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7,狂犬の気持ち

「つまりあんたは、指揮官長に腹を立ててるってわけだね。ふーん」

ルージュと共に、ベッドに腰掛けているエリザは、楽しそうにそう言った。

「なあ、指揮官長は、文句があるなら南警察署に来いって言ったんだろ? それでお前はどうするつもりなんだ」

アイオンは彼の向かい側──口論の際、ルージュが座っていた椅子に腰を下ろしていた。

正面のラティスは、すねたような顔で椅子に腰掛けている。帰ってくる前の出来事と、口論の内容、自分が今思っていることを話すと、彼は途端に何も言わなくなってしまった。さっきから、何度か話しかけているのだが、返事が無い。

「警察署に乗り込むつもりか? それで、ルージュにその話を持ちかけようとしたんだろ」

「……」

「おやおや、アイオンがせっかく言ってるのに、全部無視かい?」

「……」

アイオンとエリザは、一度顔を見合わせお互いため息をついた。こうなれば、後はもうルージュと仲直りさせて、おしまいにするしかないと判断したのだろう。ルージュは、自分に視線が向けられているのに気付き、俯いていた顔を上げた。

「ラティスも反省してるみたいだ。ここは一つ、あたしに免じて、どうか許してやってくれないかい」

エリザはそこまで言って、ふと口を開けっ放しにした。呆気にとられたような顔で、ルージュを見る。同じく、やや遅れてアイオンも驚いたような顔をした。一秒もかからず、それが何に対しての表情なのか気付き、さっと顔を伏せた。

「ごめんなさい、また眼が変色してるんですね」

……この二人にも、不快感を味わわせていないだろうか。

金色に変色した二色眼を、どう思っただろうか。そんなことばかりが、頭の中を駆け巡った。今日は最悪だ。こんなに気持ちが不安定になるなんて。

それを見たエリザは、優しく言った。

「なるほどね。ラティスの気持ちが、なんとなくわかった様な気がしたよ」

ルージュの両頬に手を当て、そっと顔を上げさせた。自分の不安げな顔が、エリザの綺麗な瞳に写る。

「あたし実は、二色眼のことよく知ってるんだ。アイオン、ラティス、見ておきな。この眼に、どんな能力があるのか教えてやろうじゃないか。……ルージュ、怖がるんじゃないよ。大丈夫だから」

エリザが何をしようとしているのか、理解した瞬間。

「──嫌!! 離して!!」

ルージュは大声を張り上げた。エリザから放れようと、その手首を手で掴んで爪をたてる。それを見ていた二人は驚き、慌てて近づいてきた。その間にも、エリザの手首にはルージュの爪が食い込み、やがて一本の血の筋が流れ出した。

「嫌ぁ! やめて! 私はもうききたくない!」

「大人しくしな! 暴れるんじゃないよ、いいから落ちつくんだ。おいそこの二人、どっちでもいいから、この子を押さえつけるんだ」

その緊迫した声に、一瞬二人はためらったが、すぐにアイオンがルージュの両手を、エリザの手首から引き離した。

「やめて!」

なおも暴れようとしたが、突然首筋に鋭い痛みを感じた。それと同時に、体の力がガクリと抜ける。麻酔針だ──エリザの手に、細い針が握られているのが、うつろになった目で確認できた。

「ごめんね、でもチャンスは眼が変色している、今しかないだろう? ほら、大丈夫だからあたしの眼を良く見るんだ」

重たい体に、その声はよく響いた。暗示にでもかけられているみたいだ。ルージュは、言われるがままにエリザの瞳を見た。

しばらくそうしていると、久々に“あの感覚”がやってくる。

頭の中に、耳の中に、肺の中に、こだまして聞こえてくる「声」

ぼんやりとしていたその声は、次第に鮮明になる。

「声」は言う。


≪安心しなさい。誰もあなたを嫌ったりしないから≫


それは昔、自分に対して向けられていた、どの種類の言葉にも属さないものだった。幼い頃は、数え切れない嘲りや、畏怖の気持ちがルージュに伝わってきた。あの頃は、ちょっとした弾みでも目が変色し、知らず知らずのうちに、他人の気持ちが自分の心に流れ込んできていたから。

やがて心に平穏が戻ってくると、「声」も聞こえなくなっていった。

そこでエリザが、今までルージュの手を掴んでいたアイオンを見上げて、にやりと笑った。「どうだい、ご感想は?」

手首の血を、ハンカチで拭いながら彼女は言う。対するアイオンは目を何度も瞬かせて、どうコメントして良いものかと、黙りこくってしまった。まだ良く状況が飲み込めていないようだ。

「そりゃあ、びっくりするよねぇ。ルージュの手を通して自分の手へ、そして耳やら頭やらに、あたしの声が響いて着たらさ」

「なあ、どういう事だよ? 俺、さっぱりわかんないんだけど……」

ここでようやく、三人の様子を観覧することしか出来なかったラティスが、口を開いた。

「教えてあげなよ、アイオン」

「いや、俺からはなんとも…というか、俺が言っても良いの?」

「そうかい?じゃあ、あたしが説明してあげようか」

「待って。……私、自分で言います」

ルージュは、思い切ってはっきりとそう言った。まだなんとなく頭が重い気がするが、ここはやはり、自分で説明するべきだと思ったからだ。

「二色眼の能力…それは、他人の心が読めることなの。方法は、眼が変色した時に意識を集中させて、相手の眼を見るだけ。そしてその間、私に触れている人なら誰でも、私の中に流れてくる心の声を聞くことが出来る」

これが、二色眼が世間から白い目でみられる、もう一つの理由だった。

「お義父さまは、私を……いえ、私のこの能力を買って、警察のために使っていたの。とても役に立ったわ。私がいれば、犯人に口で真実を語らせなくとも、眼さえ見れば正直な気持ちが伝わってくるもの」

ルージュは、一言一言噛みしめるように言った。

「引き取られて、最初のうちはうれしかった。私なんかでも、役に立ててるんだって思うと凄くうれしかった。けど、私は魔法使いじゃない」

完全に痛みが増してきた頭を、片手で抑えた。そう、魔法使いのように、万能なわけではないのだ。これはあくまで、

「病気なのよ…。人の気持ちが、わかってしまうという苦痛に、私はもうたえられないの」 

そこまで言い切ると、頭痛がさらにひどくなってくる。

「ルージュ、大丈夫かい?」

「はい……。ごめんなさい、久しぶりにこれを使ったから……」

「あたしの方こそごめんね。少し横になるかい?」

ルージュは頷くと、そのままのろのろとベッドに横になった。

「どうしてもあんたの能力を、こいつらにみせてやるべきだって思ったんだ」

なんとなく、彼女の気持ちがわかったような気がした。

「いいかい、あたしはあんたの事、嫌ったりするつもりはないからね」

「俺達のこと、ちょっとは信用してくれても、いいと思うんだけどな」

エリザとアイオンは、ルージュの目を見て言った。

だから、二人の目を見ながら微笑んだ。そして、

「ごめん……なさい。その……まさか、お前にそんな能力があるなんて……」

ラティスが困り果てたような顔をしつつ、頭を掻いた。その口調は、今まで聴いた中で一番弱々しく、自信の無さそうなものだった。

「あら、今度はあなたが眼をみて話せないのね」

「冷やかすなよ」

ちらりとルージュを見て、眉を曇らせる。

「どうやら、仲直り完了のようだね。よし、じゃあ早速、南警察署へご挨拶に行こうか」

「え。それはもしかして、乗り込むって事?」

「他に何があるっていうんだい、アイオン。ラティスは指揮官長さんに、用があるなら来いって言われたんだ。だったら、行ってやろうじゃないか。署の金庫には、結構な額の金が入ってるだろうし……いつか行こうと思ってたんだ、実に調度いいタイミングだよ」

「やっぱり……」

「さあ、作戦会議を始めるよ! 計画が出来たら、ルージュに知らせに来るから。それまでは休んでな」

エリザは、意気揚々と部屋を出て行く。アイオンは、少し疲れたような顔をしつつも彼女に付いて行く。だが、ラティスはベッドの側に立ったまま、動こうとしなかった。

「おい、どうしたんだい」

「……俺、付き添ってても良い?」

一同が、目を丸くした。

「気持ちはわかるけど、あんたがいたってルージュの頭痛は治らないよ」

「でも」

「ラティス、私は一人で大丈夫だから。そんなに気にしないで」

ルージュが言うと、彼は少し安心したような表情になった。それから、改めて三人は部屋を出た。

扉を閉めた瞬間、

「ふふふふふ」

エリザが嬉しそうに、忍び笑いをした。

「げっ」

「な、なんだよ。気持ち悪ぃな」

両脇の二人を交互に見た後、ラティスの顔をまじまじと眺める。

「へぇ〜〜。あんたがねぇ? ふーん」

「だから、なんなんだよ!」

「おやぁ、この子は気付いてないようだね。アイオン、お前も気付かなかったのかい」

「わかんない」

しょうがないねぇ、と一言つぶやくと、彼女はにこやかに言う。

「ラティスが、誰かのことであんなに熱くなったのは初めてだよ。今まであんたの頭の中にあるのは、仕事のことだけだった」

そこでアイオンが、何かひらめいたような顔になった。そう、このやんちゃな犬が。今まで自分を中心に物事を考えていた彼が、ルージュという少女のことで、これほどまでに感情の変化をみせるとは。

「そうかそうか、春が来たなぁ〜」

「はぁ? 何の事だよ。意味わかんねー」

「うふふふふ。あんた、よかったねぇ。せいぜい頑張りなよ」

「おい二人とも、何が言いたいんだよ。わけわかんねぇ奴らだな」

「さあ、会議会議〜っと」

エリザは楽しそうに、スキップを始めた。ラティスは依然、それが何なのかよくわからないようだ。その様子を見たアイオンが、頑張れよと言いつつ肩を叩いたものだから、彼の頭上には、クエスチョンマークがさらに浮かんでしまった。


調度、窓から朝日が昇って来たところだった。



何とか仲直り完了です。

いつも読んで下さっている皆さん&評価を下さった方、ありがとうございます。

そろそろ、大詰めに向かって展開していくつもりなので、どうか最後までお付き合いください(^V^)

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