スカークマンのお蔭で甘い汁を吸えていたマレッターナは、帝都で何かあった=スカークマンがヘマをしたことで自分にも害が及ぶと思いドキドキしていましたが、蓋を開ければどうってことなかったので安心しています。
それどころか、第二皇子にも期待されていると竜騎士に言われてニヤけています。
12月18日 誤字・脱字修正しました。前書きを書き足しました。
1月17日 ラフィス→フィーノに書き換えました。