表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

8,前へ進むこと

その日の朝早く、シーラカンス島南警察署に一通のハガキが届いた。


「今晩十二時に、そちらの警察署にお邪魔します。

            金庫の中身には、十分にご注意を。   盗賊団ダリアより」


この予告状に、警察署は騒然としていた。ダリア対策本部では緊急会議を開き、これをどう対処するかが話し合われた。結果、ダリアを捕まえるという事を前提で、金庫を中心に厳重な警備を行うことが決定された。指揮官長ノルズ・ウィリアムは、会議後自分の事務室で改めて今晩の段取りを確認していた。

「ウィリアムさん、新聞会社に今回の事を記事に載せるよう手配したって、本当なんですか?」

コーヒーを持ってきた秘書の女は、やや神妙な顔つきでウィリアムに話しかけた。

「ああ、もちろん。彼らは公にされるのが好きらしいからな。号外でも出してやれば喜ぶだろう」

「そうなんですか。さすが対策本部指揮官長だけあって、彼らの事には詳しいのですね」

「いや、私は何も知らんよ。……ダリアという盗賊団についてはね」

「しかし少なくとも、私みたいな一般人よりは良くわかっていらっしゃるでしょう」

それから事務的会話を二言三言交わすと、秘書は部屋から出て行った。

ノルズはしばらく書類に目を通していたが、やがて疲れた表情でため息をついてつぶやいた。

「盗賊になってしまったあいつの事は、もう何も……」

スーツの内ポケットから、ロケットペンダントを取り出す。

ロケットの中の写真には、美しい黒髪の少女が写っていた。ボブカットで無造作な髪が、彼女のはつらつとした表情をより際立たせている。

「エリザ……」

そして一言、消えそうな声で彼はつぶやいた。

                 *  *  *

 時刻は午後十一時五十七分。

南警察署は、静寂に包まれていた。特に金庫室を警備する者達の顔は、皆緊張で強張っている。何しろ、半年間このシーラカンス島を騒がせてきた盗賊団を、捕まえる絶好のチャンスだ。この機会を逃すわけにはいかない。誰もがそう思っていた。間もなく、時計の針は十二時を回ろうとしている。

そして署内が驚愕に包まれたのは、本当に秒針が十二の上を通ったその瞬間だった。

「…皆さん、時計が十二時を回りました。こんばんは、ダリアです。ただいまから……というか、もうすでに侵入済みなんですが──金庫へ向かわせていただきます」

各部屋や廊下の天井にあるスピーカーから、男の声で放送があったのだ。

「ノ、ノルズさん、これって……! どうなさいますか!?」

金庫室の前で、一緒に警備していた警官が、慌てたように話しかけてきた。

「落ちつけ。とりあえず、今やつらは放送室にいる。無線で放送室前にいる奴に、連絡するんだ」

「了解です!」

ノルズでさえ、この突然の出来事に冷静さを保つことで精一杯だった。既に侵入していようとは、夢にも思っていなかった。しかしそれならば、彼らは必ずここへやってくる。きっと自分が捕まえてみせる。彼の脳裏には、黒髪の少女が浮かんでいた。良く似た、二人の少女が。

                 *  *  *

「けけけけけ、焦ってる焦ってる。いやあ、実に滑稽な眺めよのう」

「何だその喋り方。お前一体何人だよ……」

南警察署の庭にある高い木の枝に、二人の人間が腰掛けていた。下には警察官が行ったり来たりしているが、他の場所に比べると、ここはいわゆる“警備が手薄な場所”だった。ラティスは、先ほど異様な笑い方をしつつ双眼鏡を覗いていたエリザに、あきれたような視線を向ける。

「だって、あいつの慌てっぷりが面白過ぎなんだよ。ほら、あんたも見てごらんよ」

渡された双眼鏡を覗いてみる。するとあのノルズ・ウィリアムの姿があった。冷静さを装ってはいるが、確かにどことなく焦っているように見受けられる。

「あんなおっさんの慌てるとこ見たって、面白くねーし」

ぶすくれた顔で、ラティスは双眼鏡をエリザに返した。

「はいはい、またアイオンが先に侵入したからって、そうすねるんじゃないよ。あんたにはこれから、色々とやってもらわなくちゃならないんだから」

「でもさぁ……」

「はいはい、おまけにルージュまでアイオンに取られたからって、焼餅焼かないこと」

「や、焼餅なんか焼いてねぇよ!」

「あたしの苦渋の判断だ、わかってくれ。今あんたとルージュを組ませたら、お互い気を使っちまうだろ? また些細な事で、喧嘩を始める可能性だってある」

「そんな事誰がわかるかよ」

「わかるさ……人間ってのは、想い人が出来るとそっちに気をとられて、道を踏み外すことさえあるんだ」

その表情がいつになく切なく儚げで、思わずラティスは喉まで出掛かった反論の言葉を飲み込んだ。

「よし、それじゃあたしらも行こうか」

しかし、次の瞬間にはいつもの笑顔でラティスを見ている。今のは気のせいだったのか──だがラティスは、それ以上考えるのをやめた。今は仕事に集中しなければならない。何より、今回はルージュのためでもある。

「うーん……もしやこう思うことが駄目なのかな」

「何言ってんだい? ほら、行くよ!」

「あ、うん」

そして二人は颯爽と木から飛び降りた。調度側を通りかかった警察官が、突然の侵入者に驚き声を上げようとしたが、その前にエリザに蹴り倒されて意識を失った。

                 *  *  *

 暗闇の中、二人の人間がつぶやいた。

「誰もいないよね?」

「おそらくね」

もしこの部屋の中に誰か警備の人間がいたのなら、二人の声は天井から聞こえてきただろう。しばらくすると、調理室の天井にある大きな換気扇が、がしゃりと音をたてて外れた。それに続いて、一人の少年が床に音も無く降り立つ。最後に、黒髪の少女がぎこちなく飛び降り、

「ひゃあ! 痛っ!!」

どすんと音を立てて、床に尻餅をついた。

「あはは、大丈夫? でも静かにしてね」

「ちょっとアイオン君! 受け止めてくれたって良くない?」

「あ、忘れてた。ごめん」

全く悪びれた様子も無く、アイオンは笑う。いざ一緒に行動してみると、あの狂犬よりはましだが、彼も凄く行動的だった。だがラティスと違うのは、アイオンが常にこれからの事を計算しながら動いていることだ。つい先ほどまで、自分達は警察署の放送室にいた。しかし、警官達が入って来てからでは遅いからと、アイオンはあらかじめルージュを天井に押し上げておいた。それからマイクに向かって喋ると、あっという間に自分も天井に上り、板をはめ直してここまでルージュを先導してくれたのだ。もちろん彼は、天井の上の道もしっかり把握していて、迷うことなく予定の時間通りたどり着いた。何から何まで、計算されている。

「さて、俺達はこれから上手いこと、ウィリアムさんを一人で屋上に呼び出さなくちゃならないわけだ。ルージュ、計画はちゃんと頭に入ってる? わからないことがあったら今聴くよ」

アイオンは、ラティスよりずっと賢いであろうルージュを、期待の目で見下ろした。今までこうして同じようにラティスへ問いを投げかけても、まずまともな返事が返ってきたことなどない。ぼんやり遠くを見つめていたり、ガムを噛みながら耳にイヤホンを突っ込んでいたりと、あいつの集中力は五分と持たないのだ。せっかく時間通りに事が運んでいるのに、ラティスのせいで途中途中、何度計画を練り直すはめになっただろうか。でも、ルージュならきっとまともな返事をしてくれるだろう。

「ねえ、アイオン君の髪の毛って、暗い場所に来ると藍色に見えるのね!」

「……はい?」

駄目だった。ああ、この子も駄目だった。また話を聴いてもらえていなかったのか──結構な脱力感を味わいつつも、アイオンはルージュの声に耳を傾ける。

「そりゃ、誰だって暗いところに来れば、髪の色は同じように暗くなるんじゃない?」

「確かにそう、そうなんだけどね。でもちょっと違うよ」

ルージュはなんだか嬉しそうに、少し興奮気味に言う。

「アイオン君の髪は、本当に綺麗な藍色! 暗闇に紛れる藍色っていうか、本当、何て言ったらいいのかなぁ。とにかく、髪の毛綺麗ね! シャンプー何使ってるの?」

「いや、あははは。それ程でも……」

「色が変わるの、私と──同じね」

それまで楽しそうだった彼女の表情が、少し強張った。それは、緊張と少しの期待感が詰まった表情だった。そこで気付いた。なぜ彼女が自分の髪を褒めたのか。

「……そっか、うんありがとう。大丈夫、ちゃんと伝わったよ」

“同じね”この言葉に、彼女は託したのだ。仲間として、これから同じ時間を共有する自分に、よろしくお願いしますという気持ちを。

「大丈夫だよ。きっと成功する。それにはルージュ自身が、ウィリアムさんと決着をつけなくちゃならない」

「わかってる。私はダリアに入るってこと、ちゃんとお義父さまに言うから。もう警察のためなんかに、能力を使いたくないってことも」

強い意思の宿ったルージュの灰色の瞳は、今までより自信に満ちたものだった。



毎回読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。ここまでで、読者様が共感できる気持ちを持ったキャラクターが、つくれているといいなと思っています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ