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プロローグ

「音もたてずに割れたガラスと、派手に音をたてて割れたガラス、どっちが不運だと思う?」


 季節ってのは規則正しい生活を毎日、毎日続けている皆勤者だ。


 春が終われば夏が来る。夏が終われば秋が来る。秋が終われば冬が来る。


 そして、冬が終わればまた春と・・・。その性格の身代わりの早さには、毎年驚かされるばかりだ。


 その中で、地球上に生息するすべての生物、植物がその「多重人格マルチキャラクター」に振り回されながら必死に追いかけ続ける。


 それを世間一般的に「衣替え」というらしい。


 生物や植物はそれぞれの環境に適した姿、つまり「衣替え」をして命をつないでいる。


 しかし、その追いかけっこで振りきられた者や、追う気力を無くした者は、次第にその身を滅ぼされていく。いや、滅ぼしていくのだ。冬眠に失敗した蛙のように。


 最初は小さな変化かも知れない。蚊に刺された程度の衝撃かもしれない。


 それでも、その衝撃は確実に亀裂を生み二次元だか三次元だか分からない世界を彷徨い始める。「千里の道も一歩から」とはよくいったものだ。


 亀裂という旅人が一歩でも足を踏み出せば、世界の規模の大小に関わらずあっちこっちに行きまわって観光でもしてるかのように、色んなところに進み、色んなところで曲がり、色んなところで止まる。


 しかし、考えてみてほしい。


 その旅人はどうやって歩を進めているのだろう。


 スクーター?徒歩?という話ではなく、何を動力にして動いているかということだ。


 車のフロントガラスにボールを当てた、もしくはそんな光景を見たことあるだろうか?


 それは、小学生時代に外出中見た光景だったのだが、目の前の停車している車のフロントガラスのど真ん中に左斜め上から飛んできた硬式の野球ボールが直撃した。


 そのボールが硬式だとわかったのは、道の左側に沿って建っていた高等学校のグラウンドから飛んできたからだ。


 それが場外ホームランだったのか、世紀の大暴投だったのかは、いまだに謎のままだ。


 そして、車のフロントガラスに目をやると、中央から波状に伸びているようなひびがあった。


 当時小学生だった俺には「クモの巣ガラス」になってしまった車の所有者への哀れみの感情より、その「クモの巣ガラス」への興味の方が圧倒的に勝っていた。


 「何故、ガラスの中央にしかボールは当たってないのに、周りにも傷が入っているのか」と。


 その時は、興味を抱くだけで終わった。


 その抱いた興味の目も、数秒後にスパイクの鈍い金属音を鳴らしながら走ってきたユニフォームを着た人が、涙目になりながら説教しているおじさんに向かって必死に頭を下げている光景に向いてしまった訳だが。


 何でいきなりこんなことを思い出したのだろう。


 決して、特別なきっかけがあった訳じゃない。しいて言えば、先ほどタンスの角に足の小指をぶつけた。それぐらいだ。


 しかし、俺の思考回路も確実に大人に近づいているのだろう。


 その、プリンに醤油をかけたらウニみたいな味になるとかの無駄知識と「どうでもいいレベル」が同じくらいの思い出話と、俺の中の「何か」がリンクしたのを感じた。


 そして、その「何か」を言語に変換して仮説をたてることにも成功した。


 まあ、これはあくまで「もしかしたら」が前提の話になるが聞いてもらいたい。


 「あのとき見たガラスのひびと、人の心って似ているんじゃないか」


 例えば、自分の中ではすごく仲の良い友達がいたとする。その友達に、何の前触れもなくいきなり「嫌い」と言われたらどう思うか。

 

 最初は「はい?」となると思う。


 しかし、その友達も「真面目に嫌いオーラ」をこれでもかというぐらい放っていて、そのまま時間だけが経つと、自分の心境に変化が出てくる。


「本当に嫌われているんじゃないか?」と。


 そして、その不安が確信にさらに変化を遂げたとき、人の心には、


「何で嫌われたのだろう」


「もしかして、他の皆にも嫌われているのではないか」


「もう、仲直りなどできないのだろうか」


 と、様々な負の考えが、様々な方向に広がるように駆け巡る。


 まるで、ガラスの罅のように。


 もちろん、十人が十人そうだとは思わない。


 中には、衝撃を受けた部分のみが穴を空け周りは無傷という人もいるだろう。しかし、そういう人は「百戦錬磨のスルースキル検定黒帯」を持つほどの人物だろう。


 少なくとも、俺は違う。


 「嫌い」なんて言われたら、まず自分を疑う。それで分からなければ相手を疑う。そういった心理がお互いの心の罅を広げ、亀裂を深め、最終的には自分も相手を嫌いになっているかもしれない。


 つまり、トリガーは何にせよ自分の心の傷を深くしている犯人は、自分自身だということだ。


  残念ながら、この仮説も「公式」でしかない。公式ってのは使い方を知らなければ意味がない。そうだろう?


 少なくとも「あの質問」を投げかけられた時の俺の中には、この公式を使いこなす力も、生み出す力も備わってなかった。


 解く気もなかった。馬鹿にしてしまった。「意味わかんねーよ」と鼻で笑ってしまった。


 そんな、安易な行動で俺はど派手に「衣替え」に失敗し、大切な人のガラスに亀裂を生み、割らせてしまった。


 これが、少しばかり大人に近づいた俺なりの答えだ。


 この公式の使い方さえ分かれば、いつか答え合わせができる。


 そんな気がした。


 まあ、あくまで「もしかしたら」が前提の話だが。


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