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ブラコン魔王の婚活  作者: アネコユサギ
ブラコン魔王の婚活
6/25

 で、何というか……。


「ただいま犯人達はビルを占拠し――」


 警官隊が集まってジムのあるビルを包囲している。

 その後ろには野次馬が集まっていて、取材陣もここぞとばかりにカメラを向けている。

 ピンポイントでジムのあるビルが占拠されているってさ……人混みから外れてふと呟く。


「どうするか」


 犯人達はビルを占拠していると見ていいだろう。

 平和なはずの日本が妙に殺伐としている……これまでだってルードが日本に来たことは無数にあったけどここまで襲撃が苛烈だった事なんて無い。

 いくら魔王様が亡くなった後だからと言ってここまで苛烈に勇者になりたい犯罪者が乗り込んで来るものか?

 何より……居場所が特定され過ぎている。行く先々で遭遇するのは情報提供者でもいないと無理な次元だぞ。

 僕の過去の軍経験が語っている。


 試しに桜花さんに電話したのだけど不通だった。

 目的はルード……か?

 桜花さんが居るから大丈夫だとは思う。


 ハッ! 不意に横っ飛び!!


「何かあったのだ?」

「うわ!」


 いきなり麻奈が上から落ちてきた。さっきまで僕の居た場所に。背中には大きな剣を担いでいる。


「心臓に悪いから奇襲を掛けるのやめてくれない?」

「だって用事が終わったら幸長が店の下を歩いていたから来ただけなのだ」


 そう言って指差すのは大きなビルの三階だ。

 まったく、麻奈の肉体はどんな形状をしているのやら……って魔物の僕が言える義理は無いか。

 高い所から落ちてもスライムだとまったく怖くもないし……魔物の姿でならだけど。

 昔はよくパラシュート無しでのスカイダイビングをしたもんだ。

 それもまた思い出か。

 ドタドタと足早にジムの方へ走っていく野次馬とすれ違った。


「なんの騒ぎなのだ?」

「どうやらルードたちのいるビルを犯罪者が占拠したらしい」

「それは大変な事態なのだ。幸長はどうしてこんな所をほっつき歩いているのだ」

「一般ピーポーである僕がどうやって警官隊の包囲するビルに忍び込めるんだ?」

「一般ピーポー?」

「なんでそこで疑問を浮かべるんだよ」


 魔王軍の関係者であるのはルードたちで僕はあくまで住居提供者って形だ。

 少なくともね。

 そもそも魔王軍の幸長でーすで現場には入れない。

 ……まあ、ちょっとしたコネに電話すれば出来なくはないとは思うけどちょっと時間が掛かる。

 その間にどこか忍び込めそうなところが無いかを探していた。

 麻奈は腕を組んで納得するように頷く。


「しょうがないのだ。麻奈と一緒に行くのだ」

「はい?」


 ここで僕は大事な事を忘れていた。

 麻奈はブレイブハート学園所属。人類の希望、勇者を育てる学び舎。つまりは――。


「ブレイブハード学園の生徒なのだ。邪魔だから退くのだ」


 生徒手帳を掲げながら警官隊の包囲網を突き進んでいく。

 警官隊の方々も麻奈の生徒手帳を見るや敬礼して道を開けて行く。

 麻奈の生徒手帳は金縁のプラチナ細工が施された成績上位の生徒に配布される特別仕様で警察には色々と無理な命令が出来るものである。

 さすがはブレイブハート学園……エリート教育で並みの人間よりも強い者がいる組織。

 この程度造作も無い。


「そちらの方は?」


 警官隊の現場主任が僕を指差して尋ねる。


「麻奈の同行者なのだ。背中を預けるに等しい猛者なのだ」

「そ、そうなのですか! これは失礼!」


 真っ赤な嘘に騙されて敬礼している!


「行くのだ」


 麻奈は辺りに漂う微弱な魔力元素をかき集め、オーラを発動させる。

 白い光が麻奈の体を覆う薄い膜と化す。見た目は個人差で分かれるが今、麻奈が纏ったオーラは余りにも濃度が薄い……。

 麻奈は地面を何度か踵をつける。すると魔力要素が僅かにだが上昇。平賀家が使う地脈に眠る魔力要素を活性化する技で、自らの周りにある魔力要素を増やしてオーラを安定させたのだ。

 良いよなぁ……オーラ。

 人間が使う事の出来る戦闘技能で魔物である僕には使用不可、人間化手術をすれば使える可能性はあったのだけど僕は手術に失敗して出来なかった。

 しょうがないので生まれつき使える黒の法衣でやりくりするしかない。

 魔法による防御面はそこそこだけどそれも焼け石に水なんだよね。


「準備OK!」

「へ?」


 ガシッと麻奈は僕の腕を掴む。


「出発なのだーーー!」

「え、ちょ――」


 ビュン! ドゴォオオオン!

 そのままの力で跳躍した麻奈はビルの五階の壁をぶち破って進入。


「ゲホ! ゲホ! 少しは加減しろって」

「そんな事する必要はないのだ」


 壁をぶち破った麻奈は室内にいる人物を確認、銃器を所持していると理解すると同時に所持していた大きな剣で横薙ぎをした。

 進入を認識して僅か5秒の早業だった。


「手早く事件解決するのだ」


 そのまま室内から出るドアノブを捻って廊下に出る。

 直後、麻奈の纏っていたオーラが揺らいで消え去る。


「魔力要素根絶器!?」


 おいおい!? 幾らなんでもそんな大掛かりな道具をどうしてこんなビルを占拠する程度の犯人が所持しているんだよ!


「危ないのだ!」


 麻奈は横っ飛びで室内に戻ってきた。

 直後、銃弾の雨が廊下で木霊する。

 説明が遅れた。魔力要素根絶器というのは大型ジェネレーターが必要で、周りにある魔力要素を根絶やしにして魔法を使用不能にする機材の名称だ。

 これがあると殆どの魔法が使えなくなる。麻奈のオーラは発動できない。

 銃器を使っているという所で気づくべきだった。

 おそらく敵は科学兵器を使う集団だ。

 科学兵器、魔法という個人の裁量が影響を及ぼす技術を完全に捨て去った結果、戦うために研磨された技術。

 主に日本を始め、アメリカやロシアなどの科学大国が中心で盛んに研究されている。

 でも、銃器という殺傷兵器は日本では認められていない。使用には免許が必要だ。

 麻奈の持っている武器だってブレイブハート学園所属だから認められているのだ。

 もちろん、無意味に振り回せば逮捕される。


「……やりにくいのだ」

「チッ!」


 僕は麻奈が蹴散らした敵から銃器を奪い取り、廊下に向けて手榴弾のピンを抜いて投げつける。

 そして廊下の影に隠れて爆発を回避。

 昔取った杵柄、魔王領でもこの手の武器は持ち込まれる事が時々あって、上位魔物には効果は薄いけど弱い魔物には意味があるので使われたんだ。

 なので斥候をしていた僕はこの手の銃器の取り扱いを覚えて使いこなせるようになった。


 ボォオオオオオオオオオオオオオオン!


 炸裂音が聞こえると同時に廊下に出て巻き起こる煙の中を走って廊下の角に出る。

 敵は目の前にいた。奪ったアサルトライフルの引き金を引く。狙いは両手両足。


 ズダダダダダダ!


「ギャアアアア!?」


 悲鳴と共に敵は吹き飛ぶ。

 叫ぶくらいならこんなの持ち込んで犯罪を犯すんじゃないよ未熟者。

 痛みで悶絶する相手に僕は念の為に両手両足を再度打ち抜いた。

 うん、レティクルが厳しいけど、昔とたいして変わっていないな。

 悶絶する敵の胸を見るとちゃっかり防弾チョッキを着用している。

 致命傷は与えていないがもう戦う事は出来ないだろう。

 相手が呻いてうるさいからライフルの柄で気絶させる。


 ズダダダダダ!


 仲間が居るにも関わらず敵が発砲してきた。

 とりあえず射線上に入らないように黙らせた敵を廊下の隅に運んでから僕は麻奈に目で指示を送る。

 敵の武器を押収しつつ、僕は銃撃戦を再開する。

 とはいえ多勢に無勢、徐々に敵がこっちに攻めてきて、最初に進入した部屋に戻ってきてしまった。


「もう少しだ! 見せしめに殺せ!」


 敵の指揮官らしき人物が指示を出す。

 今だ!

 派手な音と共に排気ダクトに潜んでいた麻奈が飛び出して指揮官と部下全員を薙ぎ倒す。


「何!?」


 敵は即座に対応したのだろうがオーラ無しでも魔王の間まで行った麻奈には手も足も出ない。そもそもオーラが無くても麻奈は銃弾が見える。


「ふう……幸長、腕は鈍ってないようなのだ」

「褒められても嬉しくないよ」


 幼少時の軍隊経験がこんな所で役に立つとは思わなかった。

 あれから十年以上は経っているけど体に染みついた感覚は忘れないもんだ。

 まあ……何だかんだ時々妙な騒動に巻き込まれる事はあるから忘れようもないんだけど。


「さて、お前達は何名の集団なのだ?」

「ぐ、ぐうううううぅうううううう」

「早くしないと命がなくなるのだ」


 麻奈は敵の指揮官の胸倉を片手で掴み上げ首を絞めながら拷問する。

 何の抑揚も無い作業的な拷問に敵の表情が青ざめていく。


「う、裏切り者がぁ……」


 その言葉に僕は指揮官や転がっている敵に目を向ける。良く見ると不良みたいな奴が多い。


「落ち零れが何を言うのだ。さあ、後何人なのだ?」

「知り合いか?」

「こいつは学園の不良なのだ。落ちこぼれが何正義感を振りかぶってるのだ? この犯罪者なのだ」


 なるほど、落ち零れで技能も無いから銃器に走ったという所か。

 やがて泡を吹いて気絶した。


「まあ良いのだ。コイツ等の服装を奪って変装していくのだ」

「ああ……」


 そんな訳で僕らは変装し、ビルの中を走る。

 途中、何度か敵と遭遇したが変装したお陰が侵入者が何処へ逃げたのかと聞かれるだけで事なきを得る。


「人員を掌握しきれていない所を見るにかなりずさんな犯行だな」

「そうなのだ」

「まずはルードたちと合流する事を最優先だ、次に根絶器の発見だな」


 ルードが居れば魔王の領域で辺りの魔法要素を活性化できる。根絶器でも魔王の領域を無効化する事は出来ない。そうなれば麻奈がオーラを発動、敵を根絶できるはずだ。

 ビルの中の間取りは知っている。

 ルード達の行った場所であるジムはビルの8階にある。まずは其処へ行くのが懸命だろう。

 8階に到着すると派手な衝突音が聞こえてきた。廊下から様子を覗き込むとルード達が立てこもっている。ジムの扉が今まさに破壊された瞬間だった。

 廊下の隅に三機近く根絶器が置かれている。入念な配置だ。あれでは一機破壊している間に攻撃を受けて手も足も出ない。

 ジム内では魔法要素が充満していたのだろう、火の玉や氷の矢が廊下に向けて解き放たれる。しかし、根絶器の力で即座に霧散している。


 ズダダダダ!


「目標を発見!」


 敵が大きく叫ぶ。それと同時に激しい銃撃音が響く。

 目を凝らすと、今まさにルードに向けて凶弾が飛んでいっていた。

 危ない!

 叫ぶより早く弾がルードに……ぶつかって――。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 発砲した者が悶絶した。弾がそのまま反射して逆に撃ちぬかれた。

 一体何が起こったのかと思った所で思い出す。

 魔物の一部には瞬間衝撃を反射する特性を持つ種類が存在する。

 銃というのは鉛の弾を高速で射出し、相手にぶつける殺傷兵器。瞬間的な攻撃でしかない。

 魔法が使えないこの状況なのだが、ルードは魔法元素を活性化する能力を所持すると同時に纏わせている魔王の系譜の力。

 魔王に殆どの科学兵器は効かない。毒ガスも何もだ。魔法に未だ科学は勝てていないというのが現状である。

 ちなみに大量殺戮を行うかの爆弾も魔王領では不発、爆発をさせても魔素が弾いて無効化……逆に同等の爆発魔法で報復にとある国が消し飛んだなんてのは、かなり有名な話なのだが、知らなかったのだろうか?

 ルードは未熟者だから銃撃の反射が出来るのか確信が持てなかったのだけど、可能だったようだ。

 僕はその隙を逃さず、まだ戦える敵を無力化するべくライフルの引き金を引いた。


「グハァ!」


 敵は後ろから不意打ちに、あっさりと倒れる。


「あ、兄さん!」


 顔を出した僕にルードは嬉しそうに手を振っている。


「こんな機材、何処で調達したのだ?」


 敵を縛り上げだした麻奈が近くに運び込まれていた根絶器を見ながら呟く。


「桜花さん達は大丈夫か?」

「うん。みんな避難して貰ったよ」

「よく銃で狙われて恐れずに前に出たな」


 血を見ると顔を青くするヘタレが当たり前のように出てきて、影武者かと疑ったくらいだ。


「兄さん? ボクが何処からの留学生か忘れてないかい?」

「あ」


 そういえばルードはアメリカから来た留学生。隣人であろうとも拳銃を所持する危険な国。銃口を向けられるのは慣れているのか? いや、慣れているのはどうかと思うのだけど……結局どういう意味だ?

 困惑する僕の表情を見たルードは納得したように口を開く。


「兄さんは知らないかもしれないけどさ、家って銃に撃たれる訓練だけは小さな頃にあってね。平気なんだ」


 留学生関係ないしどんな訓練だよ! と、ツッコミを入れたいが入れたら負けな気がする。


「いやぁ……桜花を黙らせるのに苦労してね。やっとこうして出てこられた訳なんだ」

「ルード様、お戯れはおやめください」


 声がする方に目を向けると、縛られた桜花さんがルードに向けて怒鳴っていた。

 誓子さんが更に桜花さんを動けないようにするために上に乗っている。


「科学武装なら大丈夫だって話したのに理解してくれないんだもん。なんか桜花って世間知らずだよね」

「あの、もう大丈夫なんですか?」


 琴音さんが心配そうな顔つきで顔を覗かせた。

 ふと、目が合う。


「あ……」


 琴音さんは昨日の事をまだ引きずっているようでサッと目線を外してジムの中へ戻ってしまった。

 うーん。どうにか機嫌を治してもらえないかなぁ……。


「銃器じゃボクを殺せないから大丈夫だよ桜花」


 ルードは縄を解いて桜花さんを立たせた。


「しかし、幾らルード様と言えど……接近されたら元も子もありません」

「近づいてきたらみんなが守ってくれたさ」


 桜花さんは硬くなった手首を揉み解し……麻奈がいるのを見るや殺気を放つ。


「どうしてあなたがここに来ているのですか?」

「同居人がピンチだから助けに来たのだ」


 麻奈はさも当然のように答えた。


「いい加減、桜花は麻奈を信用するのを覚えるのだ」

「ですがあなたは――」

「ほんと、桜花は頭が固いのだなぁ。もしかして馬鹿なのだ?」


 うわぁ……桜花さんの顔が見る見る赤くなっていく。

 麻奈って馬鹿っぽいし、馬鹿に馬鹿扱いされるって腹立つだろうなぁ。


「あなたにそんな事言われる筋合いありません」

「折角助けにきたのに『ありがとう』が言えないのだ?」

「どうしてあなたに感謝しなきゃいけないのですか!」


 ああ、もう喧嘩は他所でやって欲しいよ。もう。


「ルード様、お怪我はありませんか?」

「大丈夫だよ誓子。それより他の者は大丈夫かい?」

「ええ、別段、被害者はおりません」

「ま、これで一安心かな?」

「兄さん!」


 いきなりルードが僕に向けて叫ぶ。

 どうしたのかと顔を向けると、背中から胸に掛けて何か感触が――ブチャ!

 大きな音を立てて胸から弾丸が飛び出した。

 倒れ様に振り返ると、敵の増援が来ていた。

 そうだった。まだ全ての敵を倒しきっていない。

 ルードに銃器が効かないのを理解した敵がせめてルードの取り巻きを削ろうと一番手近にいた僕に引き金を引いたのだろう。

 胸を大きく穿ったこの弾丸。相手の銃器を見て分かった。

 ショットガンにスラッグショットという弾丸を込めて僕を狙ったのだ。

 熊を殺すように作られたショットガン用の弾丸、その形状はバラ玉を発射するショットガンで一発の鉛玉を撃ちだすように作られている。

 人間の頭部に命中すれば頭が弾け飛ぶ。

 そんなものを胴体に受ければ防弾チョッキをつけていても胸に大きな穴が開くのも納得が行く――。

 マテリアルライフルくらいあるかもしれないと注意すべきだったかね。


「幸長!?」

「幸長くん!?」

「ゆき――」


 麻奈と琴音さんと桜花さん達が唖然とした表情で倒れつつある僕を傍観する。


「は、はやく――ルード以外のみんなが殺される!」


 僕が指示を出した直後、麻奈と桜花さんは戦闘に意識を集中し武器を持って突撃する。


「幸長の仇ぃいいいいいいいいいいいいいい!」


 麻奈が大声を出しながら大きな剣で一閃、拡大する衝撃波が壁もろとも敵をなぎ払う。

 根絶器がまだ効力を発揮していて、威力が殺されてしまっているけれど、敵には十分な損害を与えた。

 魔力要素が十分に足りずオーラが纏えなくても麻奈は攻撃をやめない。


「生かして返しません!」


 麻奈に負けず劣らずの速度で桜花さんは敵の懐に入り、鉄刀で切り伏せていく。


「右後方から狙撃が来ます。気をつけて!」


 庇う様に金属製のテーブルを持ち出した誓子さんが戦う二人に指示を出す。


「兄さん! 兄さん!」

「幸長くん!」


 青い顔をしたルードと涙声で琴音さんが僕を抱き起こす。


「あ――が――」


 やばい、声が出ない。

 徐に僕は琴音さんの顔に手を伸ばす。

 ごめん。傷つけてしまって仲直りしたかったのに……こんな風に別れる事になるなんて。


「こ――ごめ――」

「良いんです! 私は傷ついていた訳じゃないです」


 ただ、恥ずかしかっただけで……と、琴音さんは僕の手を強く握り締めた。


「兄さん! 死んじゃだめだ! くそ! なんで領域がこれ以上増えないんだ!」


 根絶器の出力にルードの領域は負けてしまって僕を変身させることが出来ない。

 懸命に僕の胸を抑えるルードはジムの方を見て大声を出す。


「誰か! 早く救急車を!」


 いや、さすがに胸が抉れていちゃ病院に行っても助からないだろう。と、言いたかったけど僕の肺はこれ以上声を漏らさせてくれなかった。

 ドクドクと胸から液体があふれ出していくのを感じる


「ダメです! 幸長くん、死んではダメですよ!」


 涙でくしゃくしゃになった琴音さんが懸命に呼びかけるけど……声が徐々に小さくなっている。

 ああ……僕の一生ってあっさり終わってしまうんだなぁ。

 気を抜いていたのは認めるけど、こんな終わりは酷いなー自棄の一発で戦死とかカッコ悪い。

 助けに来て流れ弾で死ぬ……やー勘弁してほしい。

 ドクン……ドックン!

 突如心臓の鼓動が跳ね上がる。

 ってちょっと待ってよ、心臓ぶち抜かれたのにどうして鼓動がするんだよ。

 ポン!

 間抜けな音がしたかと思うと僕は服から顔を覗かせる体勢で辺りを見た。


「え?」

「「え?」」


 キョトンとした表情のルードと琴音さんが僕を見ている。

 自分でも間抜けな声を出したと僕が思った時。


「「ええええええぇえええええええええええええええええ!」」


 驚きの声を二人は出した。

 良く見ると自分の姿がスライムに変わっている。

 そっかぁ……僕って致命傷を受けると変身するんだぁ……知らなかったよ。

 昔、目玉をえぐられた時は満月光で変身させられるまで治らなかったんだけどなー。


「か、考えて見れば兄さんは魔王の息子なんだものね。聖域無し、魔力要素が無くても自分をスライム化させる位できるよね」

「さ、さすがです幸長くん。とても驚きました」


 平静を装っているけど絶対混乱しているよね二人とも。


「スゴイデス幸長くん」

「スゴイヨ兄さん」


 息が合った様子で二人手を合わせて変な踊りを始めている。相当混乱しているよね。

 唖然とするのは麻奈に桜花さん。襲い掛かってくる敵も僕の方を見ながら放心している。


「ば、化け物か!」

「間違いなく死ぬはずでしょうに!?」


 桜花さんと誓子さん。幾らなんでもそれはないんじゃないか。


「一安心なのだ」 

「怠けてないで戦いなさい!」

「わ、わかったよ」


 ピョンと跳ねて僕はライフルを握る。

 ぐにょ。

 うん。こっちの方がしっくり来る。

 壁に吸い付いて天井に移動して敵を狙撃。


「人間の時より動きが良いのだ」


 次々と来る敵を倒していくと麻奈が悲しい台詞を発する。まあこっちの方が戦いやすいのは確かだけどさ。


「どうやってそんな身体で引き金を引いているのか不思議でなりませんね」


 桜花さんは首を傾げで僕を凝視している。

 とまあ警官隊が突入してくるまで僕達は防衛線を続けた。


   △


「一応あなたを信用してあげましょう」

「にゅ?」


 敵を全て捕縛し終えた後、桜花さんは懐から取り出したお菓子を摘んでいる麻奈に右手を差し出して握手を請う。


「勘違いするんじゃありませんよ。あなたがルード様のお命を狙っていない疑惑は晴れきってはいないのですからね」

「だから興味が無いって言っているのだ。それに当たり前の事をしたまでなのだ」

「そうですか……」

「麻奈が興味あるのは幸長なのだ!」


 桜花さんが差し出した手を麻奈は無視して事もあろうに僕を掴む。


「ちょ、なんでそこで僕が出てくるわけ?」


 ピクッと桜花さんの眉が跳ねた。

 あれは絶対に怒っている目だ。

 ぐいっともう片方を引っ張る感触、その方向を見ると琴音さんが僕を掴んでいた。


「ありがとうございました幸長くん。それと麻奈さん」


 眩しいくらいの笑顔だけど何故かな、凄く怒っているように見える。


「ボクも感謝するよ兄さん! できればつけていた防弾チョッキをくれないかな?」


 琴音さんと一緒に僕を掴むルード。


「助けてもらってさらに物を寄越せとはどういう了見だよ」


 ぐい! 麻奈が張り合うように強く引く。


「幸長を放すのだ。幸長は麻奈のモノなのだ」

「幸長くんは幸長くん自身のものですよ。勝手に所有されては幸長くんが可哀想です」

「ぬー!」

「そうだよ! 兄さんはみんなのモノなのだから独り占めは良くないなぁ!」


 琴音さんとルードが負けじと引っ張る。僕自身のモノだと主張する琴音さんのすぐ後にみんなのモノとか言うルードに誰も突っ込みを入れないのか!


「いでで!」


 両方を引っ張られる。これって何の拷問?


「ふむ、自らに大岡裂きの刑を科すとはサディステックな趣味をお持ちで」


 誓子さんが眼鏡を掛けなおしながら分析してる。いや、助けてくれない?


「怒るに怒れませんね」

「ちょっと桜花さん!?」


 刑って、僕何か悪い事した?

 ミシミシミシ……。

 やばい、伸びた体が怪しい音をあげている。


「あ、あのね麻奈? こういう時は先に手を放したほうが勝つという決まりがあってね」

「麻奈の興味は故事なんかでは縛れないのだ!」

「縛ろうよ! お願いだから」


 くそぅ。麻奈に頼んだ僕が馬鹿だった。しょうがないここはルードに頼むとしよう。


「ボクは兄さんとずっと一緒にいると誓ったんだ!」

「放せーーーー!」


 自ら兄に引導を渡そうとしているくせにずっと一緒にいるとか何を考えているんだ!

 ここは、琴音さんに頼もう!


「琴音さん。お願いだから手を放してくれないかな?」

「死んでもこの手を放しません!」


 ダメだ。みんな変な脳汁が出ているのか全然話を聞いてくれない!


「ちょ、ちょっと誰か助けて!」


 警官隊の皆様方は僕の様子を舌打ちしながら睨んでくる。


「爆発しろ。スライム」


 とか聞こえたけど何の冗談?

 ブチィィイイイイイイイイ!


「幸長くんが大変な事に!」

「ぬおおおお! 幸長、死んではダメなのだ!」

「兄さん! 兄さん! 誰か救急車を!」


 桜花さん達が溜め息を吐いていたのが非常に印象に残った。

 ちなみに平然のように無傷で復活した僕は自分がスライムであったことを感謝する。

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