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「ふう……散々だったよ。桜花さんのお陰で助かったね」
結局、放課後の質問タイムは桜花さんが乱入したお陰で1時間という決まりが出来た。
「まったくあなたは役に立ちませんね」
「女子を男子が注意するというのは大変なんだよ? そもそも桜花さんが注意すれば良いでしょうが」
桜花さんは二年生として転校している。覇気を携えたカッコイイお姉さまと言う事でルードとは別方面で人気が出ている。
「しても良いのですがケガ人を無駄に出しても良いのでしょうか?」
物騒な……まあ、口より手で黙らせた方が早いと思ってしまっているのはわかるし、僕に任せて穏便にしたいのだろう。
「まあまあ、で、ボクの婚約者になる子とは何処で話をするの?」
「音楽室で会う事になってる。下手にぶつかると断られるだろうから友人として仲良くなれ」
「そうだね。玉砕覚悟で行くには日が浅いもの、友達からが一番だね」
「何を弱気な、それでも男ですか」
「ボクは兄さんの案が一番だと思うよ? じゃなきゃアタックする人が異性にモテモテという論理がでちゃうよ?」
玉砕覚悟で告白をしょっちゅうしていそうな男子勢やルードの取り巻きになっている女子が頭に浮かぶ。
返す言葉も無くなった桜花さんがグッと顔を引いて頷いた。
「……仕方ありませんね」
そんなに桜花さんは僕が嫌いなのだろうか。
とにかく、僕は約束の音楽室にルードを連れてやってきた。
ガララ……鍵は掛かっていなかったけれど室内に琴音さんはいない。
「早かったかな?」
「女の子を待たすよりは良いと思う」
「そうだね」
音楽室に入り、机に座って待つ。
すると5分もしないうちにバタバタと足音が聞こえてきた。
「遅れました! 申し訳ありません!」
琴音さんが肩で息を切らして入ってくる。
「だ、大丈夫?」
「は、はい。体は頑丈な方なので問題ありません。ちょっと用事を片付けてきました」
「そ、そうなんだ」
別にそんなに待っていないのだから焦らなくても良いのに。
華奢そうに見えるけど……考えてみれば次期御妃候補なんだから丈夫なのは大前提か。
「で、その……幸長くんは……私を呼んで……何を?」
「うん、ちょっとね。弟が君と友達になりたいから紹介してくれって頼まれたんだ」
「へ?」
ここに来て初めてルードの存在に気付いたのか琴音さんは僕の後ろで手を振るルードに目を向ける。
「あ、そうなんですか……」
なんかがっかりしているけど、どうしたのかな?
「はじめまして浦島琴音さん」
「あ、はじめまして、って授業の始めに自己紹介はしましたよね」
「そうだね。でも個人での自己紹介はまだだったと思うから。クラスの女の子の中で君はボクに話しかけに来なかったでしょ?」
「そうですね。沢山女の子が集まっていましたので」
ルードは手慣れた様子で琴音さんに近付く。
さすがアメリカ仕込みのコミュニケーション。近付きにくい雰囲気を取らせない。
「友達になってくれませんか?」
「あ、はい。とは言いましても……こうして直接する事でしょうか?」
まるでダンスに誘うようにルードは琴音さんに囁き、琴音さんは首を傾げている。
僕は邪魔者かな?
とりあえず気付かれないように部屋を出て行こうと――
「何処へ行くの兄さん」
「何処へ行くの? 幸長くん」
二人して僕をガン見して尋ねないで。
そのやり取りで気が合うことを理解したのか琴音さんは緊張を解いて微笑んだ。
「ルードくんは幸長くんの弟なんですね」
「ええ、ですがあまり一緒に居られませんでした……親の関係で離ればなれで滅多に会えない関係だったのですが、一緒に住むことになりまして」
「そうだったのですね」
「不安な日本生活の中で頼る事になりまして、色々と厄介になっています」
「じゃあお兄さんの事もあまりご存じでは?」
「一緒に生活しているので知りたい側面もあります。何かありませんか」
「そうですねぇ。鉄棒とか懸垂が得意で足腰が丈夫ですね」
「ですよね。ロッククライミングとか得意なんですよ」
「後はとても身体が柔軟で、硬い私にはとても羨ましいです」
「あ、分かります。ボクも同じく硬いほうなので」
僕を話題にして会話に花を咲かせないで。ここに居るのが窮屈になる。
ふと、やはり廊下の方にいる桜花さんと目があった。
コノチョウシデナカヨクサセロ。カイワニハナヲサカセヨ。
ほっといても花が咲いているわ! 僕を話題に使っているけど!
ナニカアウコウジツヲツクレ!
まだ友達でいいだろ!
ハァ……ドウシテアナタハフデキナノデスカ。
むかつく! 非常に腹立たしいぞ。
とまあ目で会話していると廊下の方からバタバタと大量の足音が聞こえてくる。
桜花さんは来る相手を見て日本刀を取り出した。
「何者だ!」
「「!?」」
声に反射するように琴音さんとルードは視線を廊下に向ける。
「「「正義の味方だ!」」」
ギイン! と、金属音と共に桜花さんに西洋剣を持った学生が飛びかかるのが見えた。
「甘い!」
廊下には十人以上の学生が集まっていた。
桜花さんも本気を出せばこの程度の人数、あっと言う間に倒す事が出来るだろう。だけど、魔物化するにも満月の日じゃないと出来ない上に更に能力低下しているのだ。これでは普通の人間より少し強い程度の力しか出せない。
やがて桜花さんの防壁にも隙が生まれ、音楽室に敵が入ってくる。
剣や杖で武装した時代錯誤の学生達だ。
「な、なに?」
「次期魔王シュレイルード! 覚悟!」
「ふざけるな。魔王討伐は終わったんだぞ、安息期じゃないか」
安息期法、魔王の死後10年は魔王の血族に対して勇者的決闘を挑むのを禁じる法律。
この法律は絶対。破れば無期懲役、もしくは死刑。更に親類にまで罪が加算される。
加盟国は世界中殆どの国だ。
これはたとえ相手が魔王の息子だからという理由で戦うのを許可はされたりなどしない。先ほども述べたとおり一族にまで罪が加算されるという法律なのだ。
親戚が罪を犯したという理由で刑務所暮らし、出所しても一生公職に就く事は出来なくなる。
それほどのリスクを背負ってでもやるのか?
「魔王?」
琴音さんがルードと僕に目線を向ける。
「ええ、ボクの父は魔王だったんですよ。つい先日亡くなりまして……」
「それよりも安息期に魔王の血族殺害行為は国際法違反、どうなるのかしらないのか?」
日本は科学主義の国ゆえに勇者と魔王の世界延命法に懐疑的な一面を持つ。そのため、魔物にも寛大なのだが、こういった事態が起こったとき、警察の動きが遅いというものがあった。
「とにかく、通報を――」
「した」
僕は懐にある携帯端末で警察に電話している。
先ほどの会話だって拾っているはずだろう。
「フフフ……」
「何がおかしい」
「その携帯、果たして繋がっているのかな?」
言われて僕は携帯端末を耳元を当てる。
電話が切れた音を鳴らしている。アンテナを見ると立っていない。
「ジャミング!?」
幾らなんでもただの高校生の犯行にしては用意周到過ぎる。微かに魔法因子が濃くなっているのを感じた。どれだけの金を使っているんだ!?
そもそも魔法因子が日本では少ないので強力な魔法を使うにはとんでもない金額が必要となる。
「くそ!」
廊下の方ではまだ桜花さんが攻防を繰り広げている。
今でこそ、教室内には敵が三人しかいないけれど廊下にはまだ十人以上いる。
「さあ! 正体を現せ!」
勇者志望の学生が懐から黄色く光る玉を取り出して地面にぶつける。
すると閃光が音楽室で起こった。
「そ、それは!?」
「きゃ!」
満月光、人化している魔物を無理やり変身させる国内では禁止されている道具。周囲に魔素を充満させ一定時間、更に月の力が変身衝動を抑えられなくなるのだ。
閃光が教室内を通り抜ける。
ドクン!
う……やばい。変身なんてここ数年した事が無いというのに。
「あ……くううぅううう」
ずるずると人としての造詣が崩れ、もう一つの姿に僕たちは変身させられていく。
「残念だけど、ボクには効果が無いよ」
「ああぁぁあ……う、どうにか……堪えられました」
ルードは何食わぬ顔で立ち、琴音さんは背中に大きな蝙蝠の羽を出した所で変身を抑えた。
しかし、種族としては並以下の魔物である僕は致命的だった。
完全に人としての造詣が崩れ、魔物としての姿に戻ってしまった。
……スライムに。
ばさりと服が脱げ、僕は学生服の上に乗っかっていた。
「くそ! 本性を現せないんじゃ魔物討伐法を適用できないじゃないか」
魔物討伐法、安息期法とは別の合法的に魔物を殺す事が許可される法律の抜け穴的な殺人行為。
魔物の本質に目覚めた者を法的処置で殺傷する行為を黙認する法案。
世の中には麻薬で魔物化することが出来る事例がある。その魔物が理性を失った所為で起こった犯罪に対して生まれた法律だ。
なるほど、別の法律を利用するつもりなのか。
「ていうか、スライムがいるぜ」
「雑魚は放っておけ、今は次期魔王だ」
勇者志望は僕を無視してルードに武器を向ける。
「隣の魔物も一緒に殺るか」
「え……あ……」
ルードと琴音さんに戦う術は無い。幾ら本質が魔物だからと言ってもこの時代。みんながみんな戦う方法を知っているわけじゃないんだ。
「ルード様! く、邪魔をするなぁあああ!」
廊下の方で桜花さんが声を上げるが来ることが出来ない。バキバキと何かが弾ける音がするけれど、桜花さんが駆けつけるまでは僕が二人を守らないといけないんだ。
「……さっきの失言を取り消してもらおうか」
ルードの目の色が変わった。
なんだ? 本能に目覚めたのか? どこかの物語みたいに危機で覚醒って感じで。
「何の事だ」
「兄さんを雑魚と呼んだのを取り消してもらおう」
「はぁ?」
勇者志望達はそれぞれ声を上げる。
「そこのスライムが雑魚でなんだって言うんだよ」
「また言ったか貴様等! 確かに兄さんはスライムさ、しかもブロブとか生命力が豊富で自己増殖を繰り返し、冒険者を融解させるような強酸性の構造はしていない。スライム系スライム種の中でも特に弱いジェリータイプの最弱な魔物だけどそれがどうした!」
こんな馬鹿でかい大声で僕の本質を暴露されては学校にいる生徒全員の耳に入ってもおかしくない。
……うん。死にたい。
必死に隠していたのにこの馬鹿弟は何を考えているんだ。
「兄さん! 何故窓から飛び降りようとしているんだい?」
「幸長くん! 自殺はダメです!」
「止めるな二人とも、スライムなんてスライムだからこそ日の目を見ることが出来ない」
そう、僕はスライムなのだ。しかも魔物差別が酷い事で有名なRPGでも最弱の魔物としてノミネートしているあのスライムなんだ。
海を称えるブルーにグミのような体形。大き目のバケツ一杯分の体積。
これが僕の魔物の姿だ。
そして王妃様の血筋で僕が養子になれた理由の一つ。
王妃様はスライムの中でも最上位の液体金属だったそうだ。身体を刃物に変え、冒険者を一撃で屠るというメタルリキッド種で、しかも熱にも氷結にも強く化け物並みの生命力を所持した魔王の妻だった。
代わって僕は平凡なただのスライムだ。
武器の形に変わっても、殺傷力は無い。
ただのスライムなのだ。
「はっはっは! 雑魚は雑魚じゃないか!」
「そうだそうだ。雑魚が何をしようと、俺達人間を倒す事なんて不可能なんだよ!」
「兄さん! どうして言い返さない!」
「事実なのを言い返せるか馬鹿!」
「幸長くん! 生きるのを諦めちゃダメですよ!」
窓際の攻防は二人が邪魔をして僕は飛び出せない。
「ルード様、不出来な兄をさっさと窓から投げ捨てるのです」
「桜花まで何を言うんだ!」
「不出来な兄はスライムです。例え高層ビルから落ちても死にません、救援を呼んでもらうのですよ」
「そ、そうだったのか、さすが兄さん!」
いや、僕はこの場を桜花さんに任せて逃げようかと思ってただけ。
「させるか!」
勇者志望の一人が魔法を詠唱しだした。
聞き覚えのある旋律、この魔法は爆裂魔法!?
一介の学生が使う魔法じゃない。専門の教育をされた魔法使いか!?
こんな室内で使ったら味方諸共大怪我じゃ済まないぞ。
「喰らえ!」
勇者志望が魔法を放つ。
「くっ!」
僕は振り返り、魔法が炸裂する前に身体を伸ばして二人を守る壁となる。
手榴弾を炸裂させたような音が音楽室に響く、窓ガラスが衝撃で全て割れ、机もピアノも粉々になる。
もうもうと煙が室内に充満した。
勇者志望は魔法の障壁を道具で生み出し、自らを守った。
「やったか?」
「決まってるだろ」
煙が晴れ、僕たちの状況が目に入ったのだろう。
「何!?」
そりゃあ驚くだろう。スライムが盾になっただけで必殺の爆裂魔法がルードと琴音さんに届いていなかったのだから。
「ふう」
僕は元のスライム形状に戻り、二人の様子に目を向ける。
「さすが兄さん!」
「幸長くん、さすがです」
二人が僕を褒め称えているけど、全然嬉しくない。
「馬鹿な……ただのスライムの癖に、どうして魔法が通じない」
「それくらいの魔法になら兄さんは耐性があるからね。黒の法衣も微弱に纏っているよ」
黒の法衣というのは魔王が自らを守る為に本能的に纏う耐性魔法。僕もこれを無意識に使える所が普通のスライムとは違うらしい。遠い先祖に魔王の血族が居たのだろうって可能性で納得している。
「兄さんは曲がりなりにも魔王の息子、耐性面ではボクよりも遥かに強いんだ!」
自慢げに言うのを止めてください。
ちなみにルードは黒の法衣を出せない。まあ大体使えるようになるのがルードくらいの年齢らしいから仕方ないけど。
「そう、兄さんは母さんのおなかにいるとき、魔王城にいるみんなが期待するほどの大きな胎動を見せていた。しかし、生まれた時、母方の血筋を濃く受け継いだ所為で魔王としての資格を得られなかった。ただそれだけなんだ」
これは魔王様夫妻がルードに教えた方便、僕の本当の両親は誰か分からないのだ。
高い所から落とされそこから落ちて、落下した後に逃げて魔王領の森で何も分からず彷徨っていた。
重度の記憶喪失を経験しているのだろうとに保護された時に言われた。
「ぺらぺらと何を言ってんだお前は!」
「生まれもって最大限努力したスライムの能力を所持している。生まれて数時間で自我が芽生えて動き出せたほどの天武の才を持ち、0歳から5歳まで魔王軍特殊部隊に所属していた!」
「凄いです、幸長くん!」
「変わりに伸びしろがなくてどんなに努力しても何も得られず能力も上がらない、まさしく親の七光り」
「やめてルード! これ以上兄さんをいじめないで!」
せっかく身体を張って守ったというのにこの仕打ち、一体何がしたいんだこの弟は。
本当の両親が誰だったのかは知らないが魔王の血を少しは引いていたらしく、僕は黒の法衣を使うことが出来る。
先ほどの説明も半分は正解なのだ。
「ただのスライムにしては強いんだぞ!」
「喧嘩売ってるのか、お前は!」
「チッ! 魔法は通じないなら剣で倒すまで!」
勇者の一人が僕達に向けて武器を振るう。
させるか! 僕は前に出て阻止する。
「雑魚が! 喰らえ!」
ズシュ!
僕の身体が切り裂かれる。
即座に僕は切られた所を繋ぎ合わせて剣を掴んで。地面にへばりつく。
「く! 抜けねえ!」
僕が懸命に抑えていると勇者志望は剣を抜けないのに四苦八苦する。
まだ廊下の方で桜花さんは応戦しているけれど援護の魔法を掛けた相手に苦戦しているようだ。
現に音楽室にいる勇者志望の一人も援護の能力上昇の魔法を唱えた。
引き抜く力が強まる。
させるか!
僕は意識を集中し、光を発する。
「解除魔法だと!?」
そう、様々な援護魔法を取り払う一部の魔物が使う事の出来る万能の光が解除魔法。国によって色々な呼び名がある。
だから日本では効果で呼ばれる。
「はあ!!」
低級魔法を僕はピンポイントで剣を持つ勇者志望の顔に当てる。
魔法の障壁を無効化した瞬間に喰らう火。眼球に当たれば痛いじゃ済まない。
「ぎゃあああああああああああ!」
勇者志望は掴んだ剣を放しのた打ち回った。
「スライムの癖に! スライムの癖に!」
「そのスライム如きに負けている貴様等が何を言う!」
桜花さんが背中に鳥の翼を生やして突入してきた。
「ルード様に琴音さん。今は早く逃げましょう。多勢に無勢です」
突入した勢いのまま桜花さんはルードの手を掴んで窓から飛び出す。
「は、はい! さ、幸長くんも一緒に!」
琴音さんが僕を抱えあげて桜花さんの後へ続いた。
「逃がすか!」
音楽室に押しかけた勇者志望たちが追撃に各々の最も強い魔法で僕たちを射落とそうとしてきた。
火の玉、爆裂玉、氷結玉、雷撃。
幾ら桜花さんや琴音さんが頑丈だとしてもタダじゃ済まない。
「琴音さんごめん!」
「幸長くん! 何を――」
琴音さんを踏み台にして僕は前に出る。
そして身体を最大限伸ばして飛んでくる魔法を全て包み込む。
「「「何!?」」」
そのままボン! っと口から魔法を音楽室に向けて吐き出した。
混濁した魔法の玉が音楽室に飛んでいくと同時に炸裂した。
「ぎゃああああああああああああああああああ!」
とてつもない破砕音と共に絶叫が響き渡る。音で空気が振動しているのがスライムボディの僕にも分かる。
音楽室は更に破壊され校舎にヒビが入った。
僕はベチャっと地面に着地した。そこに桜花さんとルード、琴音さんが舞い降り、満月光の効果が切れて変身が解ける。
「あ!?」
全裸の僕が困る前にルードが上着を被せてくれた。
「ふう……とりあえず逃げ切れそうかな?」
「あの、殺しちゃったんですか?」
「分からない……けど、ああするしかなかったんだ」
魔法を別の場所に投げ捨てる余裕なんて無かった。あのまま包んでいたら僕が破裂してルード達に被害が及ぶ。
ならば放った相手に返すのが一番安全。下手に別の教室に投げたらそれこそ無関係な人を傷つけてしまった所だ。
「たぶん、大丈夫だとは思うよ。オーラを纏っている奴はいなかったからそこまで強力な魔法じゃないし」
オーラ、別名『白の法衣』しかし国際的に使われる名称であるオーラの方が浸透しているのでこの呼び名で呼ばれることが多い。
黒の法衣が魔王の使う防御魔法だとするのならばオーラは勇者達が纏う魔法。厳しい訓練の末に習得する魔法で、これを纏わねば魔王と戦うなんて千年早い。
そして強い魔法を使うには最低限、このオーラが必要となる。纏うだけで腕力、スタミナ、反応速度、魔力、防御力、生命力が何倍にも増強する。
見た限りそのオーラを纏っていた勇者はいなかった。だからそこまで強い連中ではない。
勇者……日本では馴染みの薄い職業だけど、この称号を授与されるには生半可な強さでは得る事は出来ない。
オーラを纏う事が出来るのは専門の教育を受けた千人の中で一人、そのオーラが纏える人間を万人集め、その中で一人いるかいないかの絶え間ない努力をした人間に授けられるのが勇者という称号。
魔王領に侵攻して来る勇者軍でオーラを纏っている人間は意外と少ない。
結果、栄光という名声を得たがる努力を放棄した愚か者の命で世界は成り立っているのである。
「そ、そうなんですか」
オーラは日本でも知らない人間は少ない。それくらい国際的に有名な魔法なのだ。
「ルード様!? 何があったのですか!?」
昇降口から誓子さんが飛び出してきた。
「誓子? どうしたんだい?」
「登校初日のルード様たちをお出迎えに来た所で爆発音が聞こえて飛び出してきた所です」
パトカーのサイレンが聞こえてくる。
「あのサイレンは誓子が電話してくれたのかい?」
「はい!」
今は誓子さんや警察に事情を説明するのが一番だ。
「とにかく、一安心かな?」
「です、ね」
「良くルード様を守ったじゃないですか幸長さん」
「ん?」
桜花さんが聞きなれない僕の名前を呼ぶ。
違和感に振り向くと桜花さんは目線を外し、恥ずかしそうにしていた。
「桜花は兄さんを認めてくれたんだよ」
なんか、恥ずかしそうにしている桜花さんが少し可愛く見えたのは気のせいだと思っておこう。
「桜花、何を血迷っているのですか?」
誓子さんが桜花さんに向けて睨みつける。桜花さんはそれをものともせず鼻で笑っていた。認めてくれたのかな?
「所で……幸長くんとルードさんは魔王の息子なんですよね」
安全と分かったその時、琴音さんが眉を寄せて聞いてきた。
「あ、うん」
その雰囲気に迷惑を掛けてしまったという罪悪感が沸いてくる。
「……大変でしたね。これからも……こんな事が起こるのかもしれないなんて」
「あれ? 怒らないの」
「どうして怒るのですか?」
一般人であるはずの琴音さんを巻き込んでしまったのに琴音さんは気にしていないようだ。
「力になれるのなら出来る限りお手伝いさせてくださいね」
コツンと僕はルードの肘を小突く。
ここでお前が頷けば協力してくれると言っているんだ。仲良くしておけ。
「ありがとう琴音さん」
「はい。幸長くんもよろしくお願いしますね」
あれ? ルードを無視してないか?
眩しい笑みを浮かべた琴音さんに僕は申し訳ないと感じつつ思う。
「さて、それでは警察に事情を説明した後、家に帰りましょう」
「ルードにも戦う方法を教えて行かないとな、こんな事態にも対処できるように」
「え~兄さんが守ってくれるんじゃないの?」
「スライムである僕に無茶を要求するな。人の姿なら……それもあまり強くは無いか」
一応軍隊経験があるから出来ない事は無いのだけど僕がやって居たのは偵察とか罠を仕掛ける方で直接戦闘は得意じゃない。
戦力としてカウントするには心もとない強さだ。
「……へぇ、幸長さんが今回の立役者なのですか?」
「そうだよ誓子! 兄さんったらとても強かったんだから!」
教室に置いてある予備の体育着を着て僕は下校準備をした。
桜花さんもルードも既に準備を終えている。
「幸長さんも先ほども言いましたがルード様、これから自衛手段を学んでいただきます」
「えー……」
面倒そうな顔をするルード、自分の命が掛かっているのに他人事じゃないか。
「満足の結果を出せたら幸長さんグッズを進呈しましょう」
「よし! 頑張るぞ!」
コロッと態度が豹変した。って、ちょっと待てコラ!
「何勝手にグッズを作ってるんだ」
「問題ありません」
「あるよ!」
「洗濯ノリから作ったゼリー物体を?」
「それもスライムだけど失礼にも程がある!」
「洗濯中に入れ替えた下着を少々、他に幼少時の日本での写真、想い出の映像を数十点」
「下着はともかく、どこからそんなものを!?」
「はぁ……はぁ……早く帰ろう!」
ルードの目つきがヤバい。
「あの……ちょっと待ってください」
「どうしたの? 琴音さん」
「桃宮さんとそちらの方は、その……幸長くんの家に住んでいるのですか?」
「そうですが何か?」
「私は違います」
頷く桜花さんに首を振る誓子さん。
話してないから初耳だろうけど、琴音さんの顔は驚愕の二文字に彩られる。
「不健全です! 幸長くんはスライムなんですよ」
「それってどういう意味!?」
スライムだからなんだって?
卑猥な生命体とでも琴音さんは思っているの?
「このままじゃ幸長くんも桃宮さんも大変な事になってしまいます。監視をするため学級委員である私が直接乗り込まねば!」
そこで何故琴音さんが僕の家に乗り込むことになるのか良く分からない。
不愉快な顔をしていた桜花さんだったけど、琴音さんが僕の家に押し掛けて来ると理解するやニヤリと笑いやがった。
「それなら安心です……では明日、お待ちしています」
妙な含みがあるのを僕は聞き逃さなかったよ。
こうして、琴音さんが僕の家に押しかけて来るのが決定した。
△
「……どうやら今回の襲撃事件で実行犯達に死者は出なかったみたい」
誓子さんが数時間後に、警察からの情報を伝えに来てくれた。
学生に扮した過激派だったらしい。科学技術武装を拒む集団だったのが幸いだ。
さすがにライフルとかで撃たれたら僕も二人を守れなかった。
EMDも魔法で結界を張っていたのだという。
学校では爆発事故が起こったと翌日の緊急朝礼があり、次期魔王がこの学校にいるというのは隠されている。
「どうしてこんな事態に?」
ルードを狙う理由がいまいち見えてこない。
「どうやら……魔王領のあるイギリス近隣で囁かれているニュースの所為です」
今ではイギリスでも密かに騒がれているニュース。
魔王討伐後、次期魔王が何時まで生存するのかというのをあちらでは占う風習がある。
その占いに不吉な影がチラつくのだ。
次期魔王の時代で世界は終焉を迎える。
物騒な話だ。ルードが世界を滅ぼすとでも言うのだろうか?
「次期魔王候補の血族全員をターゲットにする過激派団体が暗躍しているそうです。親戚の方も自分達の身を守るので大変なのだそうで……」
本来、ルードの護衛が桜花さん達だけというのも不自然だと僕も思っていた。
何時もルードが日本に来るときは厳しい叔父さんがついてきていたはずなのに、今回の来日にはいなかった。
叔父さんにも家族がいるし、そっちの方を守るのに精一杯の状況だ……。
安全な日本なら大丈夫だと血族の方々も思ったらしいけど考えが甘かった。
「勇者軍の方も取り締まり強化しているからもう直ぐ鎮圧するでしょうが……」
「不安は晴れないね」
「ええ、期待はしていませんがお願いします」
誓子さんがうんざりした顔で書類を持ってきたのが強く印象に残る。
早く護衛に戻りたいと呟いていた。事務手続きに忙殺されているようだ。