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僕達は隊長に連れられて部隊のキャンプ地に案内され、村が襲われてから今までの全てを話した。
その度に隊長は驚いたり、感心したりと様々な反応を見せる。
嘘は言ってない。現に先ほど再現をして見せたし。
「ふむ……どうやらお前達は先祖返りだったから生き残れたようだ」
「先祖返り?」
「ああ、極稀に魔物の中には居るんだ。例えばスライムのお前は魔王の血族が扱うことの出来る『黒の法衣』まあ色々呼び名があるが、様々な魔法に強い耐性を持っている能力だ」
「魔王?」
魔王とは何なのかをこの時の僕は知らなかった。
「我らが魔物が命を賭しても守らねばならぬお方だ。そして全ての魔物の始祖となった方である」
「その魔王様が所持する力にある黒の法衣?」
「そうだ。それは立派な才能だ」
隊長は角ウサギちゃんの方を向く。
「次に角ウサギ、お前もどうやら、魔王の血族が無意識に発動させる銃撃反射を所持しているようだ。二人とも古の魔王様と遠い血縁なのだろう」
「じゃあ、今まで、助かったのは……」
「ああ、銃で撃たれても怪我一つしない。それが明暗を別けたのだろうな」
「……」
角ウサギちゃんは顔を下に向けて目を強く瞑る。
「そんな……こんな力なんてなければ、みんなと一緒に……」
苦痛を感じずに死ねたのにと小さく呟く角ウサギちゃんの頭に隊長はポンと手を乗せる。
「自分を責めるな、その力があったおかげでお前は生き残れたんだ。お前には義務がある。お前の目の前で死んでしまった魔物達の分まで生きるという義務がな」
角ウサギちゃんが涙を拭いて隊長を見上げる。
「で、次に……なんの雛かは知らないが、お前は……」
隊長は僕の上に乗る雛ちゃんを見る。
「お前のは知らないなぁ、軍の調査部に報告するべきか……まだ子供なのに上位爆裂魔法を唱えるとは」
「フヘェ……」
クタッと雛ちゃんは僕の上でへたり込む。
大丈夫かと心配になったけれど、雛ちゃんは僕の上で寝息を立て始めた。
「お?」
「魔力切れだ。大方、火事場の馬鹿力だったという所だろう。鳥の魔物の中には声帯模写が出来ると聞く、唱え方まで覚えることも出来たのだな」
隊長は腕を組んで、僕達を凝視した。
「とにかく、よくぞ生き残った。生きていれば必ず良いことがある。今はゆっくりとするのがお前達の仕事だ」
「……その後は、何があるのですか?」
角ウサギちゃんが隊長に噛み付くように問う。
「ん? そうだな、どこか安全な地区に避難して貰うだろうな」
「そうしてまた死にそうな目に会えって!?」
角ウサギちゃんは張り叫ぶような声を出して怒鳴る。
「安全な場所ってドコにあるの? また目の前で誰かが死ぬのを見るの? ねえ、平穏って何?」
涙を流しながら角ウサギちゃんは隊長に詰め寄った。
「落ち着いて角ウサギちゃん」
「スライムさんもそうだと思わないの? なんで? ねえ、なんでみんなは死ななきゃ、ならなかったの?」
それは……僕も思っていた疑問だ。
どうして、どうしてみんな死ななきゃいけなかったんだ。
「……それは、行き過ぎた正義の所為だ」
「正義? これが!?」
「ああ、人間共の中には、魔物を殺すのを良いことだと虐殺するものが居る」
「なんで!」
「……魔物でも同様に言えるが他種というのは理解が及ばない部分がある。それを拒絶することによって争いは生まれるんだ」
「意味が分からない」
「例えばの話だ。スライムと角ウサギ、お前達は違う所が一杯あるだろう」
僕と角ウサギちゃんは頷く。
ここまで違う生き物はそうそう居ないだろう。
僕は液体生物だし、角ウサギちゃんは一見すると動物に見える。
僕に角は無いし足も無い。
「その違うというだけで相手を拒絶する者が居るんだ。拒絶し、相手を嫌悪する。嫌悪は争いを生む、争いは悲しみを生み、悲しみは憎しみを生む」
目の前で失ったみんなを思い出す。
悲しみ……復讐してやりたいという感情。
憎しみ……これを起こした相手を消し去りたいと思った。
「魔物によって家族を殺された人間が、魔物を無差別に殺し、魔物は無差別に人間を殺す。その復讐を行き過ぎた正義と呼ぶのだ」
「仲良くは……出来ないのですか?」
なりたいとは思わない。だけど、戦いなんてしたくない。
「だから、魔王領から出ると魔物は人間の姿になるんだ」
「え……?」
「千年前の魔王様が、争いを止めるために、世界中の魔物に呪いを掛けた。魔王領と満月の日以外、魔物は人間になってしまう呪いを」
みんなが同じになる奇跡を世界にばら撒いたのだ。
「じゃあ、なんでこんな事が起こるんですか?」
争いが起こらないために魔物はみんな人間になるのならどうしてみんな魔物の姿をしているの?
「さっき話しただろ、ルールを侵した犯罪者の起こすテロ行為だ。奴らに理由を聞いても碌な事は無い」
「正当な殺し合いって何!?」
「ここが魔王領だからだ。魔王領にいる魔物は本来の姿に戻る。そして、この地に住む魔物は魔王様を守るため、人間共と戦わねばならない」
「どうしてそんな奴を守らなきゃいけないの!?」
角ウサギちゃんは涙を浮かべて隊長に食って掛かる。
「世界が……滅んでしまうんだ」
「え?」
遠い目をした隊長がお城の方角を指差して呟く。
「この世界は犠牲を求めるんだ。無数の人間と魔物と魔王様の魂を……そうしないともっと大きな犠牲が必要となる」
「もっと……大きな犠牲」
戦うことで大量に命が失われる。だけど、戦わなかったらもっと大量の命が失われてしまう。
ならば、戦わねばいけないのだ。
そういう事なのだろう。
「魔王領にいる魔物は戦う義務がある。安全地帯の村や町から一歩でも外に出れば戦いから逃げることは出来ない」
「……」
「じゃあ……」
僕は自分でも気づかないうちに前に出ていた。
「僕に戦い方を教えてください」
そう、ならばせめて、僕は目の前にいる仲間を守れるようになりたい。
「救いの無い世界なのかもしれない。ならば仲間だけでも守って生きたい」
僕の目の前で失われた命、唯一助けることが出来た、雛ちゃんと角ウサギちゃんを見つめる。
少しでも長く、生きていて欲しい。
そのためなら、僕は何だってやってみせる。
「お前……」
「自分も同じです!」
角ウサギちゃんも胸に手を当てて言い放った。
「もう、大切な相手が死ぬのはみたくなんてありません。ならば自分は、みんなの命を勝ち取って守りたい!」
「……」
「……」
隊長は僕達が強い瞳で凝視するのに対して沈黙した。
「……どんなに追い払っても食いついてくる目だ。分かった。軍は厳しいぞ!」
「「はい!」」
僕と角ウサギちゃんは精一杯声を張り上げて頷いた。
「その雛はどうなんだ?」
「後で聞きます!」
「そうか……じゃあ、これからビシバシとしごいてやる。覚悟しておけ!」
「「はい!」」
こうして僕達は隊長の下で強さを学ぶことになるのだった。
他にも色々と話はあるのだけど今は思い出さない。
△
――五年後
隊長の下でさまざまな事を教わった僕は隊長の作った下級魔物部隊として偵察&奇襲兵となっていた。
液状生命体と言う物理的攻撃の薄い種族に生まれた僕は、相手の情報を収集することに長けていた。
勇者軍は最弱の魔物と言われるスライムに対して大きな油断がある。
それを逆に利用することによって僕は一見、雑魚の魔物のフリをして相手の居場所や配置を調べ、魔王軍に報告し、強襲するのだ。
もちろん、正当に交わされた戦闘区域での戦闘行為に該当する。ルールを守って行われる殺し合いだ。
他に逃走しながら罠を仕掛ける技術を学んだ。
敵の向かう先に罠を仕掛け、一網打尽にする。
単純な攻撃能力の無い僕が覚えることの出来た攻撃手段だ。
ワイヤートラップに始まり、ゲリラトラップに爆弾技術、銃器の扱いと覚えることは山ほどあった。
「そろそろ?」
ひゅうううううう……風が僕の全身を通り抜けていく。雛ちゃんに捕まって空を飛んでいた。
雛ちゃんは大きなカラスの魔物だった。大ガラスと呼ばれる種類で、魔法空爆兵だ。
僕達は隊長の養子として保護され、それぞれ名前を貰った。
「うん」
「絶対に戻ってきてよ。ライム」
「当たり前だろ、ヤタ」
僕は、ライムと名づけられた。
隊長曰く、数日考えたと言っていたけれど、スライムからスを取っただけだ。
ヤタは何でも異国の神様の使いとして伝承するカラスから捩ったそうだ。ちょっとうらやましい。
それでも僕は自分の名前に誇りを持っている。
頼りになる隊長が名づけてくれた名前なのだから。
「じゃあ……落とすよ」
「ああ、数日後の作戦決行時にまた会おう」
「うん!」
ヤタの足から離れて僕は敵地に落ちる。
全身に風を受け、みるみる地面が近づいてくる。
ベチャ
そう、この地で行われているのは戦争ではない。正当なルールの下に行われる殺し合いなのだ。
今日も僕はみんなを守るため、敵の情報を収集する。
△
数日後、今回の人間達は剣や槍、魔法を習得したイギリスの勇者候補の脱法部隊だと判明した。
川の上流に移動して毒を流す作戦を取ろうとしている。
毒程度なら平気な魔物も多いけど、魔王領の全ての魔物がそうではないし同盟の人間にも被害が及ぶ。
僕は奴らの毒を別の物にすり替え退路を確認しながら奴らの行く先に無数の罠を仕掛けた。
僕はヤタとの打ち合わせ通りに合流地点に到着した。
「おかえり! ライム!」
草むらに隠れていたヤタが僕の上にピョンと乗って元気よく羽ばたく。
フワッと浮かび、人間達の方へ目を向ける。
人間達がちょうど、僕の仕掛けた罠に掛かったようで、騒ぎになりつつある。
「ヤタも頑張るよー!」
人間達の上空に静止したヤタはぶつぶつと魔法を唱えだし、爆裂魔法を無数に降らす。
僕の仕掛けた罠に掛かって、混乱した人間達にトドメとばかりに爆裂魔法が上から降り注ぐ。
激しい爆発音と土煙が地上を覆う。
「×××××!」
「××××!?」
蜘蛛の子を散らすように人間達は統率を崩して逃げ出す。
「よっし! 全軍突撃ー!」
そこに隊長たちが待ち構え、一網打尽にした。
「あ、レイが手を振ってるよ!」
ヤタが手を振るレイに答えるよう旋回する。
レイとは角ウサギちゃんに付けられた名前だ。
僕達の中で最も接近戦を得意とし、隊長の懐刀として敵を屠っている。
強靭な角を前に全身をバネにして敵に突っ込むレイの攻撃を受けきれるものは滅多に居ない。
大抵、命中した場所に大穴が出来て事切れる。
「トドメだ!」
ヤタは大技と言わんばかりに巨大な魔法を戦場に落とそうとする。
もちろん、唱えるまで長い時間がかかるので妨害するため、ヤタに向けて魔法で作られた矢が飛んでくる。
僕は体を広げて、その矢を受ける。
本物の矢も飛んでくるが、上に向けて撃ちだされた矢の威力はそこまで無い。
ズブウ!
僕の体に矢は沈み込み僕はペッと矢を吐き出す。
無数に飛んでくるならばヤタ自身が防御の魔法を使わねばならないけれど、今のところは大丈夫そうだ。
「ありがとう、ライム!」
「どういたしまして、ってちょっと待て! 何だその魔法!」
「えい!」
ヤタの唱えた隕石が戦場に降り注ぐ。
「少しは手加減しろー!」
ワラワラと敵味方関係なく、散り散りに戦場に居る者が逃げ出した。
「あちゃー……」
本来の作戦よりも相手に与える損害が多そうだ。
そんな中、レイだけは逃げる敵に追撃を繰り返す。
あー……幾ら効果が無いとはいえ、よくやるなぁ。
レイは僕達の中でも最も強く先祖返りしているらしいのだ。
「とー」
最近では僕が所持している黒の法衣すらも纏っており、僕と同様に殆どの魔法に耐性を持っている。
「「「×××××××!」」」
「「「ギャアアアアアアアアアアアア!」」」
戦場に大きなドーム上の爆発が巻き起こる。
まるで太陽が落ちたかのように、辺りは真紅に染められて眩しい。
「やりすぎちゃった」
「限度を知れ!」
ヤタは遠慮を知らない。
「だってだってー! 試したかったんだもん」
「だもんで済むか!」
円を描きながら僕達は着陸した。
そこには黒焦げになりつつ、仁王立ちで僕達を睨みつける隊長が今か今かと待っている。
「怖い! ライム、怒られに行って」
「なんでヤタがやらかした失態を僕が負わなきゃいけないんだよ!」
「さっさと来いバカガラス!」
「ひぅ!」
僕を掴んだまま、ヤタは隊長の下へ飛んでいく。
「まったく、貴様は作戦を理解しているのか、お前が敵を全滅させてどうするんだ! いいか、部隊と言うのは――」
グチグチグチグチ……今日もお説教が長くなりそうだ。
「なんで僕まで聞かされなきゃいけないんだ」
「いっちゃヤダ……」
ギュウ……ヤタはとんでもなく甘えん坊だった。
僕が居ないと落ち着かず、眠れない程なのだ。
「ま、今日もみんなを守れたから良いんじゃないの~?」
レイが肩を竦めて労う。
戦場ではキリッとしてるけれど戦場から離れるとポヤーンとした表情を浮かべ、いつも眠そうにしている。
おかしいな? 昔はもっとしっかりした顔をする子だったのに……気づいたらこんな呑気な奴になってしまった。
なんていうか頭に花が咲いているかのようにほのぼのとした顔をする。
あの悲しそうだった顔は何処に行ったんだ? その幸せいっぱいお腹いっぱいという顔はお前の素の顔なのか?
「お疲れ様、今回も完璧~。敵が大混乱して歯ごたえが無いくらい~」
「そうなるように仕向けたからね」
作戦決行前、敵の予想進路、罠の位置、突撃ポイントを書いた紙をヤタに持たせて部隊に送り届けるのが僕の仕事だ。
今回もおおむね計画通りに事は進み、部隊の損害は限りなく少なく終わった。
「お、死の予告三匹揃って何やってんだ?」
部隊の隊員が僕達に話しかけてくる。
「見てわかんない?」
「ヤタが隊長に絞られてる」
「そう」
「巨大隕石召喚を上空からぶっ放されたら死ぬかと思った」
「フェイクだもん!」
「コラ! まだ話は終わっておらん!」
ヤタが会話に入り込もうとして隊長に怒られる。
「隕石召喚に見せた巨大爆裂魔法だったよ~」
着弾地に居たレイが当たり前のように告げる。
「また変に技術向上させて……」
呆れてものが言えない。
ヤタは目の前で相手が一度でも使った魔法なら寸分違わず、真似が出来る。
もちろん、必要魔力が足りていればの話であるが……。
ちなみに死の予告三匹とは勇者軍が名づけた僕達三匹の通り名であるらしい。
魔王領でキャンプを設置する時、近くにスライムを発見し、上空にカラスが飛んでいたら近々死を覚悟した方が良い。
そんな噂話がまことしやかに囁かれているのだとか。
更に細かく、区分けすると。
前兆のスライム
死の宣告のカラス
死神のウサギ
なのでこの三種が揃った場所では油断をしてはならないとか。
と呼ばれているとかなんとか。
僕だけしょぼい気がするが、気にしたら負けだと思ってる。
僕達三人で勇者軍の連中を掃討したこともあるくらいなので通り名があってもおかしくは無いか。
話は戻って、ヤタが先ほど唱えた魔法はヤタが変なアレンジを銜えたものだ。
見た目が氷の魔法なのに着弾すると炎の嵐が起こる魔法とか、爆裂魔法なのに氷が炸裂するとか、魔法を受ける側からすると対応に困る変な魔法を使うのがマイブームなのだ。
確かに一定の効果はある。相手に魔法の妨害を受けにくいし、防御もさせづらいものであるが。
隕石魔法と言う強力な魔法に見せかけた爆裂魔法と言う似た系統の魔法を使っては意味が無い。
見当違いな攻撃だから意味があるのだ。
「変な創意工夫して……」
「そんな褒められても困るもん!」
「「褒めてない!」」
僕と隊長が同時にしかりつける。
言葉分かってるのか非常に怪しいのがヤタだ。
「ライムー! 隊長が怒る!」
「うん。僕も怒ってるよ」
ギュウ……ヤタが全身を使って僕を抱き締める。
「ライム大好き! お嫁さんにして!」
ダメだ。全然話を聞いてない。
「「はぁ……」」
僕と隊長が同時に溜息を吐く。
「と言う訳でヤタからライムは没収~」
ズブシュ!
「おう!?」
レイが僕を角で突き刺して引ったくり、のしのしと歩いていく。
「あ~ん、ライムー!」
「お昼寝、お昼寝~」
「僕を枕にして寝るのをやめようね」
レイは休むとなると僕を枕にして寝る癖がついてしまった。
ヤタもそうだけど妙に引っ付いてくる。
「今日は~もう仕事無いもん~お嫁さんにして!」
「ヤタの真似はやめてね!? まあ、少しは休みたいけどさ」
連日の潜入任務に疲れはある。でもやることは一杯あるはずなのにこの体たらく。
昔の殺伐とした空気はどこへ行ったのか。
木陰で僕を降ろしたレイが僕を枕にする。
「だから枕にしないでよ」
「ぷに~ぷに~」
「話を聞け!」
「ヤタもー! ヤタもー!」
「コラ! お前はまだ説教だ!」
「あーん!」
こうして僕の戦場での日々は過ぎていくのだった。
△




