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ブラコン魔王の婚活  作者: アネコユサギ
ブラコン魔王達の来歴
22/25

8


「中々やりますね」

「お前もな」

「四天王が戻ってきたという事は部下の始末をしてもらえたという事でよろしいでしょうか?」

「ああ」

「ならば本気でお相手できるというものです」


 勇者は部下の暴走を耳にして魔王を相手にハンディを課した。それは魔王を殺す技を使わないというもの。


「そうだな、大分鎮圧されただろう。本気で勝負と行こうじゃないか」


 魔王とて同じ、本気ではない相手に本気で相手するほど卑怯では無い。

 妻に目を送るとコクリと頷く。

 数多くの部下達が駆けつけてきて死線を交える。

 しかし、本物の勇者と魔王との戦いに数は無意味、それは重々承知だ。


「ああ」


 運命の勇者というのが目の前にいる。魔王はそう直感した。

 勇者が今まで見せなかった構えを取る。

 剣から今までに無いくらいに電撃がスパークした。

 おそらく、この勇者の特技は雷を使う剣技。光の雷は黒の法衣で無効化するのが難しいタイプの攻撃だ。

 しかも勇者は懐から輝く紋章を掲げる。

 魔王から黒の法衣を剥ぎ取る光の加護を受けた印。

 二重に使われては戦いも厳しくなるだろう。


「ここは私が」

「ああ……助かる」


 魔王の妻はその点で言えば最強の耐性能力を所持している。

 雷に強く、殆どの魔法を無効化する血統だ。


「させると思うか?」


 勇者の傍らに魔法使いたち寄り添う。それぞれ氷と炎を纏わせていた。

 唯一女王が苦手としているのが熱膨張を使った攻撃だ。

 研究され尽くしている。

 魔王は冷や汗を流した。


「それはこちらとて同じ」


 部下の一番強い四天王が前に出る。戦力的には若干有利であるが油断は出来ない。

 とにかく、タイミングが命だ。

 前哨戦で魔王は痛手を受けている。幾分かは回復したが、勇者の放つ剣を何十と受けていた。

 もはや体力も限界が近く、次の一撃が決まれば死ぬかもしれない。

 だがここで負け、死にたくはない……息子のためにも。

 五つになるはずだった死産となった息子にも……。

 勝負は、勇者と魔法使いが先に仕掛けた。


「喰らえ!」


 勇者が放つ剣閃に追いつくかのように雷が形を成し、魔法使いが氷の魔法を後にぶつける。火の魔法が追う。

 仮に妻が雷を無効化しても熱膨張攻撃で深手を負い。魔王が雷を受けたら大きな隙が生まれる。

 無駄の無い攻撃だ。

 避ける事も出来そうに無い。ならば妻だけでも守らねば……魔王が前に出ようとしたその時、青い何かが飛んでくる。


「あばばばばばばっばばばば――」


 雷を受け、氷結を受け、炎を受けて青い……スライムは弾け飛んだ代わりに攻撃が消える。しかし、その前にスライムから黒い法衣が剥ぎ取れた。


「「何!?」」


 勇者と魔王、両方から声が漏れる。

 魔王はその隙を逃さず編みこんでいた魔法を解き放つ。

 暴走する魔力が勇者達を包み込んだ。


「「ぐあああああああああああああああああああああああああああ!」」


 勇者達の叫び声が響き渡る。


「シュレイリル!」


 魔王は妻の発した言葉に我が耳を疑った。


 △


 無効化できないというのは何となく理解していた。

 僕みたいな弱小スライムがどんなに頑張っても勝ち目が無い事くらい分かりきっていた。

 体に隠していた銃器や罠、爆薬は底をついてて補充する暇もなかった。

 だけど、それでも役に立ちたいと思ったんだ。

 あの雷は無理だけど、それさえ耐えれば僕の千切れた欠片が氷と火は無効化できると思った。

 それが僕の特技だったし、だけどなぜかな、勇者に近づいたら何かが剥げた。

 全身に雷の衝撃と氷結と火炎が同時に来た。

 吹き飛び、部屋中に僕は飛び散った。いや、蒸発した。


「ラ、ライムぅうううううううううううううううううううう!?」


 隊長が大きな声を出した。

 大丈夫だから、もう少し、もう少しで戻れる。再生するからまっていて、僕には分かるよ。

 なんか出来るのが分かる。不思議な感覚だ。

 早く、僕を再生させないと……黒い、魔法の力で僕は自分をかき集めて舞い降りる。


「ふう、助かった」


 さすがは魔王様、きっと僕を再生してくれたんだよね。

 でも凄く疲れたよ。今にも眠りそうだ。


「隊長! 僕、頑張ったよ」


 勇者達が倒れていた。僕のお陰?


「ライム、お前……」

「これで平和になるんだよね?」


 隊長に向ってピョンと跳ねると何故か後ろから抱き寄せられた。


「シュレイリル! シュレイリルなのね!?」


 視線を向けるとそこには魔王様の奥さんが泣きながら僕を抱きしめている。

 何? 何があったの?


「えっと、その……王妃様、ご無事ですか?」


 やばい……物凄く眠たい……隊長の肩で居眠りしたいのに……。

 だけどなぜかな、この人、王妃様がとても温かい。


「ライム」


 隊長が斧を杖代わりにして来てくれた。


「あ、隊長、僕頑張ったよ」

「ああ、良く頑張った」

「えへへ……ああ、眠い……」


 凄く嬉しい。

 褒められたら眠く……なって、きた。ダメだ。王妃様に抱かれたまま眠る、訳には……無礼……だよ。


「ああ……こんなにも頑張って……生きてて、いえ……死なずに居てくれたのね……シュレイリル」

「王妃様……すみません。少し、疲れてて……どうか、降ろして下さると、嬉しく……」

「離しません……ああ……ああ……」


 シュレイリルって誰だろう? 王妃様は僕を誰かと勘違いしているんだよね。

 次に目が覚めたら、騒がしいヤタが僕の上に乗っかって、レイが僕を枕にしてるんだろうなぁ……。

 王妃様は泣きながら僕を抱擁するのをやめなかったけれど、僕は疲労困憊で意識は遠くなっていくのだった。


「すー……すー……」


 △


「ん……」


 目を覚ました時、何故か僕はベッドで寝ていた。

 うん……体を立て直そうとするのにうまくいかない。


「なんだぁ!」


 手を前に出すと見慣れない肌色の何かが横切ってびっくりした。

 その何かは僕の思い通り動き、あれこれと四苦八苦しながら体を起こす。


「あれ?」


 肌色の何かは僕の手であるらしく、僕は手を使って自分の顔に触れた。

 何かおうとつと硬い、骨のような感触がある。初めての感触に戸惑いを隠せない。


「ここ、は……」


 見知らぬ天井が僕の視界に入る。何処かのホテルの一室のようだ。何か、今まで居た場所にあった雰囲気というものが感じられない。本能的に魔王の加護が無い場所だと理解する。


「気がついたか?」


 聞き覚えのある隊長の声。僕は自分の変化に戸惑いつつ声の方に顔を向けた。今まで目だけで後ろを向くことが出来たので違和感がある。

 するとそこには人間に変身している隊長がいた。

 魔物の姿とは違うけれど一目で隊長だってわかる巨漢の男性だ。とても頼りがいのある顔をしている。でもやっぱり片目が潰れて眼帯をしていて痛ましい。


「ほら、鏡だ」


 隊長はそう言うと僕に手鏡を向ける。

 そこには5歳児くらいの人間の子供がポカーンとした表情を浮かべていた。


「ええええええ!?」


 僕、人間になってる!?

 どうなってるの?

 いや、確か魔王領から魔物は出ると人間になっちゃうんだっけ?

 でも、なんで僕が魔王領から出てるわけ?


「ライム……いや、これからは塩見幸長か」

「しおみ……ゆきなが?」


 僕はベッドから降りて隊長のほうへ歩いていく。人間の身体とは本当に使いにくい。

 手足というものを初めて使った。


「お前、5歳だったんだな。その歳でよく戦えたもんだ。人間姿を見て驚いた。いや……実年齢を知る為に人間姿にしてみるんだった。魔王領だとここが抜け落ちるな」


 変なのだろうか? よく分からないや。でも褒められて嬉しい。


「お前の両親な、見つかったんだ」

「え!?」


 今更、僕の両親が見つかった? だから人間の姿なのか?


「もしかして人の姿になっているのは両親に会うためなの?」


 なら断りたい。僕は隊長たちと一緒に居るんだ。

 ずっと願っていた。ヤタもレイもみんなを守るため、失わない為に僕は戦い続けるんだから。

 隊長は僕を抱き上げて首を横に振る。


「違う」

「じゃあ、どうして人間の姿になっているの?」

「それはお前が魔王領から追放される事が決定したからなんだ」

「え……どういう意味!? 僕……あそこから出て行かないといけないの? 何か無礼な事をした? そんな覚えも規則も無いはずだよ! 王妃様の腕の中で居眠りした罰!? こんな姿に変えたのは呪い? 5歳ってのもさ、違うと思うんだよ?」

「ちゃんと聞いてくれ。お前のお父さんはな、なんと魔王様だったんだ」

「はい?」


 そんな事言われてハイソウデスカなんて言えないよ。何かの冗談なんだよね。


「魔王様が僕のお父さん? 冗談はやめて欲しい。そんな訳ないじゃないか」

「いや……事実なんだ。魔王様が証明なさった」


 どう証明したんだよ。って言い返そうとしたけれど隊長の目が何が何でも引かない時の目つきだったので思わず黙ってしまう。


「さらに……お前は存在してはいけない魔王の忌み子なんだそうだ」

「忌み子?」


 隊長が強く拳を握って涙している。怒りを堪えているのが何と無く、僕には分かった。


「極端に能力が低いから血族に迎え入れない。そう判断されて処分されたはずなんだそうだ」


 隊長は教えてくれた。

 僕が寝ている間に精密検査が行われていたそうだ。

 生まれつき僕は同じタイプのスライムが最大限努力したくらいの能力を所持しているけれど、それ以上は成長しない。伸びる限界が定まっている。だから捨てられた。

 実力主義の魔王の家系だからこその厳しい掟がある。


「そんな……じゃあ魔王様は僕を……僕は要らない子なの?」

「違う!」


 隊長は怒鳴った。空気が震えるほどの大声に僕は耳を塞ぐ。


「魔王様はお怒りになられた。勝手に息子を死産として処分されていたのだから」

「じゃあ、どうして?」

「能力の低いお前を危険な魔王領に留めるのではなく、平和な日本という国に追放するというご両親からの愛情的処置がなされた。幸長というのは日本でのお前の名であり、塩見は王妃様の旧姓の一つだ」

「そんな……」


 結局、僕は要らない子? みんなにも必要が無い?


「幸長」

「僕は幸長なんて名前じゃない!」

「話を聞け!」

「イヤだよ。僕は、みんなと一緒に居たい」


 みんなを守れないなんてイヤだ。


「……分かってくれ。みんながお前を行かせろと頼んできたんだ」

「え……」


 そう言って隊長はボイスレコーダーを取り出し、再生させる。


「ライム、幸せになれよ」

「まさか親子ほど年が離れた奴に命を救ってもらっていたなんてな、恥ずかしいよ」

「向こうは戦いが無い幸せな場所らしい。俺達の分まで生きてくれ」

「お前がいるから、俺達は頑張れる、頼むぞ」


 みんなの送り出す声が聞こえてきた。

 え? 僕、は……どうなるの?

 幸せになる、の?

 みんなと離れて?


「ライム、お前は勇者の電撃を受けて死に掛けた。みんな肝が冷えたんだ。しかも5歳児だ。人の姿になったのを見せられた……だから願っているんだよ。幸せになるべきだと」

「隊長は……ついてきてくれないんだよね」

「たまに会いに行く。だから我慢して欲しい。みんなだって暇があれば会いに行くし引退でもして商売をしたら声を掛けに行くさ」


 ポロポロと目から涙が溢れてくる。

 どんなに堪えても止まらない。


「ヤタは? レイは?」

「ヤタの音声なんて録音したら日が暮れる!」

「ははは……」


 ヤタらしいや。お喋りカラスは僕の事となると話題が尽きないのかずっと喋ってるものなぁ……。


「レイが代弁してくれたぞ」


 隊長はそういうと音声を再生する。


「ライム~ヤタと自分はね。魔王様の褒美で里親を見つけてくれるんだって~。それでね、みんな子供だから勉強して、それから未来を選択できるようにしてくれるようだよ~」


 このゆっくりとして口調、うん。レイに間違いない。


「みんなバラバラになるけど、平和な所で幸せになるんだって~」


 レイは相変わらず、のんびりとした口調で話しているなぁ。


「だから、ライムもみんなの分、精一杯幸せになるんだよ~」


 みんなの分……。

 シスターさんの言葉に僕は異を唱えられず、言葉が詰まる。

 でも……いやだぁ……僕は、僕はみんなを守って生きたいんだ。

 隊長が泣く僕を抱き寄せてくれた。


「幸せにおなり。お前が幸せに一生を終えることが俺達の願いだ」


 こうして、僕は母方の実家がある塩見家へ行く事になった。


「今日からお前はライムじゃない。『幸せに長く』そして『生き長らえる』と語感が似通っている意味を兼ねて幸長だ」

「ゆき、なが?」

「そうだ。部隊のみんなと魔王様達とで決めた名前なんだぞ……それで、だな。ご両親を恨むな。お前はこれから幸せになるために日本へ行くんだ。お前はもう危険な所でいつ死ぬか分からない戦いに身を置く必要は無い」


 本当はどんなに危険だとしても離れたくなかった。

 けど……けれど。


「……うん。僕、遠くからでもみんなを思ってるよ」


 こうして僕は……幸長という名前を授かった。

 魔王領から出て、初めてのホテル。

 どこの国か分からない空港のガラス張りの空を見上げる。

 守りたいと願った僕は結局、みんなに守られて安全な……本当に争いの無い場所へ行くらしい。

 魔王の忌み子とかそんなのどうでも良い。

 僕は、せめて目の前にいる大切な仲間を守っていたかった。

 それだけなのに、どうして、何もかも零れ落ちていってしまうのだろう。

 答えなんて出ない。

 それでも、僕は目の前にいる僕を仲間だと思ってくれる全てを守って生きたい。

 夕日が眩しくて、涙が頬を伝う。

 隊長から手渡されたボイスレコーダーにそっと言葉を紡ぐ。


「うん。みんな、さようなら。出来るなら、また、どこかで出会えるのを祈っているよ。僕は幸せに長く生きれるよう頑張るから」


 こうして僕は人間として日本に来た。

 祖父母はとても優しく、日本語や様々な科学文明について教えてくれた。

 色々と大変な事もあったけど、今にして思えば通過儀礼だったのだろう。



 △


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