3,二人の出会い
ようやくここまで来ましたね…(A^^;)
時計の針は、午前二時半を回ろうとしていた。
頭が前にガクリと垂れたのに驚き、ルージュは虚ろだった瞳を見開いた。慌てて、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
(ダメダメ、もし私が寝ている間に来ちゃったら、挨拶が出来ないし!)
おどおどしながら、広い部屋の中を右往左往する。
なんとも言えない緊張感が体を支配して、落ち着くことが出来ずにいた。
それから机の前まで行き、置いてある予告状をもう一度手にとって眺める。そのまま、椅子に座ったりベッドに座ったりと、すっかり挙動不審状態だ。
ふと壁の鳩時計を見ると、長針が6の所に来ている。時間が過ぎれば過ぎるほど、だんだん不安が大きくなってくるのを感じた。
やっぱりこの予告状は誰かの悪戯だったのかもしれない、と。
少し落ち着こうとベッドに横になり、傍にある窓の外を見た。三階だから見晴らしだけは良い。この真っ暗な夜空が、今の自分の気持ちを現しているかのようだった。
だが、直後に睡魔がやってきた。一瞬意識が薄れ、その拍子に瞼が落ちていく。
少しだけ――そのつもりが、
「……う?」
次に目を開けたとき、視界に信じられないものが映った。
『お、起きたか!』
自分の顔を覗き込んでいる、少年の笑顔。
「な、何っ!?」
驚いて飛び起き、ベッドの上で座ったまま後退りした。さっぱり訳がわからない。なぜこの人は自分の部屋に居るのだろうか。
「嘘……あ、あなた何で」
少年を指差した手の先が、ガクガクと震えだした。慌ててそれをもう片方の手で押さえて、何とか言葉を続ける。
「何でこの部屋に居るの。あなただれ!?」
『おっと、こりゃあ失礼! うっかりしてたな。
では改めまして、こんばんは。俺は盗賊団ダリアのラティス・ベリト。二色の原石を頂戴にあがりました』
一瞬の沈黙。
「あなた、ダリアの人なの」
その言葉で一気に混乱が解けた気分になり、半ば呆けた様な声で聞き返した。
『うん。それがどうかした?』
「そ、そうなの……。あ、でも、あの女の人は? エリザさんっていう」
『今ちょっと、別の仕事の事で色々忙しいみたいでさ。手が離せないらしーよ』
「じゃあちょっと質問なんだけど、二色の原石って宝石は一体何?」
『あ、知らないか。命名したのはエリザだからな』
「私、そんなもの持ってないよ」
『そりゃそうだ。あれ? じゃあもしかして、エリザとの交渉忘れてた?』
ラティスはじっと目を見ながら言う。ルージュはその視線を無意識のうちに避けると、少し怒ったように言った。
「忘れたりなんかしないよ。私はエリザさんに、この憎たらしい屋敷の主人が、一番盗まれて困るもの。それを盗んでほしいとお願いしたの。それが二色の原石って宝なんでしょ?……そうよ、考えてみればおかしいじゃない。何で私宛てに予告状が届くわけ?」
そこまで言ってしまってから、ルージュはようやく気がついた。
もしかして、その二色の原石というのは自分の事なのか、と。
それからは何もかも全て、一気に筋が通ってくる。
そうだ、今まで当たり前になりすぎて忘れてしまっていた。自分の目が、突然変異と言われる「二色眼」であるということを。
発症率は、約一万人に一人と言われる病気。症状は、感情が高ぶると瞳の色が変わるというもの。この瞳のせいで、一体今までどれだけの人に、差別と偏見の目を向けられてきたのだろう。
両親には、生まれてすぐに捨てられた。拾われた施設では、友達が一人も出来なかった。毎日後ろ指を差され、常にひそひそと何かを噂され…気が付けば、孤独の二文字を背負っていた。
『君の事を、二色の原石って命名したらしいよ』
笑いかけてくる彼から、再び目を逸らす。
頭の中に浮かぶのは、昔散々聞かされ今も頭から放れることの無い、あざけりの笑い声。「気味が悪い、人間じゃない──」ありとあらゆる罵りの言葉。
すると何だか急に、ここにいることが恥ずかしくなってきた。私がこの人と顔を合わせてはいけない、その資格はない。
(私なんかが、気味の悪い私なんかが)
『二色眼かぁ〜。初めてみるけど、普段は灰色なんだな。それで君は何色に変わるわけ?』
「……そんなに面白い?」
やや冷たさのこもった声を返すと、ラティスが不思議そうな顔になる。
『いや、珍しいなーと思って』
「そうよ、珍しいのよ……。笑いたければ笑えば!? あなたも、この目が気持ち悪いと思ったんでしょ。いいわねぇ、そんなに綺麗な顔の人は。困った事なんて一度もありませんって顔だわ。教えてあげる、私を引き取ったここの主人、私になんて言ったと思う? お前は化け──!」
怒りが頂点に達し、思わず怒鳴りかけた。が、いきなりラティスの手に口を覆われていた。そこで一気に頭が冷えた気がした。だから、その先は言うことが出来なかった。義父から言われた、人生で最低の、自分に対する罵りの言葉を。
『ごめん、つい。あのさ、ちょっとばかし落ち着いてくれるか? 俺は君を馬鹿にしに来たんじゃない、迎えに着たんだ。必ずこの屋敷から外にだしてやるから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ』
一瞬、彼の言葉の意味が理解できなかった。
『二色眼が、世間では凄い偏見をもたれてる事くらい俺も知ってるよ。でもさ、目の色が変わるくらいで何で気味悪がられなきゃならないんだ?』
「それは、だっていきなり目の色が変色したら、誰だって……」
『俺は。少なくとも俺は、気持ち悪いだなんて思わないよ。それにエリザだってきっとそう思ってる。』
凍っていた心が、少し温かくなるのを感じた。なぜならば、こんなに優しい言葉は初めてだったから。
『つまり、俺は君を誘拐しにきたわけ。ダリアの一員に迎えるためにね。』
悪戯な笑顔を浮かべて、彼は手を差し伸べていた。しかし一瞬戸惑ってしまう。つまりこの人は、自分を盗賊団に連れて行こうとしているのだ。もちろん本気だ。
なんだか夢を見ているようで、そして少し後ろめたいような気もする。だが、この暗い毎日から抜け出す絶好のチャンスだ。
ルージュは意を決めると、少し照れながらも、一回り大きいその手に自分の手を重ねる。
「うん、よろしくお願いします」
やはりエリザという人は、あの時自分の事を丸っきり見抜いていたに違いない──今確かに、確信を持ったのだった。