プロローグ
「おい……貴様――」
俺はその日、とても運が良いように思えた。
その少年と出会ったのは、血生臭い空気が流れる荒野でのことだった。
普段であれば他の奴隷が行く用事だったのだが、今日に限ってその奴隷が体調を崩し、代わりに俺へお鉢が回って来た。また普段使っている道に野盗が出たため最近は全くと言っていいほど使われなくなった旧道を通っていたからだ。
その上、つい先日、晴れて知識奴隷に昇格し見栄えが悪いと言う理由から奴隷の証明である真鍮入りの革首輪を外されたところだった。
「何か用か?」
その血だらけの少年の容姿は、背格好は似ており違うのは髪色と西欧人っぽい顔立ちと言うところだ。まぁ、ほとんど違うと言っても差し支えないか。
「俺を、助けろ。助ければ、褒美をやる」
「褒美ねぇ……」
この世に生まれ変わって12年。
短い期間ではあるが、貴族がこういう事を言った場合はほとんどが嘘だ。だいたい、貴族が平民に対しての約束を守ることはほとんどない。
この少年の着ている服は、ユスベル帝国直轄の竜騎士育成学校の物である。そして、この少年の横で息も絶え絶えながら主を見守っているドラゴンの鎧は、そこいらの貴族が買えるような安い鎧ではない。
褒美と言うのは魅力的だったが、小学校を卒業するかどうかのクソガキがこれほど傲慢な物言いをするのだから、褒美自体反故にされる可能性が高かった。
しかし、なぜこんな所で死にかけているんだ?
途中で、野良のドラゴンに襲われたか――。
「いや……」
潰れた商隊の馬車とその傍らに転がる商隊専属の護衛隊の旗を見れば、この貴族が調子づいてドラゴンで商隊を襲い、その護衛隊に返り討ちに合ったと言うのが見て取れる。
ただ、この少年の駆るドラゴンが護衛隊のドラゴンよりもかなり強かったため、1対3の状況でも相打ちに持ちこめたのだろう。
「お前、名前は?」
「ロベール……シュタ――ィフ・ドゥ・スト……ライカー……。ストライカー侯爵家の――長男だ。これで……分かっただろぅ……。褒美は弾む……だから、助けろ――――」
ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカー。侯爵家……ね。
途切れ途切れで言葉をつなぐロベールだが、その声には力が無くそう長くは持たない事を物語っていた。
「分かった。ちょっと、待ってろ」
そう言って俺は、商隊の残骸近くに転がる護衛隊の竜騎士の死体まで歩いていく。
その死体のポーチをまさぐると、話に聞いた通りドラゴン用の鎮痛薬と興奮剤を見つけた。
それを辛そうに息を吐いているロベールのドラゴンへ食わせると、かなり強力な薬だったのかすぐに息を吹き返す――いや、危険な、ロウソクの最後の灯火の様な危うさを持った空元気となった。
ドラゴンは竜騎士しか操れない。
その話が本当であれば、ドラゴンに跨った瞬間食い殺されるだろうが、俺を奴隷として飼っている貴族のドラゴン同様、この死に掛けドラゴンも俺が乗っても全くかまった様子はなかった。
フーフー、と荒い息を吐くドラゴンを何とか御しながら穴を掘らせ、その中に襲われた商隊の荷物を他の人間に盗まれないように埋め立てた。
死体も同様に、ドラゴンに穴を掘らせて埋めていくが、巨体のドラゴンを埋めるにはロベールのドラゴンの体力が限界だったようで中途半端にしか埋めることができなかった。
普段からあまり人は通らないし、それに道から結構離れた場所なので特に問題はないだろう。
「おい、生きてるか?」
「…………」
一仕事終えた俺がロベールの元へ戻ると、すでに息を引き取っており物言わぬ骸と化していた。
「残念だったな。まっ、お前の人生は俺が引き継いでやるよ」
俺は、ロベールから鎧を脱がすと、血のりも拭くことなくそのまま着用した。
こちらの世界での情報伝達速度は、一番早いのでドラゴンを使った伝令だ。
顔認識は、会った事のある人間が確かめるか、人相書に書かれた特徴から判断するしかない。
「おらっ! どこへなりとも行けッ!!」
ゴン、とドラゴンの尻をロベールが持っていた剣の鞘で殴ると、痛みに驚いたドラゴンは大きく羽ばたき飛んで行った。
もう、この世界で奴隷として過ごすのは、面白くないので嫌だ。
今日から俺が、ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカーとして生きて行こうと思う。
この世界に来てから竜騎士になるのも面白そうだと思ったし、何より失う物が何もないのでちょっとくらハメを外しても良いだろうと思う。
3日程度ごとに更新していく予定です。
11月1日 ルビの強調点を書き直しました。
6月30日 大幅に加筆修正しました。
7月18日 奴隷の枷について加筆しました。