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ブラコン魔王の婚活  作者: アネコユサギ
ブラコン魔王達の来歴
24/25

10


 ボクが兄さんに憧れと尊敬の感情を抱くようになったのは……そう、まだ6歳になって少し経った頃の長期休暇に日本に来た時だっただろうか。


「××××!」


 その年……ボクはうんざりした気持ちで来日した。

 日本語をまだ理解できていないボクは日本での雑踏から何まで不愉快だった。

 日本にはまだ数える程度しか来ていない。

 母上の母国だというくらいしか知らずにいる、魔物が人の姿でいる魔法が少ない国。

 いくら母上の母国とはいえ、どうしてこんな国に態々行かなきゃいけないのか。

 本気で理解できなかった。

 だけど父上と母上は兄が居る日本に長期休暇は行くように命じて連れていかれた。

 ボクに付き従う者たちは極力無くし、親戚に連れて来てもらう日本だ。


「ほら、シュレイルード。日本に着いたぞ。楽しみだな」

「……別に」


 ワガママを親戚は聞いてくれないし、父上の部下も全くいないのは元より、ボクのいう事に従ってくれる魔物たちもいない。

 こんな思い通りにならない場所で、兄とされる訳の分からない奴としばらく過ごさないといけないとかつまらないも良い所だ。


「お! きたきた! おーい幸長だったか」

「お久しぶりです。リヴェール様と殿下、塩見幸長です。本日からしばらく共に行動をすることになります事をお許し下さる事をお願い申し上げます」

「わはは! 相変わらず遠慮深い奴だな幸長、あいつが決めた事だから個人的な集まりの時は格式ばった態度じゃなくても良いだろ」

「そうは言いましても……自分は、自らの立場を理解している所存でございます」


 この頃の兄さんは……まだ軍経験をしていた頃の癖が抜けきれない様子だったのを覚えている。


「何はともあれ兄弟の久しぶりの再会だろ。ま、俺ん所の別荘でしばらく休みを満喫しようぜ」

「はい……この幸長、殿下たちを微力ながらお守りをする所存です」

「はー……お前、本当、見た目のわりに言葉遣いがなぁ……」


 小父はその時、兄さんの見た目と口調に関してため息交じりに呟いていた。

 確かに……ワガママな子供だったボクからしても兄さんは7歳の見た目に反して随分と大人びている印象を覚えている。


「……閣下が自分にこのような姿になるように施したのですから見た目と年齢が合わないのもしょうがない事かと判断しております」


 ちなみに父上達はそんな呪いを施してなんかいないと言っていた。

 兄さんの人の時の姿は本来の年齢そのままであるのは間違いない。

 だけど兄さんは、幼い人姿になるように施されたと思っているようだった。


「これから日本にいる間、どうかよろしくお願いします。殿下」

「……ふん」


 まあいいやとボクは思い、兄として大事にしろと言われている兄さんに持ってきた荷物を投げ渡す。


「それを持ってついてこい。まったく……なんで態々お前なんかと休みを一緒に過ごさなきゃいけないのかね。父上達は一体何がしたいのかまったく理解できないよ。こんな奴を兄だと思えとか……ばかばかしい」

「コラ! シュレイルード!」


 小父は厳しい人ではあったし、ボクのワガママに関して厳しくしかりつけるような人ではあったのだけど兄さんの扱いに関しては深く注意出来ないので軽く叱る程度でしかなかった。


「……わかりました。お荷物の運搬をさせて頂きます」


 何より、兄さんもボクとの距離感に関してそれ以上、詰める気はないようだった。

 そりゃあそうだったのだろう。

 一介の兵士が何故か王族の隠し子扱いで王子であるボクと休暇を過ごすように命じられているのだ。

 血の繋がった家族として近寄るなんて発想は抱けるはずも無い。

 理不尽な命令であっても従う事しか考えられない。

 去年も似たようにボクは兄さんに荷物持ちをさせた後に休暇中は避暑地でワガママを言いまくった。

 ま、小父の別荘での生活なので小父には逆らえないんだけどさ。

 魔王の血族でもあるからさ。


 で、去年と同じく小父の別荘の一つに行き、ボクと兄さんはそれぞれ荷物を置いて窓から外を見る。

 日本のド田舎の山奥だ。

 山と川以外何もない。いや……不法投棄されたゴミ捨て場と謎のソーラーパネルがあるか。


「さて、お前……ボクは疲れて喉が渇いた。ジュースを持ってこい」

「畏まりました」


 で、兄さんはリンゴジュースを持ってきてボクに差し出したのだけどボクはその手からむしり取るようにジュースを受け取り、中身を確認してから……事もあろうに兄さんにぶっかける。


「なんだこの安物のジュースは! ボクはオレンジジュースが飲みたい気分だったんだ!」

「……左様でございますか」

「謝れ! その頭を地に付けて「この低俗な魔物が殿下の命令さえも叶えられない事をどうかお許しください」と言え! この下等生物!」


 内心、滅茶苦茶不満だったんだろうなぁと今だったら思い出せる兄さんの顔にボクは満足感を得ながらワガママを言い続けた。

 ああ……もしもこの瞬間にタイムスリップをしたら間違いなくボクはボクの頭を地面に叩きつけて土下座させるだろうなぁ。


「……」


 兄さんはため息交じりにボクに言われるまま、頭を下げようとした……その時。

 ガチャりと扉が開いて小父が顔を出す。


「おう。お前ら、荷物は置いたか? 早速……幸長、どうした?」


 ヤバい光景を見られたとボクは思った。

 けれど兄さんは淡々とした様子で小父に敬礼をしてから答える。


「何も問題ありません。ジュースをこぼしてしまっただけです」

「そ、そうか? まあ、急いで洗って着替えろよ」

「は!」

「じゃあ早速、虫取りに行くぞ! 早く来いよ」


 そう言って小父が引っ込んだ所でボクは安堵した。

 表面上は兄を大事にしないといけないと言われている手前、ここまでの理不尽な行いをしたら怒られると思ったからだ。


「……では行きましょうか殿下」

「あ、ああ……」


 さも当然のようにボクを擁護してくれた兄さんに、ボクは礼の言葉とかそんな事さえもできずに頷いて準備する事しかできなかった。

 そうして……ボクたちは小父に付き合わされて別荘周辺で子供らしく遊ぶことを強要された。

 まあ、今にして思えば兄さんは虫取りが随分と上手だったし、魚釣りもかなり上手かったと思う。

 庭で焚火をして料理なんかも手際よくしてたしね。


 そんな善意をボクは悪意で返していたのは間違いない。

 虫取りでは網で兄さんを叩くし、魚釣りでは隙あらば兄さんを川に突き落とした。

 川遊びでは石を兄さんに投げつけたりもしたし……酷い弟だったと思う。

 そして長期休暇の宿題……これは別荘の部屋でやっていた。

 魔王領にある文字で作られた問題をボクは広げてうんざりしていた。

 あーあ……父上も母上も、楽しい部下たちもいない中でこんな事をしなきゃいけないとかいい加減にして欲しいと。

 せめてもの楽しみは精々、漫画とアニメが少し見れる程度だったか。


「おい、この宿題。お前がやっておけ」

「殿下……差し出がましいお言葉でしょうが、殿下は将来魔王領に置いて希望となる方、そんな殿下が勉学を他者にさせるのは良くないと判断致します」

「ああ!? うるさいうるさい! お前は一体何様のつもりでボクにそんな事を言うんだ!」


 ボクの命令を拒む兄さんに、ボクは苛立ちを隠すつもりは毛頭なかった。

 だけど兄さんは、ボクが将来、魔王として魔物たちを守り導くことに関しては一歩も引くつもりのない、強い意志がある目で黙って見ているだけだった。

 その目の力だけは……ボクも何か背筋がひんやりする事があって続く言葉が出ない。


「ふん! ボクは機嫌が悪いんだ。お前はどっか行ってろ!」

「……承知しました」


 で、兄さんはボクの命令に従い部屋を出て行く。

 こんな風にボクの日本での日々で兄さんとの距離は縮まることなく高圧的な日々は続いていた。


「さーて、シュレイルード! そろそろ、根性を鍛える頃だなぁ! お前には強く立派になって貰わねえといけねえからな!」


 転機が来たのは……小父がボクと兄さんを連れて山奥に行き、根性を鍛えると魔王の領域を展開して戦いをすることになった時だった。

 ゴロゴロゴロ……雷雲が空を覆い、小父が魔王、いや……魔物の姿に変身したのだ。

 それは見上げるほどの大きな魔物として……竜とも悪魔とも形容される系統の魔王種の姿だ。


「う……」


 ボクの隣でポン! っと兄さんがスライム姿に変身した。

 何と頼りない姿か……これがボクの兄を名乗る奴の正体。

 居ない者として見た方が良い。

 いや……小父の攻撃で即死するのは間違いない。


「な、なにを言ってるんだ! ボクはまだ6歳だぞ! 戦う事なんて出来るはず無いだろ!」

「なーに言ってんだ。俺がお前くらいの頃にはこれくらいの訓練をしてたぞ。じゃねえと勇者志望の連中に容易く殺されちまうぜ?」


 ちなみに小父も魔王の血筋らしく傲慢な所があって、魔物化なんて16歳を過ぎてから出来るようになったはずなのにこのような暴挙に出たのだ。

 言ってしまえば……強者として弱者を嬲りたかった。というのがあったのではないかとボクも思う。

 まあ、稽古というのも間違ってはいなかったのかもしれないけどね。


 バチバチ! っと小父が唱えた黒い雷がボク目掛けて飛び掛かって来るのを、ボクは咄嗟に避ける。


「わ、わ、わぁあああ!?」

「ホラホラ! さっさと避けねえと当たって死んじまうぞー!」


 もちろん手加減をしていたのだろう。

 じゃないと6歳のボクは雷魔法を避けるなんて出来ない。


「は、はぁ……はぁ……」


 嫌だ。早く家に帰りたい。母上の所に帰りたい!

 どうしてボクがこんな目に遭わないといけないんだ。

 死にたくない。

 と、ボクは理不尽な状況に怒りよりも助かりたいという気持ちが迸り逃げる事しかできずに居た。

 バチバチと雷が落ちると共に竜巻が発生し、更には豪雨まで降り始めた。


「あ――」


 と、そこで足を滑らせてボクは盛大に転んでしまった。


「隙ありー」


 と、雷がボクに放たれた次の瞬間。

 サッと複数の空き缶と包丁、さらにスパナがボクの近くに投げ込まれ雷の魔法は反らされた。


「お?」


 スタっとボクを庇う様にスライム姿の兄さんが前に立つ。


「リヴェール様、どうかお戯れはそれくらいにしないと殿下が大変な事になってしまいます」

「おうおう。この俺の攻撃をそう反らすとは中々やるじゃねえか」

「ヒッ――ヒッ……」


 ボクは命が助かった事に半べそをかいていたのを覚えている。

 そんなボクを兄さんはチラッと見た。ボクを守るべきか弱い存在と思っている目だったと思う。


「まだ殿下は体が出来上がっていないという話、無理をして大けがをされては魔物たちの未来に差し支えます」

「体が出来てなくても勘とかは鍛えられるだろうが! これくらい経験してねえと将来、ろくでもない奴になるぜ」


 と、小父は続けて大きく息を吸い込み、ボゥ! っと火の息を吐いた。

 ブワっと兄さんは体を広げ、黒の法衣を纏ったその体でボクを庇った。

 薄い膜のように広がった兄さんの姿にボクは一瞬で焼き尽くされると腰を抜かしていた。


「わ、わぁああああああ!?」


 嫌だ! 焼け死ぬ! と。悲鳴を上げた。

 けれど兄さんの防御は突破される事は無く、火が消えた所で元の姿に戻って居た。


「既に殿下はリヴェール様の攻撃を経験をしておられています。もう十分では?」

「まだまだぁ! お前らが根性を見せねえと俺は止まらねえぜ! やめて欲しければ俺を倒してみるんだな!」


 続けざまに小父は腕を振り上げて爪を振りかぶって来た。


「……倒せるかはわかりかねますが、では微弱ながら抵抗をさせて頂きます」


 カッと兄さんは解除魔法の光を至近距離で小父に放つ。


「うわ!?」


 咄嗟に放たれた事で小父も僅かに目が眩んだ。

 ボクも目が眩んでいたけれど、同時にグニュっとした感覚が腰に当たり……目が眩んでいる間に高速で移動をしたのをすぐに感じ取った。

 目が眩むのが治った時には、小父が居る場所から離れた林の中に居たのだ。


「う……」

「シッ……リヴェール様に気づかれます。どうか、じっとしててください」


 兄さんの声にボクはただ従ってジッとしている事しかできなかった。

 そのまま兄さんはササッと林の中を抜けて……ボクを乗せたまま跳ねて移動をしたのだった。

 小父の力の影響か豪雨が周囲に降り注いでびしょ濡れになってしまった。


「中々やるじゃないか! かくれんぼの始まりだぜ!」


 小父の楽しそうな狩りの声にボクは背筋が凍り付いていた。

 そうして移動した先は山奥に捨てられたごみ置き場だった。

 どこかの悪徳業者が不法投棄をした品々だったのだろう。

 その近く止めてあるのは小父に連れて来られるまでに乗せられた車だ。


「ここまでくれば少しは安心でしょうが、リヴェール様が気づくのも時間の問題か」


 ボクを降ろした兄さんが淡々と説明をしてくれた。


「ど、どうしたら良いんだよ。小父さんを倒すなんて出来るはずない! 小父さんは……ボクを亡き者にするつもりなんだ。そして父上から王位を奪って魔王になるつもりなんだよ!」


 悪い考えが加速している。

 今なら魔王なんてなりたい訳はない。だって将来、世界の為に勇者に殺される生贄なのだから。

 魔王の血族はその中で選ばれた者が代表として死ぬという役目がある。

 権力があっても死にたくなんかない。


「殿下を殺させなんかしませんよ。何より、手加減をしているのは事実だし……自分程度が止められる攻撃でしたからね」


 兄さんは冷静沈着に状況を分析しているようだった。

 今の兄さんよりも遥かに……人間臭さというのが薄かったと思う。

 けれど同時に、久しぶりの戦いだと血沸き肉躍るような顔をしていたのかもしれない。


「王座に関してですが魔王様というのは魔物の王、その座を狙う気持ちは推し量ることが出来ますが世界の贄という大義……リヴェール様には感じられませんでしたが?」

「ふ、ふん。お前如きが分かるものか! ボクだからこそわかるんだ!」

「そうでしょうか……何にしても殿下への攻撃をやめて頂くにはリヴェール様を一度倒さねばならないようです」

「お前に出来るものか!」

「……」


 兄さんはボクにどう言葉を紡ぐか悩んでいるように視線を反らしていた。


「殿下……無礼を承知で申し上げますが魔王軍では時に、無茶だ出来ない、死にに行くような理不尽な命令が来る時がありました。その時、出来ないからやらない。等と言って逃げるような事は軍人として恥であったのです」


 ……うん。今の兄さんじゃ絶対に言わない台詞だなと思い出の兄さんを思い出して思う。

 今にして思えばきっと兄さんも恐ろしく早い思春期、中学生の妄想が暴走していた時期だったんだろう。

 7歳にして中学生の精神だったとは早熟だね!

 もしくは頭の中では大量に文句があったけどボクに配慮して格式ばった喋りを意識してたとか?


「じゃ、じゃあお前に何か手立てがあるとでも言うのか! 出来るものならやってみせろ! 軍人なんだろ!」

「殿下の仰せのままに……」


 ややため息交じりに兄さんはボクの理不尽な命令に頷いた。

 そうして小父がボクたちの居場所を見つける前に……兄さんは車から燃料を抜き出し、廃材置き場にある品々をテキパキと分解した後に色々と準備を始めました。


「殿下は隠れていて下さい。自分が誘導しますので、自分の合図に合わせてこの瓶を自分に投げて下さい」


 兄さんはそう言うと……廃材と燃料を組み合わせて作られた火炎瓶をボクに渡した。


「わ、わかった」

「では……ふむ……こちらに」


 兄さんに案内され、いつの間にか掘られた穴にボクは姿を隠した。


「少しばかりお待ちを……」


 と言って兄さんは小父さんの所へと向かって行った。


「おうおう。何時まで隠れてるかと思ったけれど出て来たな! どんな事をしてくれるか楽しみだ!」

「脆弱な身ではありますが、窮鼠が猫を噛むとばかりに抵抗させて頂きます」


 ゴロゴロという音や高圧縮された水の魔法が放たれる音……とてつもない戦闘音がボクの耳に聞こえて来ていた。

 それをボクは震えていた。

 ああ……この感覚は覚えがある。

 4歳の時、お城に人間共が乗り込んできた時もこんな騒がしさがあった。

 あの時もボクは隠し部屋で隠れていた。

 このまま隠れていて良いのか? あのスライムがやられたら今度こそボクだぞ?

 そんな恐怖から、少しでも生き延びたいという意識から兄さんがどんな戦いをしているのか見ようと好奇心から隠れていた場所から顔を覗かせて様子を見た。


「ウロチョロウロチョロ、よく逃げる奴だな。しかも耐えれる攻撃はしっかりと受けやがる」

「お褒めに預かり光栄です。何分、先祖返りだそうで魔王様方の持つ魔法耐性は持っています」

「そうだったな。じゃあ少し威力が高いのを撃っても良いよなぁ!」

「どうぞどうぞ」


 と、小父が更に力を強めた魔法をさらに受け止め、まるで滝と形容する程の凄まじい水魔法を波乗りをして誘導していた。


「では――」


 ブン! っと体の中に隠し持っていた石斧を投げると木々の合間に隠されていたロープが切られた。

 するとボン! っと爆発音が響き渡り、山間の各地で大きな爆発が起こった。


「な、なんだ!? な――お、おい! マジか!? うごぉおおおおお!?」


 小父が呼び寄せて降らせた豪雨の水と滝のような水が合わさりがけ崩れが発生、土石流となって……誘導された小父の元に大量に流れ込んでくるのをボクは目撃した。

 バサァっと翼を広げて逃げようとした所に……。


「それも想定済みです。リヴェール様」


 注意がそれた隙に藪に隠れた兄さんが、ズバァっとすさまじい速度で、高速回転するボーラに乗ったまま小父さんの翼にボーラと一緒に絡みついた。


「うおおおおおおお!? 本気か!? お前も巻き込まれるぞ! 死ぬ気か!」

「生憎と自分はスライムなのであの程度では大したことないです……リヴェール様、ご一緒に自然の恐ろしさを味わいましょう」

「な、なにぃいいいいい!?」


 グラァ……と、小父さんは土石流の中に兄さんと一緒に落ちて行った。

 そうして……土砂崩れの中で小父さんは辛うじて上半身だけ這い出した。

 あたりの地形が変わった状況……周囲はズル向けた土と所々に根が抜けた木々が周囲に散見していたのは言うまでもない。


「ぺっぺ……うう、なんてことを仕出かしやがるんだ」

「弱いスライムですので色々と利用させて頂きました。それでリヴェール様、これで今回の件は終わりでよろしいでしょうか?」

「いいや、まだだ! この程度で勝負がついたと思ったら……大間違いだぜ」

「……さようですか、ではしょうがありません。殿下」


 兄さんの言葉に小父さんは顔が青ざめたのはボクも見間違いじゃない。

 何が凄いってボクが隠れていた所のギリギリのところで土砂崩れは止まっていた。

 安全な場所だというのは……間違いなかったのだから。


「う、うむ」


 ボクは兄さんに言われた通りに渡された瓶を兄さん目掛けて投げる。

 すると兄さんは瓶を口に咥えて火炎魔法をボッと吐き出し、火をつけると小父へと投げつけた。


「お、おおおおお! けど、その程度で焼けると思ったら大間違いだぞ!」

「でしょうからリヴェール様が顔を出す前に周囲に色々と細工を」

「な、なに!?」


 コロコロと、小父さんの近くに手りゅう弾が何個も姿を見せた。


「さらに……これです! 魔王様の血族と言えどリヴェール様……黒の法衣の耐性はどこまで完備でしょうか?」


 カッと、法無の光を兄さんはトドメとばかりに放つと小父さんの黒の法衣の一部が剥がれた。


「ぼ、防御が!? ま、魔法を――」


 小父さんが魔法を唱える隙を兄さんは与えることなく、周辺に転がった手りゅう弾が炸裂した。

 最初に爆発したのは……対魔の聖水爆弾で、魔王の血族にも威力が期待できる代物だったと思う。


「うぎゃあああああ!? あっちいいいいい!?」


 ドンドンと手りゅう弾が爆発し、その終わりに火炎瓶が着弾して燃え盛った。


「ぎゃああああああ――!?」


 そうして……小父さんはこんがりと焼けてしまった。

 しゅううう……と炎が燃え切った所でボクは這い出して兄さんの所へと駆けつけた。


「や、やったのか?」

「この程度で仕留められる方ではないかと」

「まだまだぁあああああああああ!」


 バキャ! っと小父さんは土砂を跳ねのけて飛び上がった。


「わ、わぁああああああ!?」


 ボクはこれだけの攻撃をしても倒せなかった小父さんのタフさに怯えていた。


「中々やるじゃないか、ここまでやってくれるとは思いもしなかったぜ。だが俺の第一形態を倒した程度で調子に乗っては――」

「……リヴェール様、まだおやりになるのでしょうか?」


 ガチャリと……音がしたのだけどそれが何なのか、この時の僕にはわからなかった。

 ただ、後で聞いたのだけど兄さんが脅し様に後方に廃材で作った刺々しい射出装置を何個か飛び上がりそうな所で狙いを定めていたそうな。


「ま、まあ……ここまで俺を追い詰めたんだから合格って事にしてやろうじゃないか」


 これ以上の戦いは、本気で危ないと思った小父はここで矛を収めてくれた。

 魔王の領域の気配が霧散して小父も兄さんも人の姿に戻った。


「はぁ……ったく、根性付けさせようと少し脅すつもりがとんでもない反撃を食らっちまったぜ。ガキだと思って侮った罰だな」

「寛大なお言葉に多大なる感謝申し上げます」

「ここまで仕出かした癖に頭が低すぎるぞお前……あーあ、魔王様の秘蔵っ子を脅したツケって事か」


 チッと小父は舌打ちをしていた。


「ま、実戦経験の差かね」

「リヴェール様が少しばかり魔王軍にいらっしゃったら結果は違ったのは間違いありません」

「へいへい。悪かったよ。んじゃ家に戻るか」


 こうしてボクは小父の非常に危険な根性焼きを兄さんのお陰で切り抜ける事が出来た。


「って! 車がバラバラじゃねえか!」

「リヴェール様に対処するために利用させて頂いたので」

「くっそ……歩きかよ。いや……飛んで行けば良いのか?」


 その時になってボクは……帰り道を歩く兄さんの後ろ姿が眩しく、尊敬する人物なんだと内心……憧れを抱くようになったのは言うまでもない。



「殿下?」

「あ、うん……」


 兄さんはよくわかってない顔をしていたけれどね。




 そんな休暇の途中。


「殿下、こちらへ」

「うん?」


 兄さんとの日々が楽しく感じてきた頃、兄さんは別荘の裏手の一角にある大きな木へとボクを案内した。

 それから木に石を投げると……ガラガラと板が降りて来た。

 で、案内されるままに板に乗ると木の上に設置された基地がそこにあった。


「これは……」

「殿下が漫画で読んで良いなと仰っていたので合間を見て作っておきました」

「わ、わぁあああああ!」


 基地から見える山々の景色はとても素晴らしく、しかも秘密基地故にいろんな仕掛けが施されていた。


「よくこんなものを作れたなー」

「昔取った杵柄というもので」

「ほー」


 それからボクは兄さんと別荘にいる間は秘密基地で遊んだ。

 とても……楽しい時間だった。

 だけど、その頃になるととても気になる事が出来ていた。

 それがボク自身が不快だと、やっと気づいた。

 それがなんであるかというと……。


「殿下」

「もう良い」

「はい?」

「殿下とボクを呼ぶな」


 兄さんがボクに距離感のある、そう……部下として楽しませているという仰々しさが非常に、ボク自身が不快に感じるほどに兄さんの評価が変わってしまっていたのだ。

 であると同時に、ボクは……兄さんを兄と認めず名前すら呼ばずに「お前」とかで呼んでいた。

 認めたい、個人として認めて欲しい。弟と思って貰いたいと焦がれた。

 だから……ボクは兄さんにこう述べた。


「親しい者はボクをルードと……呼ぶ。そう、ユキナガ、いや……兄さんには呼んで欲しい」

「ルード様」

「様は余計だ。ボクも兄さんと甘えるようにする。だからこれまでの無礼を許して欲しい」

「ですが……」


 兄さんが何を言いたいのかはわかる。

 無能な兄を親族と認めるのは良くないのではないかと。


「父上からも兄と慕えと言われているんだ。魔王の勅命であり、ボクの願いだ。敬語もやめろ。不満があるなら愚痴れ」

「……はぁ。わかり……わかった。ルードさ、ルード」


 ボクが懇願する目をすると兄さんは少しばかりため息をした後、距離を詰めた会話をするようにしてくれるようになったのだった。

 これが……ボクが兄さんの事を尊敬し、本当に兄弟になったと思える出来事だ。

 まあ、その後……魔王領に帰る日になった時に兄さんと離れたくないと駄々を捏ねるのだけど、それはまた別の話。

 父上達に報告したら笑ってた。仲が良くなれてよかったねと。

 今でもボクの大切な思い出だ。


   △


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