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「幸長くん?」
「え?」
「どうしたの? 遠くを見たまま固まって」
琴音さんとシオンが心配そうに僕に視線を向ける。
ぼんやりと月を見ながら感慨に耽りすぎていたのかもしれない。
「そうだなぁ……僕は実年齢が良く分かってない所があるから、人間時の見た目の年齢で測ってるんだよね」
「うん。それは聞いた」
シオン……誰に聞いたんだよ。
「その計算を入れると、生まれた日らしいんだよね」
琴音さんとシオンはポカンと間抜けに口を開けていた。
「も、ものすごい早熟だったんですね」
「ありえないよね。何歳か分からないけど記憶喪失の方が説明しやすいと思う」
「……生後数時間から物心があるなんて凄い」
「いや、凄いって……人間姿になったのも魔王領を出た後だからさ……実の所、5歳だったというのも魔王様が人化姿がそれくらいになるように施したんじゃない? って思ってるよ」
怪しむでしょ。疑いましょうって。
だから僕自身、僕の年齢を疑ってるよ?
この姿は魔王様が施した呪いでこうなってるってね?
「僕としては魔王様の実子じゃないと思ってるのだけど、どうも魔王夫妻はルードにそう教えちゃったみたいなんだよね」
遺伝子的に子供とか言われてるけどさ、信じるのはね。
まあ、僕の覚えている範囲での幼少時代は、壮絶と言えば壮絶なんだろうね。
ちなみに日本に来た当初はこの屋敷をトラップハウスにし、どこから来るかもしれない刺客を想定してたり、物音を聞いて即座に飛び起きたりした。
曲者! と、精神害虫につまようじを飛ばして仕留めたのを祖母に見られた時はいろんな意味で悲鳴をあげられてしまった。
今では学習したのでそんな事はしないけど。
軍経験をスイッチオフにして一般人になった。のだけど最近は物騒でその辺りの勘が戻ってきてしまっている。
まあ、精神害虫に関しては見る前に居場所は特定できるので来そうな所に罠を仕掛けて根こそぎ仕留めてるからこの屋敷には奴の居場所は無い。
「おっと、もうこんな時間か」
時計を見ると、既に寝たほうが良い時間だった。
「じゃあそろそろ勉強会も終わらせて寝ようか」
「幸長くん、まだ幸長くんの思い出話をしてません」
「うん……」
「そんな面白い話じゃないから概要だけで良いと思うよ?」
「まずは聞かないとわかりませんよ」
「そうそう」
「そうは言ってもなぁ……ともかくさ、そろそろ寝る準備しようよ。大分夜も更けて来てるし、今度ね?」
「わかった。でも絶対に話して貰う……」
シオンが何を聞きたいのか……おそらく、僕の口から兄の最後を知りたいとかだろう。
「……今度、絶対に教えてくださいね」
琴音さん達は渋々と言った様子で了承してくれた。
そうして僕は勉強道具を片手に持って部屋に帰ろうとする。
「なんでシオンさんが幸長くんに着いていこうとしてるんですか!?」
部屋の扉に手を掛けると琴音さんが注意する。
「……?」
「なんで首を傾げるのです?」
シオンは琴音さんが注意するのが間違っているかのように首を傾げていた。
「幸長くんはスライムなんですよ!」
「あのさ、それってどう言う意味なの本当に!?」
「大丈夫」
「何が!?」
シオンが懐から何かゴム風船のようなモノを取り出そうとして――
「ダメです! それはいけません。シオンさんは私の部屋で寝ましょうね!」
琴音さんが押さえ込んで、部屋に連行してしまった。
????
何を出そうとしていたのだろう。
ゴム水筒だよね、あれ。
昔、隊長が持っていたので聞いたら収納便利な水筒だと言われた。
他に僕を入れるお仕置き水風船でもあったっけ。
レイが角にあれを被せてニヤニヤして、隊長にこっぴどく叱られてた。
「いいですか、この家で淫らなことをしてはいけません。学級委員の私の目が黒いうちには何人たりともエッチなことはさせませんからね」
僕と一緒に居るとなぜエッチなことになってしまうのだろう?
琴音さんはスライムを誤解しているな、やっぱり。
ルードと変な本やゲーム、映画の見すぎだろう。
「ふわぁ……ねむ」
寝よう。
こうして、夜は更けていく。
そう、僕の守りたいものはここにある。
△
とある建物の一室。
ブレイブハート学園と此度の事件での会談が行われていた。
そんな会談の休憩時間での事……。
雨宮琴音も参加を命じられていたのだが、今のところ来る気配が無い。
「琴音さんはすっぽかして家に帰ったって所か……なかなかやるね。まあ、兄さんがこの程度で落ちるとは思わないけどね」
フフっとルード様は余裕をもって笑みを浮かべる。
さすがに此度の件では人間も魔物も両者ともに非があるので穏便に手打ちにしようと相成った。
甘言で勇者たちをたぶらかした誓子も原因の一部であるがその甘言に引っかかった勇者たちにも多大な非がある。
既に勇者たちは権利を失っている。
そして魔王殺しの本物の勇者の隊長は此度の騒動の犯人側には居ない所か裏で糸を引いていた誓子を追い詰めた始末。
調子に乗った勝ち馬に乗っただけの無能な者たちが処分されたに過ぎない。
誓子に関してだが、現在逃亡中だ。
あの会場内に潜んでいたそうだが消息が掴めない。
未だに国内に潜伏して暗躍している可能性が出ている。
裏切り者の処分に関する話も進んでいる所では……あるのだ。
「琴音さんはともかく、此度の出来事は嘆かわしい連中ばかりです」
「桜花はまじめだな。ま、ボクはどちらにしても日本から出るつもりはないよ。誓子の暴走はボクの考えが浅かったって事だろうね」
「……」
「これもボクの人徳の無さと思うしかない。呆れてくれて結構さ」
ルード様は誓子の仕出かした事に関して寛大な姿勢を崩す事はありませんでした。
「誓子は……魔王軍の悪しき面が出てしまったのだろう」
行き過ぎた忠誠心による暴走……誓子が仕出かした行動理由は証言からそう判断されました。
ルード様が日本にいる事と平和に生活する私たちに我慢できない。
交戦した勇者から誓子がそのように仰っていたとの話でした。
何より勇者たちを煽てて一網打尽にする考えだったようです。
私も彼女が黒幕だったとはとても信じられませんでした。
ただ……そうですね。
魔王様の敵討ちの面もあるでしょう。
ある意味、魔王軍側も結果的に勇者共に一泡吹かせられたのもまた事実となる結果ではありました。
私たちが奴らを返り討ちに出来たというのも大きいでしょう。
もちろん、麻奈が琴音さんと力を合わせた結果というのが大きいですが。
「そっちの代表で麻奈さんが居るのは助かるよ」
「こっちも仕事なのだ」
「よりにもよって貴方とは不安ですよ」
「麻奈を信用するのだ」
確かに平賀麻奈はルード様には危害を加える意志を感じられない。
そう、魔王様を睨んでいた時の様な殺気が微塵も存在しない。
「あの四天王の知略担当、どんな経歴の者なのだ?」
「誓子は幼い頃から頭角を現した魔王領出身の天才児だそうで軍経験もあるんだ。元々孤児で随分と特殊な部隊に所属してたそうだよ。桜花よりも戦闘経験が豊富な軍人だったのを魔王領の貴族が目を付けて養子にしたんだ」
人姿の歳は誓子の方が少しばかり年上ではあります。
死神ウサギとは同期だと言っていたような気もしますが。
「ホーなのだ。まあ、桜花は親の七光りであんまり強くないのだ」
「私を愚弄するか!」
「事実を言っただけなのだ。何なら麻奈が稽古してやるのだ?」
ぐ……確かに麻奈に私は敵うかと言えば認めたくありませんが厳しいでしょう。
本来の姿でならば……いえ、ドラゴンすらも屠れる力を持つ人間に私は敵わないでしょう。
「幸長の弟の評価として桜花と誓子だとどっちが強いのだ?」
「一応、表向きは桜花じゃないと立つ瀬がない扱いだけど実際はどうなんだろうね?」
それは単純に私よりも誓子の方が強いと暗にルード様は仰っているようでした。
何と非力な事か……私自身、鍛えねばならない時が来ています。
「日々鍛錬をしなくてはならないと痛感した次第です」
「まあ……ボクや琴音さんはそんな桜花や誓子を越えて強くならないといけないんだけどね」
「琴音は誓子に絶対勝てると思うのだ。相性の問題なのだ」
「そうなの?」
「なのだ。琴音は強いのだ」
一応、密偵を向わせ、琴音さんが当然のように家へ帰還したという情報が入ってきました。
「琴音は幸長に気があるのだ。だから麻奈のライバルなのだ」
「僕はライバルじゃないのかな?」
「男だから良いのだ」
「麻奈さん、その考えは古いよ。時代はグローバルで多様でユニバースなんだよ?」
「なに言ってるのかわからないのだ」
それは幸長に失礼では無いだろうかと私は溜め息を吐いた。
「その話題で続けるのも良いけど……強さに関して兄さんが本気になったら桜花も誓子も敵わないと思うけどね」
「ルード様、お戯れを」
「いや? 冗談じゃないよ? 麻奈さんもそう思うだろう?」
「なのだ!」
私よりも幸長さんが強い?
ルード様と麻奈じゃ無ければ激怒している所です!
「しかも本命の勇者まで兄さん争奪戦に参戦されるとは……」
「シオンも混ざって来て、不安で不安でしょうがないのだー」
彼女の正体に関しては知っているとルード様は両手を合わせて握り呟く。
「彼女に恨みは無いよ。元より父上達に心構えをさせられていたからね……兄さんがいるボクは幸せな方さ」
魔王様の遺言をルード様は今でも守ろうとしていらっしゃいます。
ああ……できれば私は魔王様方がご健在で居て欲しかったです。
「むしろ彼女に恨まれているのをボクは理解しているつもりさ、そんな彼女が兄さんに興味があるなら負けられない」
「なぜ、幸長さんに皆様が関心を抱くのかがまだ私には理解が及ばない次第です。ルード様、差し出がましいのですが、幸長さんとルード様は違いが多分に見受けられます」
「そうでもないよ? 母さんの親戚筋には兄さんとよく似た顔つきの人もいるしね。まあ、兄さんは血が繋がってないと思い込んでるみたいだけど、ボクは父上達からしっかりと血の繋がりがあるんだと教えられてる」
類似性はあまり感じられないのですが……それともルード様が魔王として魔物の姿に成った際にスライムの特徴を見せるのでしょうか?
もしもルード様が幸長さんと同じ姿に成られたら……う、この前、そういった悪夢を見ました。
違う事を祈りましょう。
「そういえば、どういう経緯で幸長さんは日本へ来たのでしょう? 資料を見はしたのですがその辺りがかなり簡潔になっていてわからないのですが……」
「ああ、桜花は知らないんだ? まあ王族以外じゃ父上の四天王じゃないと知らない事も多いからね。桜花も書類上での概要程度だろう」
ルード様はそう言うと魔王の血族と幸長の出生について語りだしました。
「家の血族は厳密な能力絶対主義なんだ。低い能力しかない者は生きる事すらも許されず、処分される」
ルード様は自らの家訓を教えてくださった。魔王の家に生まれた者は直ぐに能力測定をさせられる。
基準は最低限、魔王としての資質を所持する事。それが叶わない場合、見せしめに他の血族の子の目の前で処刑されるのだ。
処刑方法は魔王城の切り立った塀、そこから落す。
落下だけでは死なないかもしれないと生まれた子供には落ちるまでに様々な攻撃が施される。
風で切り刻まれ、高圧力の水で一閃、岩石をぶつけられ、雷で感電させられ、他にも様々な攻撃を受け、最後には業火で焼き尽くされる。
下の森には灰すら残らない。
私もその装置を見た事が無いわけじゃない。あれは無能な魔物を処刑するために存在するのだと小さな頃に教わっていた。
恐ろしいと昔は夢に見た。
あれを生まれた直後に使われて処刑したと……。
「兄さんはね。その装置を全て受けて尚生きていたんだ。そこまで行けたら血族と認めても良いと思うのだけどね」
あの高さから落とされて殺される悪夢を。
その悪夢を幸長さんは産まれた直後に経験したという事になります。
……事実ならば壮絶な始まりでしょう。
しかも生後間もなくの赤ん坊が、です。
弱い魔物は成長が早いと言う性質がありますが、この現代社会でそこまで幼い年齢での自立は……魔王領でも稀でしょう。
「……酷い家系なのだ」
「そうでもしないと人間に殺され、魔王の血縁者を殺したと勇者志望の連中の士気高揚に利用されかねない。魔王とは魔物の代表でなければいけないんだ。だから身内には厳しい」
「でも幸長は生きているのだ」
「そうだね。その後、兄さんは軍隊に居た。5歳の時に勇者軍の大規模侵攻時にも魔王軍として参加していたという話さ」
おそらく……あの時でしょうか。
そうです……なんで忘れて居たのでしょうか、経歴からして間違いないのに。
私が幸長さんらしきスライムを見たのは6歳の時に起こった大規模な勇者軍の侵攻時だ。
当時私はルード様の部屋で母上と一緒にルード様を隠し扉にお隠し影武者として母上の下に居ました。
お忙しい王妃様の代わりに母上はルード様の乳母をなさっていた。
私はルード様と小さな頃から一緒に育った幼馴染である。
幸い、背格好が似ていた私を勇者軍の強硬派はルード様と間違えていた。
次々と倒れていく魔物たち、父上が駆けつけるまでにはまだまだ掛かりそうだった。
私はあの時、恐怖で震えていたのを覚えている。
そんな中で一匹の魔物が懸命に私達を守ろうとしていた。小さなスライムが、能力的にも精神的にも恐ろしい場所で必死に。
小さい中でもいろんな武器を出してはひっきりなしに来る人間達を返り討ちにしていました。
脅えながら私はその光景を覚えています。
切り刻まれても攻撃をやめず、私をルード様と思いながら懸命に守ろうとしたあの意志。
何時か、あのスライムのようにどんな不利な状況になっても諦めず守りたいと思った。
それが事もあろうにルード様の兄だったのは因果な運命なのだろうか。
無能、底辺、才能無しという風評の所為で私の目は曇っていた、忘れていました。いいえ……父上が全てを解決したとすり替えて居たんです。
幸長さんは自らの能力を最大限活用して、能力的に自分より強い相手を苦も無く倒していくのは相変わらずだったのでしょう。
麻奈と共に助けに来た時の手際を思い出すと、そう思う他ないです。
「で、活躍して、母上に見つかって日本へ来る事になったんだ」
「幸長の弟はその時に幸長を見ていないのだ?」
「うん。ボクは隠れていたからね。見たかったなー……桜花は知らない?」
「……」
「桜花?」
「……」
「おーい」
「ハッ!!」
何時の間にかルード様が顔の前で手を振るっていた。
「どうしたのだ? ボーっとして」
「どうかしましたか?」
「いや、兄さんが軍隊に居た頃の姿を見てないかなって聞いたのだけど」
「さ、さすがに知りませんね。当時私も六歳だった訳ですし」
「まあそうだよね……魔王領出身でも上位魔物であるボク達は自我の芽生えが遅く、心の成長も人間並みに緩やかだからね。温室育ちの甘やかされた環境でボクは育ったのさ」
種族事の特徴の差というものでしょう。
私も物覚えは早いつもりではありますが、それでも5歳で戦場で戦うという事はありません。
「それで……此度の件ですが、すべて誓子の所為なのでしょうか? 各国の魔王様の血縁者が勇者たちに襲撃される事件が続いていますよね?」
まったく、魔王様の権威もこの国では無いというものなのか。
父上や本部に問い合わせるとルード様の影武者が各地で襲われているそうだし、魔王軍総出で予言に右往左往してしまっている。
勇者軍も同じらしく、私の溜め息は終わる事が無さそう。
国際法で守られていて、違反時には家族にも迷惑が掛かるというのを知らないのか。
「それだけ父上の統治が長く、人間達の恨みを買ってしまったのだろう……仲良くしてはいけないという意味では正しいけれど、辛いね……他地方の魔王も注意してほしい所かな」
「お陰でルード様が魔王として魔王領を統治するのはずいぶん先となる程、時間が稼げていると予測はされております」
「わかっているよ。父上も母上も、ボクが一日でも長く生きられるように激戦を生き残ってくださったんだ。その遺産を大切に一日を宝のようにして生きて行くつもりさ」
「幸長を大事にするのだ!」
「もちろんさ」
ルード様の悲しい笑みに心が痛んだ。
私は幸長さんも麻奈も、誓子……ましてや幼少時からずっと一緒に居るルード様の心すらも分かってなどいないのだ。
父上は魔王様の一番の側近だった。何を考えていたのかを直ぐに理解していた。
そしてルード様と日本へ行くとき、念を押されていた事を思い出す。それは幸長さんに鍛錬を強制させてはいけないという指示だった。
理由を聞いても教えてくれなかったけれど……それは幸長さんは訓練をする必要が無い程に熟知しているという事でしょう。
何より、戦いから遠ざけないといけないという願いでしょうか。
私もいずれルード様とは父上と魔王様のような間柄にならねばならない。なのに何故だろうか、私よりもみんながルード様を理解しているような気がしてならない。
……ん?
ふと思うのですが、幸長さんと誓子の魔王軍所属の時期はほぼ同じでは無いでしょうか?
それで会った事が無い……?
たたき上げの軍人でもう一人の名前が浮かんできます、幸長さんと誓子、そして……。
何かが繋がっているように思えるのは私だけ……なのでしょうか?
「事の元凶は兄さんが発端で起こったとも言えるけど、おかげでボクは両親とこの歳まで交流を持つことが出来た。幸せなもんだ。というより、兄さん……色々と伝説が多いよね。麻奈さんは何かあるかい?」
「麻奈は幸長とこれまで三回勝負して三回負けたのだ。以降は「手の内がバレてるから負けで良いよ」と戦ってくれないのだ」
この麻奈を幸長さんが三回も勝利している? それだけで驚きなのですが……。
「ボクは兄さんには助けられた口でねー、あの頃のボクは兄さんに会いに行くのが苦痛でしょうがなかったんだ。どうして兄を騙る弱い奴の所に態々大好きな両親を置いて行かなきゃいけないんだってね」
ルード様は思い出話を語るように仰いました。
私たちが同行するのを禁じられた、魔王様方からルード様と幸長さんの兄弟水入らずの時間を確保するというものです。
関われるのは魔王の血筋か、王妃様の縁者のみ。
そして魔王様の血縁者には……大層大雑把な方が居ますからね。
本来の姿で暴れ、ルード様と幸長さんに訓練という名の拷問をしたと……。
「ほー、幸長の弟もそんな時期があったのだ」
「うん。まあそんな兄さんのいる日本に行ったら連れてってくれた親戚の小父の拷問寸前の訓練に付き合わされてね……その頃の兄さんはまだ軍経験の勘が抜けきってないからか放たれた攻撃を三回まで「どうかお戯れはそれくらいにしないと殿下が大変な事になってしまいます」と注意してたね」
……なぜでしょうか。子供ではなく家臣が苦言を呈したようにしか聞こえません。
殿下とか今の呼び捨て以上に関係が遠く、身の程を完全に理解していると私は逆に満足する返答でしょう。
ですが……ルード様は幸長さんに呼び捨てで呼ぶように強要したのだろうと言うのが想像できます。
幸長さんがいたずらするルード様に嫌味でいう時があります。
ルード様は焦ったように縋り付いて呼び捨てにして欲しいと甘え、幸長さんが渋々呼び捨てに戻していました。
「あ、領域が展開されてて兄さんはスライム姿だったよ。それで兄さんの警告を小父は根性を鍛えるって聞いてくれなくて……で、兄さんは何したと思う?」
「わからないのだ」
「そう……あれは目くらましで小父の目を眩ませてボクと逃げた後――」
……ルード様は自慢するように幸長さんを慕う様になった頃の事を語り始めました。
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