1
ガヤガヤと出入りの激しい空港のターミナル。
「なんだ? あれ?」
飛行機が着陸し乗客がゲートを通って行く所で……見上げるほどの大きな二足歩行のウサギ型の服を着た魔物がサングラスを掛けてノシノシとゲートの列に並んでおり、みんなその姿にくぎ付けとなってしまっている。
が、当の大きなウサギは我関せずと言った様子で携帯端末を片手に手荷物にあるパスポート及び身分証を持って黙って待っている。
「魔物化……だよな? あれ」
「わー!」
「きゃー!」
そんな大きなウサギに空港内に居た旅行客の子供が駆け寄ってキラキラした目で集まって来る。
「ウサギさんだー」
「おっきー!」
「んー?」
大きなウサギは集まって来る子供たちに意識が向き、列から離れると子供たちがついてくる。
そんな子供たちに振り返り、腰を落としてサングラスを外して微笑む。
「ウサギさん、なにしてるのー?」
「あのゲートを通る為に待ってた所に君たちが集まってきたんだよー」
「あ、そうなんだー? ごめんなさーい」
「良いよ良いよーそれで君たちどうしたのー?」
「ウサギさんが居たからお声を掛けたのー」
「そうかそうかー、じゃあヨイショー!」
ヒョイっと大きなウサギは子供を抱き上げて肩車をしてあげる。
それからスタスタと軽く一周しながらピョンピョン跳ねる。
「あはははー! たかーい! わーい」
「あ、ずるーい! 俺もー」
「良いなー」
「うふふふ……順番にやってあげるから仲良くねー」
子供たちは代わる代わる大きなウサギに肩車をして貰って楽し気な声を上げていた。
「こ、こら! 危ないからやめなさい!」
「やー! 私も乗りたいー」
見知らぬ魔物に乗る事をよしとしない親が子供の手を引いて行こうとするが、子供が駄々を捏ねる。
そんな光景に大きなウサギは近づいて親に向けて軽く手を振り微笑む。
「大丈夫だよ~お母さんもご一緒にどうぞー」
と、親諸共子供を背に乗せて四つん這いになる。
「きゃ!? あ、あの!?」
「わー! もっとー」
「はいはい~出発~」
スタスタと歩く大きなウサギの様子に子供は大きくはしゃぐ声を上げ、親は目を白黒とさせていた。
そうして順番を終えると降りるように促して立ち上がる。
「な!? こんな所で魔物の姿でいる犯罪者め!」
そこに勇者志望と思わしき冒険者が戦闘禁止である空港であるにも関わらず光を纏い、剣を抜刀して周囲に民間人が居るにも拘わらず突撃してくる。
「ん~……」
キャー! と、悲鳴が響き渡り、周囲の人々が子供共々我先に逃げ出す。
のだが、そこで先ほどの子供が一人、転んでしまう。
母親が子供の名前を叫んでいる中……ウサギは子供に向けて手をかざすと黒く光る壁が子供を守るように展開される。
「はぁあああああああ!」
ズバァっと冒険者が剣を振りかぶるのだが……その刀身を子供からかばう様にウサギは眠そうな目をしたまま片手で受け止め摘まむ様に掴む。
「な――!? く……動け! くそ!」
剣は摘ままれたままピクリとも動かない。
「こんな所でオーラを纏って剣まで出すって、危ないよ~?」
冒険者は剣を掴まれたので代わりの手をばかりに魔法詠唱に入る。
「危ないのはお前だ魔物め! 正義の名の下に――」
が、大きなウサギは残された方の手からコインを素早く冒険者の腹に飛ばす。
バシュ! っと衝撃が貫通する。
「ぐ……馬鹿な、俺のオーラを、突き破って……グフ」
ドサっと冒険者は倒れる。
「あれ? 君~? 大丈夫~? おまわりさーん。この人、勝手に倒れちゃったよー?」
白々しくウサギはそう呟いて冒険者を寝かせ、剣を横に置く。
それから転んだ子供を抱き起してポンポンと優しく頭に手を置いて微笑む。
「大丈夫? 次は転ばない様に避難しよう~」
「こ、怖かったよぉ……」
「そうだね~よくわからない怖い人が襲って来たね~お巡りさんがすぐに来るからお母さんの所に行って~」
「う、うん! ありがとーウサギさーん」
フリフリと手を振る子供にウサギは笑顔で手を振る。
急いでその場に警察は元より、勇者界隈、魔王軍の関係者が揃って駆けこんでくる。
そして……ウサギを見て目を大きく見開き、二の足を踏む。
「な、なんであなた様が」
「何処に行こうと君たちには関係ないでしょー? そんな事よりも……戦って良い場所といけない場所位の教育はすべきじゃないかな?」
倒れている冒険者の命に別状はないのが確認され、搬送されていく。
「まったく~こっちは楽しく子供たちと遊んでいたって言うのに……行き過ぎた正義と治安は如何なものかな~?」
「こ、ここでは安易に魔物の姿に成る事が出来る者はおりません。薬物の使用が疑われるからです」
「そんなのヤバイかどうか一目でわかると思うんだけどなー? もう少し分析力が必要だと思わない?」
「それでも……安易に魔物姿で居る者はいないので……」
「えー……まあ、こっちも悪い所はあるけど、こんなかわいいウサギさんにいきなり襲い掛かるのはどうだろー? どう? 可愛くない?」
どの口が言っているんだと職員は言いたくなるのをグッと堪える。
はぁ……とため息をしつつ、ターミナルの順番列へとウサギは足を向ける。
「は、早く手配をするんだ!」
騒動の影響もあって停止してしまっていたゲートなのだが職員の機転でウサギは手続きをすることが出来た。
「それじゃ、行くねー」
「あ、あなた様程の方が一体どこへ行くつもりで?」
「内緒~……じゃあねー」
と、ノシノシとウサギは荷物を担いで空港から出て行く。
そして徐にメモを取り出して広げ確認した。
「ライムの家は~……」
△
この前の事件から一週間。
シオンが僕の学校に転校してくる騒動も収まりつつある頃、どうも会議したいとブレイブハート学園から魔王軍に話し合いの打診が来たらしい。
なんて事は僕にあまり関係なく……学校は平和だ。
「あ~、彼女出来ないかな~」
昼休み、相変わらず中林君は彼女彼女と飽きもせず騒ぐ。
と、そんな中、見慣れぬフリフリの衣装を着た女の子が教室に入ってきた。
「ご主人様、お弁当を忘れていきましたよ?」
「ああ、サンキュ」
中林君にお弁当の入った袋を渡して去る。
そんなやり取りを教室に居る連中は平然と見送っていた。
気が付いていないのはルードとその取り巻きの女子達だ。
「ああ、彼女出来ないかな」
もはや、つっこむ気力も湧かない中林君の言葉に嫌々ながら頷く。
どうして僕はコイツの隣の席なのだろう。
「……さっきの、なんだっけ?」
「ん? あれか? 前にも言ったが家に住むメイドだ」
「メイド……」
そうそう、この中林君。然る大会社の跡取り息子なのだ。
両親はずいぶん前に死んでしまったらしいのだが、遺産をかなり所持している。
で、遺産を使って豪遊三昧し女の子を従事させている……ではなく、亡き両親が残した遺産にメイドたちが付いてきているのだとか。
身寄りの無い子をメイドとして養う家訓があるとか無いとか。
「彼女欲しいなら家のメイドを彼女にすれば良いじゃないかな、仲良いんでしょ?」
僕の言葉に中林君はウンザリした顔で答える。
「分かってないなぁ……メイドはメイドだろ?」
貴族階級の連中は主従関係のある奴隷を人間扱いしない。
中林君はそう教えられたのかもしれないと前は思っていたのだが……。
「あれは愛人だ。何でも言う事を聞くから彼女ではない」
単純に彼は変態なだけだ。
「……」
「どうしたんだい兄さん?」
取り巻きを掻き分けてルードが僕たちの隣に座る。
「いや……」
「塩見の弟は凄いモテルなぁ……うらやましいぜ」
「そうかなぁ? あんまり興味ないよ」
悪気の無いルードの返答に悶々とした顔を浮かべる中林君。
君もルードと大差が無いと思うのは僕だけなのかな? むしろもっとヤバイ何かだ。
「幸長……」
シオンがお弁当を片手に話しかけてくる。
「何?」
「一緒にお弁当食べよう」
「まあ……いいけど」
「おお! シオンちゃんと一緒に弁当食べるなんて光栄だな」
「……」
中林君の絡みをシオンは聞き流して近くの机をボクの机にくっつける。
途端にルードと琴音さんが立ち上がって、自分の机からお弁当を取り出すなり僕の元へ駆け寄ってくる。
「兄さん! ボクも混ぜてくれない!?」
「わ、私もご一緒したいです」
ちなみに弁当は毎朝、僕が作っている。日常的に料理が出来るのは僕だけなのが原因だ。
ルードは料理が出来ないし、琴音さんの料理は不味く無いけど、肉料理だけという偏った献立を組む。
麻奈には期待するだけ間違っている。
桜花さんに至っては、あの人は戦う以外に何か出来ることはあるのかと疑問に思うくらい悲惨なものだ。
「琴音さんは良いけど、ルードはダメだ」
「やったぁ!」
「なんでだい兄さん!」
「それはお前の取り巻きが、お前との会食をご所望だからだ」
「なんでなんで!? いいじゃねえか塩見~」
メイドを飼っている変態がルード側について意義を申し立てる。
「お前はあの女子達を見ていないのか?」
「女の子達と一緒に飯だなんて夢じゃない――ウ……」
変態はルードの後方で、各々の弁当を片手に威圧してくる女子達に圧倒されて言葉を失った。
「気にする必要なんて無いよ兄さん。ボクが兄さんと一緒にお弁当を食べたいんだ」
「僕が嫌なんだ」
せっかくの昼休みに妙なプレッシャーを感じながら飯を食べるなんてごめんこうむる。
「む~……」
「はいはーい。本日のルード様とのご会食はファンクラブナンバー126番と――」
そこへ桜花さんが教室に入ってきて毎度お馴染みルードとの昼食する権利の点呼を始める。
桜花さんと不意に視線が合う。
マッタク、ドウシテ、アナタハコトネシトショクジヲ、トロウトシテイルノデス?
前に琴音さんが熱弁していたじゃないか。シオンの身が危ないから二人でお弁当を取らせるわけには行きませんって……。
シオンが転校してきた初日、昼食を取ろうとしたシオンが今日のように僕と一緒に食べようとすると、琴音さんとルードが騒いだのが始まりだ。
毎度お馴染み、琴音さんは僕が淫乱な生き物か何か未だにと勘違いしていて女の子と仲良くしようとすると途端に目くじらを立てる。
もうツッコミを入れるのも疲れた僕は流しているけどね。
中林君もいい加減覚えろ。毎日こんなやり取りをしているんだぞ。
「ちぇ……」
とぼとぼと女子達の方へ歩いていくルードは女の子に囲まれた状態で弁当箱を開いた。
「わぁ! すごいお弁当!」
「これ、自作ですか?」
「ううん。兄さんが作ってくれているんだよ」
「自分で作るなんて凄いですね!」
「いや、兄さんが作ってくれてるんだって」
「一つもらっていいですか? 代わりに私のおかずを上げますので」
「ずるいずるい! 私も私も!」
「ああ~! 兄さんの真心が!」
「すごーい。ルード様が作ったお弁当のおかず、とても美味しいです!」
毎度ルードの弁当は取り巻きの女子に奪われて女子達のおかずをルードは頂いている。
一度、ルードは昼休みが始まると同時に脱走し、僕の作った弁当を食べようとしたが、猛牛のように集まってくる女子達に弁当を奪われた出来事がある。
「いいなぁ……あそこは楽しそうで」
メイドの飼い主が、シオンと琴音さんが居るにも関わらず、うらやましそうにルードを見ていた。
あんなのの何が良いのか僕には理解できない。
むしろあれは女性と見て良いのか?
言葉はわかっても話が通じていない。人と魔物以上を越えた何かではないだろうか?
「む……今日は肉団子」
シオンが僕の弁当箱のおかずに狙いを定める。
「させません!」
何故か琴音さんが自分の弁当箱から肉団子をシオンの弁当箱に載せ、代わりにウィンナーを奪う。
「……」
恨みがましい目でシオンは琴音さんを見つめるけれど、それ以上の追求はしないようだ。
何だろう。妙な戦いが昼休みに起こっているような気がするのは気のせいなのだろうか。
△
「それじゃあ兄さん。ボク達は行ってくるね」
「ああ」
学校も終わり、昇降口で桜花さんを連れたルードは手を振って別れの挨拶をする。
あの誘拐事件に巻き込まれたルード達はブレイブハート学園や国の関係者との会議に出席することが決まっている。
責任問題は元より、色々と長引く予定だとか。
確か琴音さんも呼ばれているんだっけ?
でも学級委員の仕事があるから遅れてくるとか朝話してたなぁ……。
ちなみに麻奈はブレイブハート学園側の関係者として出席するらしい。
巻き込まれたからとかなんとか。
シオンはどうなのだろう。勇者だし、きっと参加するよね。
「それでは幸長さん。ごゆっくり」
桜花さんが嫌な含みを入れて別れの挨拶をする。
うーん。なんだか最近、ピリピリしているみたいだ。
誓子が裏で糸を引いていた裏切り者だと魔王軍からの報告を聞き、その後の雑務に追われている所為だ。
今回の会議の手配にも桜花さんが関わっている。
参謀が抜けた穴は大きいということか……。
「じゃあな」
「絶対に……待っていてね」
「今生の別れみたいに手を握るな」
ルードが僕の手を握り、何度も振る。
兄離れの出来ない弟が居ると疲れる……別れを惜しみつつルードは迎えの車に乗って校門を後にするのだった。
僕はその足でまっすぐ家に帰る。
△
「えーっと……」
メモを片手に大きなウサギは町の中を歩いて行く。
ブオーンと車が走っていく道路へと視線を向ける。
「わー……魔王領じゃあんまり見ない車が滅茶苦茶走ってるやー」
って所で通り掛けにスーパーへと視線が向かい、そのまま店内に。
「……人参」
で、ニンジンの入った袋を掴み、レジへと向かう。
「あ、お金はこれで」
レジの受付が驚きの表情をしている中、さも当然のように大きなウサギは携帯端末のタッチ操作で会計をする。
「あ、ありがとうございました」
「どうも~」
会計を終えてスーパーから出るとスナック菓子をつまむ様にニンジンを取り出してポリポリとつまんだ。
「ウサギさんだー」
その後ろにはウサギにやはり子供たちが集まって来る。
そんな子供たちが危険にならないようにとばかりにウサギは……目の前の公園に行く。
「ウサギさん。これ食べるー?」
「野草だね。頂くよ~」
と草を出されたのでそのままむしゃむしゃと食べて上げる。
「あ、食べたー!」
「かわいいー撫でさせてー」
「良いよー。ウェルカム~」
「ふかふかー」
「わーい!」
子供たちは突如現れた大きなウサギを前に群がって撫でまわし続けていたのだった。
そんな中……満月の日はウサギ系の魔物であろう子供が恐る恐るウサギを撫でる。
「ふかふか……どうしたらそんな大きくフカフカになれるんですか?」
「えー? 君もふかふかじゃないか、大きさなんて大したことじゃないよ。楽しく幸せで良いじゃないかー」
「うん……」
「そんな君も特別、この子もふかふかだよ。みんな楽しくフカフカしよー」
ふわっとウサギが黒い結界を放つとウサギ系の魔物の子に満月の日の特徴が現れ、ウサギの耳が生え、手足だけモフモフになる。
「わーもふもふー」
「すげー!」
「ウサギさんが何処でも魔法使えるー! すごーい」
「うふふー」
なんて賑やかな公園の中でウサギは時計に目を向けた。
「どうしたもんかなー……」
△