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それから数日後。勇者軍の大部隊が魔王城近隣にまで近づいていた。
僕達は別の勇者部隊を殲滅していて対応が遅れてしまった。
いまや魔王領近隣は戦場と化している。ヤタもレイも各々、勇者軍を相手に孤軍奮闘していた。
普段は三人一組で戦うのだが、状況が状況だ。連携を考える余裕が無い。
「ライム!」
「はい!」
戦場で戦っている最中、僕は隊長と合流した。
隊長、本名ガラーズ=ルイバーグだけど。みんなが呼ぶとおり僕達は隊長と呼んでいる。
一度三人で話し合いをしてお父さんと呼んだら悶絶して止めてくれと懇願された。
辺りには警報と煙が上がっている。
「俺達の任務は魔王様を勇者軍から守ることである。だが、その次は魔王領に住む魔物を守ること、ライム、お前には魔王領に住む魔物を守る任務に就いてもらう」
「了解!」
僕の特技は法無の波動。時折来る乱暴な人間が使う能力を引き上げる魔法を無効化する能力。僕のいる部隊じゃこれが使えるのは僕だけだ。ヤタもこれだけは真似できない。
「城下町に住む非戦闘民たちを安全な場所へ避難させろ、遅れている!」
魔王城の近くに大きな城下町がある。そこには様々な魔物が住み、生活している。
今回の勇者軍の遠征は統一が取れていない部隊が多く、非戦闘民に攻撃をする者がいた。それだけで国際法違反なので、勇者軍の中にも協力してくれる人がいる。
僕達はちゃんとしたルールのある殺し合いを行っているのだ。もちろん、魔王領に存在するだけで殺されても文句は言えない。
でも、僕が昔いた辺境の村と同じように戦いを望まない場所、戦ってはいけない場所が存在する。
その場所で虐殺をした人間は同じ人間の勇者軍から討伐の対象となる。
それでも守りきれない現状でひ弱な魔物が殺されようとしている。
僕の役目はその守らないといけない魔物を守ることである。
隊長は地図を広げて城下町の隅にある森への入り口を指差した。川をはさんで森へと繋がっている石造りの橋がある。
「ライムは避難しようとしている魔物たちの誘導を手伝ってくれ」
「分かりました!」
「絶対に無茶をするんじゃないぞ」
僕は跳ねながら城下町へ進んでいった。
辺りは火の海となっている。虐殺を繰り返す勇者軍。護衛に回っていた魔物達は次々と倒れ、避難中の魔物の子供は遊びのように殺されていく。
勇者軍なんて言ってるがこれではただの野蛮人だ。
虐殺をするな。正々堂々と正面から来い。
そこで……ん? 聞き覚えのある言語で喋ってる連中が居る。
長いこと戦場に居ると連中の言葉を聴くくらいは出来るようになった。
魔王領に来る人間の言語には何種類かある。
「は、所詮、子供はこの程度か、どれも弱い弱い」
「これが将来化け物になるんだ。早めに処分していこう」
自らが行っている行為が国際法違反であり、正義の傘を被ったエゴだというのを理解していない勇者軍の戦士達。
『た、助け――』
ブシュ!
助けを求めて逃げる子供の魔物は凶刃に切り裂かれて息絶える。
く……間に合わなかった。
『い、いや……』
一人、また一人と倒れていく昨日まで一緒に遊んでいた友人達の亡骸を見ながら、小さなドラゴンはか弱く声を絞らせる。
……あの時の出来事を思い出す。
目の前で失われていく命に何も出来なかった。
「お、レアモノ発見、ドラゴンの子供だぜ」
「子供とはいえドラゴン、良い武具の材料になるかもしれねぇ」
「見る限り上玉だぜ、いくらで売れるか楽しみだな」
『あ、ああ……』
小さなドラゴンは剣を振り上げた戦士に脅えて目を瞑る。
だけど、今は違う。
バッ!
という音と共に小さなドラゴンに飛び掛るようにして助ける。
「な、何?」
ブヨン!
という音と共に小さなドラゴンを包み石橋の手すりに跳躍して川へとその身を落とした。
激しい水音が聞こえる。
「逃げたぞ!」
「くそ、何処へ逃げやがった! 水に溶けて見えねえ」
僕は川の流れに乗って少しずつ、移動を開始していた。
上空から灼熱の炎が直後に降り注ぐ。
「「「ギャアアアアアアアアアアアア!」」」
おそらく、誰かが援護してくれたのだ。
川の流れに乗り、僕は森の方へ続く土手に向って進み、水から出たところで弾けて元に戻る。
「大丈夫?」
「う、うん」
「ごめんね。僕が到着したときにはもう生きている子は君しか居なかったんだ……」
小さなドラゴンさんは声を震わせる。
「怖かったよぅ……」
「もう大丈夫、森まで来れたのなら勇者軍は攻めてこない」
僕はドラゴンの手を掴んで森の方へと行こうとする。
こっちに避難所があったはずだ。
「この先に避難所がある。そこまで逃げれば絶対に安全だよ」
「……助けてくれてありがとう」
「当たり前の事だよ」
そこには人間の勇者達と魔物が手を取り合って、非戦闘民を守るキャンプが建っていた。
勇者軍も規律を守っている人々がいる。いずれ殺し合いの戦いをしなくてはいけないのだろうけれど、今は違うのだ。
「じゃあ僕はもう行くね」
「あ……うん」
「無事だったのね!」
「あ、お母さん!」
空から大きなドラゴンが舞い降りた。そこには安堵の表情が刻まれている。
凄く大きなドラゴンだ……あ。
僕はそのドラゴンのお腹に大きな傷跡が刻まれているのに気が付いた。
まるで風穴のような大きな傷の痕跡、こんな大きなドラゴンにどうやったらあんな傷が出来るのだろう。
勇者軍のエリート、まさしく勇者クラスがつけた傷と推察する。
普段、僕達が戦う。光を纏わない自称勇者の殺戮者とは雲泥の違いだ。
さて、そろそろ僕も任務に戻らなきゃ。
足早に僕はその場を立ち去った。
後にこの小さなドラゴンが琴音さんだったと知るのはずいぶん後になってからだなぁ。
△
「隊長!」
僕は隊長のもとへ戻ってきた。
「どうだった?」
「僕の後に部隊が到着して殲滅は終わったのを確認」
「ふむ、こちらも大体の避難を確認した。後は本部隊が突入している魔王城へ警護しにいく」
皆が武器や魔法を練りこんで行く。
「行くぞみんな!」
「「「おう!」」」
掛け声にあわせて声を出し、隊長の肩に僕は乗るのだった。
城の中は戦場だった。勇者軍の猛攻は激しい。
戦闘開始と同時に僕は法無の波動を撃ち、勇者達の援護魔法を無効化させる。
「総員突撃ぃいいいいーーー!」
怒号のような掛け声と共に皆が突き進む。
勇者軍の魔法使いが隊長や皆に向けて魔法を唱えだす。
させるか!
僕は飛んでくる魔法のタイミングに合わせて前に飛び出しビヨンと全身を広げる。
「ライム!?」
隊長を守る為、僕は盾になる。
ボンボンとはじけるような音が響いた。僕に着弾した魔法がはじける音だ。幸い効果は薄く、僕自身に意味がない。魔法の玉を一個包んで吐き返す。
「ぐああああ!」
自ら唱えた魔法が返ってきて勇者軍は大打撃を受けた。
ぶるんと全身を震わせて着地し、僕は隊長の肩に戻る。
「あんな大量の魔法が飛んでくる中を何時ものように飛び出すな! 心臓が止まるかと思ったぞ」
ピン! っと隊長が僕にデコピンをした。
「すいません……」
「とはいえライムのお陰で出始めの勢いは取れました。このまま進みましょう!」
「そうだな」
「だ、だれか! 王子の警護に割ける者はいないか!」
そこにボロボロになった虎のような魔物がやってきた。
「どうしました!?」
「王子を人質にしようと勇者軍の奴が攻めて来ているのです」
魔王城の見取り図は非公開であるが、攻めてはいけない聖域がある。魔王はそこへ逃げてはいけないが、魔物はそこへ逃げても良い。もちろん、そこに入った魔物は守護する権利を失うという法律区域が。
そこに避難している魔王の息子に勇者軍の一部が法律無視で入ってきたのだという。
普段から守らないものが多いけれど、もはや法律もクソも無い惨状へと城内はなりつつあった。
「魔王様の守護でこれ以上人員は割けれないぞ……」
タダでさえ死傷者が多いこの状況。魔王も善戦しているけれど劣勢だ。
勇者軍も指令系統が混乱していて火事場泥棒的に法律無視をする犯罪者が多くなっている。
「僕が行きます!」
「俺も!」
「四天王が間に合うまでの間で良い! だれか!」
僕はピョンと隊長の肩から飛び出してトラの魔物が指差す通路へ進んだ。数名ほど僕の後ろに着いて来る。
△
王子の部屋に辿り着くとそこは戦場となっていた。後ろについて来ていた方々は部屋に入る途中で敵と遭遇してしまっている。僕は雑魚だと思われて無視された。
仲間達は僕に目で王子の下へ向えと指示してきた。だから先行して部屋に入った。
剣がぶつかり合う音がひっきりなしに聞こえる、魔物たちは王子を守ろうとしている。
王子は腹心のグリフィンの翼の下で震えていた。
僕は敵対している戦士に必死にかみつきをする。
「なんだこの雑魚は! 邪魔をするな!」
ザシュ!
僕の身体が切られる。だけどその程度で僕はやられたりしない。即座に結合して再度喰らいつく。
「死ね!」
魔法使いがグリフィンに向けて魔法を放つ。
しめた! 僕は魔法を包み込んでポンっと戦士にぶつけた。
「グア!」
戦士が転げまわる。
よし!
「このスライム! 妙な真似を!」
占めた! 隙あり!
ササッと高速で床を移動してカパっと体の中に隠していた銃器を出して引き金を引く。
ダダダっと弾丸がオーラを纏っていない未熟な勇者たちを撃ち抜く。
「な――グアアア!?」
まだ無数に敵はいるのだ。幸い室内には味方の魔物もまだいる。四天王が駆けつけるまでの間だけでも死守するんだ。
やがて……。
「グアアアアア!?」
鳥類と悪魔の混合タイプの魔物……四天王が駆けつけてくるのに長い時間が掛かった。
室内には無数の死傷した魔物と人間で溢れかえっている。
隠し持っていた銃器は底を尽き、勇者が来るまでのわずかな間に仕掛けた罠道具も無くなった。
どんだけ来るんだよ。
勇者共の亡骸から簡易的に作った爆弾とかもさすがに尽きた所だったぞ。
「はぁ……はぁ……」
疲れた……とんでもなく。でもまだだ。
「王子!」
四天王が王子を抱え上げて寄り添うグリフィンを撫でる。
その手つきが何と無く関係性を匂わせる。きっと夫婦なんだろうな。
「良く守ってくれた」
「ええ、そこのスライムさんが来なければ王子は元より私も今頃どうなっていた事か」
グリフィンと四天王が僕に目を向ける。
「良くやってくれた。君はガラーズの所の隊員だね」
「はい。ライムと申します」
「か弱き身体で良くやってくれた。もう十分だ。ゆっくり休みたまえ」
「いえ、僕には隊長のもとへ戻るという任務があるので」
四天王は困ったように表情を変える。
「そうか、確か君は前兆のスライムと呼ばれているね。頼りにしたい所だが……」
「ええ……何かあったのですか?」
「いや、問題は無い。ここはもう安全だろう。しかし君を陛下と戦っている勇者の元へ連れて行くのは……」
僕が弱いスライムだというのは知っている。だけど隊長たちが守らないといけないと思う魔王様のためなら命など惜しくない。
「大丈夫です。僕は魔王軍のガラーズ隊の隊員なんですから!」
「分かった。じゃあ私の手に乗りたまえ」
僕は四天王の手に乗る。
「む……君は」
「何か?」
「いや、気のせいだろう」
四天王は眉を寄せている。そんな事態じゃない。翼を広げて通路を高速で四天王は飛んでいった。
△
魔王の間も戦場と化していた。
どちらかと言えば人間の方の屍骸が多いが、魔物も負けていない。
僕は魔王様とその奥さんに目を向ける。
一度、城下町で凱旋している時、隊長の上にヤタとレイと一緒に見た覚えがある。
まだ人間の姿を保っているが、身体のあちこちから魔物の姿を醸し出していた。
奥さんは手を銀色のブレードに変化させて舞うように敵を倒していた。その姿は鬼神を連想させる。
魔王様は高速で様々な魔法を唱えて勇者達を駆逐していた。
そして、魔王様の片隅に隊長が武器を振るっていた。
すごい……僕が間に入ってもなんの役に立つのか分からないくらい強い……。
ただ、飛びぬけて強い勇者が一人いた。多分、あれが一番強い勇者なんだと本能が教えてくれる。
近くにいるだけで、血が騒ぐような何かが僕の体に駆け巡る。
全身鎧に身をかため、並居る魔物を一振りで倒していく。
全身から高密度の今まで見たことが無い程の白い魔力の衣を纏っている。確か白の法衣とも呼ばれる。纏う勇者はごく一部であるが魔王や魔物の魔法が効果半減するとか。
持っている剣は青白く魔法の光を纏っていた。あれは噂に聞く黒の法衣すらも切り裂く剣なのだろうか?
「雷帝〈トール〉!」
勇者が唱えた魔法の雷が魔王様に向って飛んでいく。
魔王様と奥さんはその魔法を避けた。
魔法の隙を突いて隊長が勇者に攻撃した。
勇者はその攻撃をステップでかわし、隊長にその威力の高い剣を振るってしまう。
「隊長!」
扉の前まで吹き飛ばされた隊長に僕は四天王の手から降りて縋りつく。
「君はここで見ていなさい!」
四天王がバキバキと音を立てて変身し、魔王様に加勢する。だけど僕は隊長の身の方が心配だ。
「ラ……ライムか」
「は、はい!」
ぶすぶすと焦げた隊長が肩から胸にかけて夥しい怪我をしていた。
片方の角は折れて右目が潰れている。
「ああ……そんな」
なんで……ボロボロになった隊長に過去の記憶が蘇る。
僕の目の前で誰かが死ぬ、その中には大切な者が混じっている。そんなのは耐えられない。
あんなに強かった隊長をこんなにした勇者が許せない。
「お前は絶対に戦いに参加するんじゃないぞ」
全身ボロボロになっているというのに隊長は斧を杖のようにして立ち上がろうとしている。
「もうやめてよ! これ以上戦ったら死んじゃうよ!」
お願いだから死なないで……。
どうして戦わないといけないかを知っている。戦わないともっと大量の生き物が死んでしまうから。だけど……だからこそどうして。
「ライム、ここで逃げるのはな、死ぬよりも屈辱的な事なんだ」
懸命に立ち上がる隊長。
そうか、そうなんだよね……死んだみんなの為に隊長は魔王様を守るんだ。
「分かったよ。わかったから」
僕が行くよ。
その言葉を風に乗せて呟き、僕は勇者に向けて突撃する。
「ラ、ライムやめろ! 戻ってくるんだ!」
△