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第2話

 休憩時間を終えるチャイムが鳴り、皆が自分の席に着き始めた。


 しかし、チャイムの余韻が聞こえなくなり、全員が椅子に腰かけ「準備完了!」状態になったにも関わらず、司会進行役である筈の佐々木先生がなかなか現れない。


 それに痺れを切らしたか、徐々に教室はクラスメイト同士の雑談で騒がしくなっていった。無論。俺の前に座る男が、そんなチャンスタイムに便乗しない訳もなく、


「いや~、凄い奴とクラス一緒になっちまったな~」


 と、上半身だけを雑巾絞りのように捻じ曲げ話しかけてきた。


 コイツは「無駄筋」改め、色紙好男。無駄にゴツく、無駄に日焼けしている。


 そして、悲しいことに、入学して最初に言葉を交わした相手でもある。


 しかも、教室での座席も俺の一つ前っていう。ロミジュリもお顔真っ青の運命共同体だ。こんちくしょー。


 しかし、今はこんな奴の事より


「あぁ。確かに、凄い奴だったな・・・」


 先程の休憩時間で絡んできた女子。いや、もはや玉突き事故と呼ぶべきかもしれない。


「名前・・・何つったっけ?あ・・・あま・・・あま・・・甘党?」


「天原だ。」


 その人物の名は天原マナ。


 俺がそう教えてやると、色紙は「そうそう!」と言いながら、垂直にたてた右拳を左手のひらに「ぽんっ」と効果音を鳴らすように振りおろし、アホっぽく口を開け一笑いし続けた。


「最初は変な奴~って思ったけど、色々話してみたら、なかなか面白い奴だったな~。アーマーパワーって奴は。」


「天原な。」


 俺が天原と会話した時間はわずか五分足らず。


 その短時間で、俺が抱いた第一印象「凛々しい女の子」を彼女は見事に否定してくれた。


 今は、どうなのかと聞かれたら「ウザいエイリアン」といったところか。その由来は、地球人離れした言動、行動のその他ない。


 とにかく、色紙が言うように、とんでもない奴とクラスメイトになってしまったのは事実だ。


「う~ん。やっぱりコンニャクは砂糖としょうゆでしっかり煮詰めると美味いよな~」


「それは、甘辛な。・・・って、さっきからめんどくせーんだよ!何だその、原始時代レベルのボケは!」


 そして、俺の目の前に座るコイツもとんでもなく面倒くさい。


 俺が色紙にツッコミをいれていると、教室のドアが「ガラガラ」と音をたて開いた。それを受け、色紙を含むクラス全員が前に向き直り、今まさに教卓に向かっている女性に目を向けた。



「じゃあ、新1年生恒例の自己紹介タ~イム!パフパフ!」


 教室に入ってきた俺達1年B組の担任、佐々木良子が教室に入るなり開口一番に放った言葉がそれだった。


 それにしても、この人の合コン的なノリはいかがなものか。ま、合コンなんか行ったことのない俺が言うのもなんだけどね~。


 俺は、今後の人生にも縁がなさそうなワードの出現に、拗ねた子供のように唇を尖らせた。


 それと同時進行に、教卓に立つ担任教師の、朝に行った自己紹介と大して内容は変わらない挨拶、合コン風に言うと「アピールタイム」が始まろうとしていた。


 朝の時は聞き流していたため、今回はちゃんと聞こうと、俺は耳を傾けた。


「じゃあ。改めて。君達の担任の佐々木良子です。よろしくね!ちなみにアラサー、アラサッサ~!・・・ありゃ?」


 ・・・大事なことを忘れていた。奴は、彼女は「魔の氷河期イービルブリザード」の使い手という事を。

 

 そして、それを直に受けてしまった俺は、超巨大次元空間断裂型扇風機の風でも浴びているような悪寒に襲われ、同時に確信した。


 彼女のカルチャーは戦闘型カルチャーだ、と。



(※新帝君たちが住むこの世界に、超能力者や特殊能力を使える人間は居ません。今からの内容はあくまで、新帝光君の脳内設定です。それを考慮してお読みください。)



 俺も使う事が出来るカルチャー(文化)。


 人間の性格、体格が十人十色なように、カルチャーにも色んな種類があると俺は見ている。


 ご存じの通り、俺のカルチャーは一見寝てると見せかけて、周りのありとあらゆる情報を自分の手中にするという「神の休息クレイアヴォイアント」と呼ばれる(呼んでいる)ものである。


 しかし、その能力は、あくまで敵にダメージを与えることはできない。が故に、前線で戦うものをサポートする後衛役でしかない。


 となると、前衛役が持つべき能力。それは、敵にダメージを与えることができる能力、言うなれば戦闘型カルチャーだ。


 その戦闘型カルチャーもいくつかの特性によって分別することができる。


 肉体に直接打撃などでダメージを与え、力で相手を粉砕するもの、相手の精神にダメージを与え崩壊させるもの。


 佐々木良子の「魔の氷河期イービルブリザード」は後者に合致する。


 その何よりの証拠は俺を襲っている悪寒だ。つまり彼女のカルチャーは、その言葉一つで相手の心に吹雪のようなものを起こし、凍らせる。まさに氷河期と呼ぶにふさわしい技だ。


 しかし、俺や佐々木先生を含め、どのカルチャーにも共通して気を付けなければならないことがある。


 それは「欺く(あざむく)」事。つまり「いかにして日常生活に溶けこませるのか」が重要なのである。


 俺は、睡眠という作業に溶けこませているが、俺達の担任教師はカルチャーを「言葉」に溶けこませてきたのだ。なんと恐ろしい人物だ。


 しかも・・・


「え・・・え~と、ほ、ほらみんな!リアクションプリーズ!リアクションプリーズ!ついでにプリーズキスミー(投げキッス)!・・・なんちって」


 その威力も半端ではないのだ。


 俺の体の震えはさらに増した。この震えが、悪寒によるものか恐怖によるものかは分からない。


 俺は体の震えを抑えるように、両腕をクロスさせ肩をつかみ、身を縮ませた。


 見ると、他のクラスメイトも微動だにしない。


 やられた。


 俺が・・・いや、この教室が支配されたのだ。佐々木良子の魔の唇によって。


 身動きが取れない以上どうしようもない。さすがの俺も正直、死を覚悟した。


 しかし、その時、


「あの~」


 と言い右腕を上げながら、廊下側の一番前の席の女子が静かに立ち上がった。


 その、どこか遠慮がちに立ち上がった女子こそ、先ほど話の主題になった人物、天原マナだった。


「ちょいと・・・失礼しますよっ・・・と」


 そう言いながら、映画館に途中入室するサラリーマンのようなジェスチャーで、教卓に向かう天原をクラス全員が注目していた。


 俺は、思わぬ救世主メシアの登場に「コイツならこの空気をどうにかしてくれるかもしれない」という期待と共に、一抹の懸念を抱いていた。


 それは天原が「上塗りスベり」するのではないかという不安である。

 

 こんな空気の中、天原が余計なことを言って、さらに教室が変な空気になったら、それこそジ・エンドである。


 しかし、今の俺達に出来ることは、天原がこの空気ぱれっとを奇麗にしてくれる事に賭ける事だけだった。


「え、えーと?どうしたんですか?」


 近づいてくる天原に対して、佐々木先生はあまりにも妥当な反応を示した。


 多くの生徒が固まっている中、言葉を発し、ましてや自分に近づいてくる生徒が居るのだ。授業中に。


 疑問の言葉が出るのも無理が無い。


 そして、何故か、その生徒はとても険しい顔をしていたのだ。


 頼む!この空気をどうにかしてくれ!


 天原の口から出る言葉が、復活の呪文であることを、俺は全力で祈った。


「う~ん・・・やっぱり・・・」


 佐々木先生をじっと見つめている天原が、なにやらブツブツ呟いている。


 頼む!焦らさないでくれ!


 早く、生きるか、死ぬかはっきりさせてくれ!


 デッド・オア・アライブ!


 俺が、心の中で、天原に本日二度目の頼みごとを叫んでいると、ようやく、天原が話の核心に触れるような語り口調で話し始めた。


「痛いですな・・・」


「はい?」


 佐々木先生の表情が微妙に険しくなる。


「その、小ジワが目立ち始めている顔で、投げキッスは・・・痛い!痛いですぞ!アイタタタですぞ」


「あふんっ」


 佐々木先生の、悲痛な叫びだかどうか判定に困る声は、教室中に響き渡った。


 そして、音速のスピードで俺達に駆け巡ったのは、佐々木先生の声だけではない。


 それは、天原の発言が、二十代女性を怒らせるには十分すぎる内容だったことによる、二次災害警報だ。


 火に、油とガソリンとお気に入りのスニーカーを入れられたような気分だった。


 俺は、目を開けたらお花畑が広がるだけの世界になっていてほしいと、半ば現実逃避の祈りも込め、静かに目を閉じた。


「ぷ・・・くくくっ」


 その数秒後、天原と先生の会話が終わって以降、静寂が続いていた教室に、誰かの笑いを押し殺しているような声が聞こえた。


 そして、目を開けると、俺の席の前では大きい背中が小刻みに震えている。


 設立数秒の探偵事務所の探偵さんでも解けるような、ミステリー。その、声の犯人が色紙であることは一瞬で分かった。


「ぷぷ・・・プハ、ヒャハハハハハハ!」


 もはや隠す気など微塵にも感じさせない笑いと共に立ち上がった色紙は、両手を腹に当て、またもアホっぽく顎を天井に向けたり、無駄に顔面を前に突き出したり、白鳥の舞らしきものを踊ったりしていた。無論、その間もずっと笑い続けている。


「あ、あふ、ぷはは・・・あふんてナンすか?あふんって・・・ぷぷっ」


 色紙の爆笑の原因はそこなのか!?


 だとすると、笑いの沸点相当低いぞこいつ!


 そう言って笑っている色紙に、馬鹿にされてると思ったのか、佐々木先生も負けじと反論を始める。


「何言ってるのよ!『A・HUN』は外国ではオーソドックスでナイスなリアクションなのよ!とっても、ナウいのよ!」


 いやいや!一つや二つ海を越えたところで、「あふんっ」なんて言葉が、人々の間で行き交っているわけがないだろう!そして、これからもそんな時代が来るはずがない!


 てか、今更ナウいなんて言葉を使っている人を久しぶりに見たわ!


「先生~ナウいなんて死語ですよ~。年代の違いを感じちゃいますよ~」


天原ぁ~!それは、思っても口に出しちゃだめだ!


「あふんっ」


 だから、それは流行らないです!


 こんな感じで意外にも、佐々木先生、色紙、天原の会話は成立していた。


 そして、その会話が進むにつれてクラスの張りつめていた空気は徐々に軟和されていった。


 三人の会話も一段落ついたようで、


「じゃあ、自己紹介!出席番号一番からいってみよ~!」


 今こそ、自分の汚点を洗い流すチャンスと見たか、佐々木先生が生徒に自己紹介を求めてきた。


 しかし、出席番号一番の奴からしたら大迷惑だろう。軽くなったとはいえ、この空気は自己紹介をするには重すぎる。


「じゃあ、一人ずつ、名前を言った後、何か面白い事をしてくださいね~」


 しかも、思いっきりハードルを上げてきたのだ。


 クラスでは、佐々木先生の突然の無茶ぶりによってざわめきが起こっていた。


 そして、俺も順番が最初でないだけで、いずれは何か「面白い事」をしなければならないという状況に焦りを感じていた。


「何すりゃいいんだよ・・・」


 思わず、そう呟いていた。


「なんだ~?さては、なにも用意してね~よって面だな?」


 俺にそう言いかけてきたのは、会話が終わり、今はおとなしく椅子に座ってこちらを向いてきている色紙だった。


「なにもって・・・まさか、お前何か用意してきているのか!?」


「あたぼーよ!入学初日だぜ?そりゃあもう、とっておきを用意してるぜ!なんせ、三年間もの時間を費やして、今日のために計画を練ってきたんだからな!」


 三年って・・・。どんだけ高校の自己紹介に人生かけてんだ?


 しかし、今この瞬間では、色紙の方が戦況的には有利なのは間違いない。


 なんせ、最初の自己紹介だ。このクラスの中で、まだ会話をしたことが無い人間にとっては、ファーストコンタクトになる。


 こんな状況で、下手なことやらかしてしまえば、わざわざ高い学費払ってこんな学校に来た理由や、俺の高校三年間が全て、水の泡になる。


 俺は、少しの間考えた後、あくまで意地やプライドを宙吊りにして保った態度で、ワラ人形にでも縋るような気持ちで、色紙に教えを請うことにした。


「なぁ、どんなことするんだ?」


 俺がそう問うと、色紙は血眼全開、鬼気の満ちた顔になり、何かを押さえつけるような口調で、無駄に近い距離から俺に語ってきた。


「あぁ~ん?こっちとら~三年間も考えた、プレミアム証明書付きの色紙家の宝刀を出そうとしてんだよ~。誰がこんな形で言うかぁ~。ボケぇ~!」


 あまりの殺気、熱気、剥き出しになっている歯茎に、さすがの俺も気遅れをしてしまった。


 足を使い、自分の椅子をちょっとばかし後ろに下げる。


 そして、謎の怒りを露わにしている色紙に対して、十分な距離を作れたところで、俺は「軽いジョークで色紙を宥めよう大作戦」に移ることにした。


「ほ、宝刀っていうと、アレか?剣術でもするのか?いや~カッコいい!よっ!現代に生まれた剣豪!佐々木小次郎!」


「俺は色紙だっ!!!」


「知ってるよ・・・」


 正直、コイツに正論で返されたことは腹ただしい。


 もう、自己紹介とか「面白い事」とかはどうでもいい。一刻でも早く、コイツに、色紙に目の前からいなくなって欲しい。


 とても面倒くさい。


 俺が、頭の中で「色紙君に目の前から居なくなってもらおう大作戦」をたてていると、色紙は急に人形遊びに興味を無くした少年のような顔を一瞬見せた後、腹の立つ爽やか笑顔に戻り、


「まぁ、期待しててくれや・・・おっ?出席番号一番が始めるぞ」


 そう言いながら、色紙は体を教室の前、そして出席番号一番が居る方向に、体と顔を向けた。


 色紙の突然の変わり様に少し戸惑ったが、それより出席番号一番がどんな事をするのかが気になる。


 俺は、目の前の男の座高の高さを恨みながら、少し体をずらし、教卓に立つ、クラスが無音になるのを待っている少女に目を向けた。


「・・・ん?言っていいのかな?」


 そう言いながら、何やら大きいカバンのような荷物を持って立っている出席番号一番。


「はい!!!一番天原マナ、いっきまーす!いってらっしゃーい!たっだいまー!・・・ハイ!」


「お前かい!」


 先程までの、トップバッターへの同情の気持ちを返してほしい。


 そうだった・・・。名字の最初が「あ」の人間にはもれなくそういう権利がついてくることを忘れていた。


 そして、奴の名字は天原。


 イコール、史上最悪の特攻隊長。


 そんな、特攻隊長による誤爆必至の自己紹介が始まってしまったのだ。


「え~と、特にあだ名とかは無いので~、天原でも、マナちゃんでも、クラムチャウダーでも、ドメス

ティックバイオレンスでも、好きなやつで呼んでください!」


 後ろの二つは何だ!?


 そんなツッコミをする暇を与えてくれぬまま、天原は次の動作に取り移っていた。


 クラス中の誰もが気になっていたであろう、天原が抱えていた謎のカバンのような大きな荷物。


 それを、今まさにといった表情で開け、中身を取り出そうとしていた。


 中から出てきたソレは、それぞれの四角形の面が違う色をした立方体の物体。いわば、大きなサイコロの様なものだった。


「じゃっじゃーん!天原サイコロ~!」


「天原さいころ~?」


 ちなみに、今のは天原が一人二役を演じていた。


 これが、自分で出した物に対し、自分でレスポンスをする。いわゆる、自答自問ってやつか。


 天原は、自分の問いに対し、説明するように話し始めた。


「今から、私がこのサイコロを転がします。そして、出た面に書いてある質問を読み上げま~す」


 おいおい・・・どこぞやのお昼時のトーク番組で似たような光景見たことあるぞ。


 「その質問に気分次第で答えま~す!」


 どこの気まぐれシェフだ!

 

 ていうか、お前が考えた質問にお前が答えてどーすんだ!?


 そのサイコロの面には、俺達が天原に対して知りたい事についての質問が書いてあんのか?


 俺達のそんな考えを余所に天原は「なにが出るかな?なにが出るかな?」と何やら愉快なリズムに合わせて歌いだし、サイコロを転がした。


 「出ました!パンはパンでも食べられないパンってな~ンだ?」


 めちゃくちゃベタな、なぞなぞきたー!しかも、超どうでもいい。


 え?なに?この答えを聞いて俺達に得はあるの?幸せはやってくるの?


「はい!答えます!それは、死んだお爺ちゃんの形見パンで~す!」


 リアクションとりずれーよ!


 確かにそれは食べられないけど、此処でそれを言ってどうするんだ!TPOってもんを弁えてくれ!


「ということで・・・しくよろ!」


 うぜぇ。



 こうして特攻隊長天原による自己紹介と「面白い事」発表会は終わった。


 しかし、天原が残した影響は甚大であった。


 まず、発表者は教卓に立たなければならないという規範を残した事。


 そして、もう一つは「面白い事」に対するハードルを埒外に上げてしまった事。


 トップバッターにいきなり、あんな事をされたら後ろに控える俺達からしたら堪ったものじゃない。


 何故なら、「天原サイコロ」がとてつもなく面白くなかったからだ。


 つまり、あの「天原サイコロ」よりつまらないことをしてしまえば、「天原以下の人間」というレッテルを貼られてしまうのだ。


 当然、クラスの皆もこの事に気付いているはずだ。教室の空気が先程より引き締まっている。


 「面白い事」をするという事だけでも、高いハードルだったにも関わらず、そこに「天原サイコロ以上」という条件が付いただけで難易度は大分違った。


 普段なら何てことなく渡れる平均台でも、そこに「下が針山」とか「上空三十メートル」というオプションが課せられるだけで、成功への確信は薄まっていく。


 成功のイメージより失敗のイメージの方が鮮明に見える。人間はそういう風にできているのだ。


 そして、俺達が挑んでいるハードルは、失敗すると「最悪の第一印象」というイメージを、映写機の様なもので心に鮮烈に映し出してくる。


 もはや、失敗は許されない。


 俺は、助走に三年間もの時間を費やし、おそらく物凄い跳躍力でハードルを飛び越えるであろうとされる、目の前の男に助けを求めた。


「色紙~俺、どうしよう・・・」


 そう色紙の肩に手を乗せながら問うた。


 しかし、返事が無い。


「色紙・・・?」


 俺が再度問うと、色紙はようやく反応を見せ、ゆっくりとスローモーションのようにこちらを向いた。


 しかし、完全にこちらに向いた色紙の顔に余裕はなく、びっしょりと汗で濡れていた。


「ちょ・・・ど、どうしたんだ?その汗・・・」


 色紙は、引きつった表情で無理やり笑顔を作り、


「は、はぁ?なな何言ってんの?これ、汗じゃねーし。あ、あれだよ・・・おしっこ」


「もっとタチ悪いわ!そこは、せめて涙だろ!フォローになってねーんだよ!悪化してるよ!」


「そそそう!涙!涙!俺、実は涙もろくて・・・オロロロ」


「いや・・・まあ・・・汗だよね」


 実際、色紙の目に涙が浮かんでいたのは事実であった。


 汗と涙の夢のコラボレーション、断崖絶壁に立たされた人間でしか知らない絶望の顔、色紙の顔にそれが存在していた。


 何が色紙をそんなに追い詰めているのか。皆目見当がつかなかった。


 俺が頭の中で考えを巡らせていると、色紙は「ふっ」と鼻笑いした後、空現な表情になり、


「なあ、この自己紹介が終わっても・・・俺達、友達・・・だよな・・・?」


 と何かを残すような口調で話し始めた。


 というか、どこの死亡フラグだ!それは!


 色紙の言葉の真意を俺が聞こうとした時、


「じゃあ、次は色紙君!どうぞ!」


 と佐々木先生の自己紹介の順番がきた事を告げる声が聞こえた。


 俺達が話している間もクラスの自己紹介は進んでおり、着々と被害者は増えていたようだ。


 しかし、クラスの空気から察するに、ここまで「天原サイコロ以下」の事をやった人は居ないと思える。張りつめていたクラスの空気に二割ぐらい安堵感の成分が混合されていたからだ。


 そこに、三年間の助走を経た色紙が行こうとしているのだが・・・。


 どこか、自分で出した死亡フラグを回収しそうな雰囲気を醸し出していた。


 俺は、色紙を教卓に、戦場に行かせてはいけない気がした。


 仲間を・・・友を失ってしまう・・・。


「色紙っ!!!」


 俺は友の名を呼んでいた。


 今まさに、立ち上がり、戦場へと旅立たんとしている友の名を。


 そんな俺の声に反応し、色紙は、立ち上がったところで、その動作を止めた。


 色紙はそんな俺の声を振り切るように叫んだ。


「行かせてくれっ!俺は絶対戻ってくる!」


 前を向いていたため表情こそ見えなかったが、その声には真っすぐで、空に向け一直線に咲かんとしている花の様な力強さがこもっていた。


「色紙・・・」


「大丈夫さ。お前が俺を信じていてくれたらな」


「色紙っ・・・!」


 俺には、名を呼ぶことしか出来なかった。


 もはや、色紙に俺の声は届かないであろう。


 それなら、俺に出来ることはただ一つ。色紙を、友を信じて見送ることだけ。

 

 色紙は、教卓に向けてゆっくりと歩き始めた。


 一歩目。自分の宿命を背負いながら。


 二歩目。信じる友の思いをその足に乗せ。


 三歩目。そして、クラス全員の・・・おや?


 色紙が三歩目を踏み出した時、彼のポケットから「何か」が「ぽろっ」と、落ちたのを俺は見逃さなかった。


 俺は、急いで立ち上がりその落ちた「何か」を拾いに行った。


「お、おいっ!色紙っ!何か落ち・・・た・・・ぞ・・・」


 彼がポケットから落としたソレは手のひらサイズで、それぞれの面が違う色をした立方体の物体。それには彫刻刀の様な物でこう刻んであった。


「色紙サイコロ」と。


 俺は絶句した。


 色紙の、天原の自己紹介の後からおかしくなった挙動の原因が分かったからではない。


 彼は言っていた。三年間考えた、と。


 そんな長い時間を費やし考えた渾身の「面白い事」が出席番号一番と被ってしまったのだ。


 しかも、超絶的に面白くない内容で。


 最初にあんな面白くないサイコロシリーズを披露されてしまったら、それと同じことをするときに「あ~出た~面白くないサイコロのやつだ~」とか、「またそれ~?新鮮味に欠ける~」などという、天原によって作り出された先入観が刷り込まれてしまう。


 そんな、空気の中でいくらテンションを上げて「色紙サイコロ~」とか言っても、場が白けるだけである。


 そう。色紙は三年間の努力を潰されたのだ。「天原サイコロ」によって。


 その事実を知ってしまった俺には、色紙の背中に漂っている哀愁を直視することは出来なかった。


 俺は、手のひらに乗せてある「色紙サイコロ」をグッと強く握りしめた後、戦場に向かって力強く歩いている男の背に向け誠意の意を込め敬礼をした。


 そして、自然と己の目に溜まっていた涙を制服の袖で拭いながら、自分の席に戻った。

俺は心に誓った。


 彼が、色紙が例えどんなに面白くないことをしたとしても、どんなにどうでもいい話を始めたとしても、心の底から笑い、誰より温かい称賛の拍手を送ろうと。


「色紙好男だっ!よろしくなっ!」


 自己紹介を始めた彼の顔から迷いは消えていた。


 さあっ!何でも来いっ!


 絶対に場を白けさせる訳にはいかない。彼の三年を無駄にしてはいけない。


 俺は固唾を呑んで彼の言葉を待った。


「よしっ!」


 そういって、色紙は膝を曲げ、腕を海草のように揺らめかせながら叫んだ。


「あっじゅば~あっちょろぱろ~ん、びろ~ん」


 ・・・いやいや、さすがにそれはないわ。


 クラスには再び静寂が訪れた。


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