2,警察とそれぞれの関係
高級住宅街の一角にある屋敷、ウィリアム邸。
この屋敷の主は、何とシーラカンス島南警察署の「盗賊団ダリア対策本部」の指揮官長。いわゆる宿敵だ──もっとも、それを意識しているのはあちら様だけだからね──とエリザはよく言っていたが。
「よーし、じゃあ行きますか! 俺はいつも通りでいいんだよな? ヘマやって捕まるなよ、アイオン」
高い壁と頑丈そうな門を見ながら、相変わらずの笑顔で彼は話しかけてくる。思わずアイオンは、がっくりとうなだれた。
「はいはい、言われなくともわかってるよ」
むしろ心配なのはお前だって、と頭を抱えた。
この男ときたら、無鉄砲にも程がある。
いざ侵入ともなると、エサを発見した犬のように、わき目もふらず走り出してしまうのだ。たとえ防犯ベルが鳴ろうが、全く気にしない。ガードマン達がやってくると、うれしそうに戦闘開始だ。
まだ半年の付き合いだが、アイオンは行く先々でそういう光景を嫌というほど見てきた。時には彼にボコボコにやられる敵が、なんだか可哀想に思える事さえあった。
そこでふと、アイオンはあることに気付いた。なぜ今まで忘れていたのだろうか。
そうだ、今日はダリアのリーダーである(言い換えればこのやんちゃな犬の主人でもある)エリザがいないのだ。今の計画では、明らかに大変な事になってしまう。
「あのさ、やっぱり思ったんだけど、ルート逆にしないか?」
「俺に宝を取って来いって言うの? 宝……う〜ん、俺が宝ねぇ?」
案の定、彼があまり興味の無さそうな顔をした。先刻も述べた通り、いつも彼はいわゆる“斬りこみ隊長”的な役割を果たしているからだ。
宝物の所まで、こっそり慎重に。などと言う言葉は、こいつの辞書に存在していないだろう。
(さすがに今日は、いつもみたく大騒ぎしたら二人とも捕まりそうだ。俺が敵の気をうまく惹かないと)
ダリアのモットーは、「常に公に」である。人知れず盗んでいくのは、どうも意地汚くていやだと、エリザは何かにつけて口にする。
だから必ず毎回、侵入予定の所に予告状を出すのだ。さすがに盗賊として、姿を見られるわけにはいかないので、侵入時は誰にも見つからないようにするが。しかしこの男が毎回大騒ぎしてしまう為、いつも最後には三人そろって追いかけられる破目になる。
そしてアイオンはさんざん悩んだあげく、なんとか彼の気を惹くにふさわしい言葉を思いつくことができた。
「えーと……ほら! 今回は宝の部屋までたどり着くルートの方が長いしさ、その方がお前的には面白いんじゃないのか」
腕組みしながら難しい顔でいた彼の目が、途端にぱっと輝いた。
「そうか、言われてみればそうだよな。いい事言うなぁお前って!」
「いや、それ程でも。で、どうする」
「うん、今回は譲るよ。エリザもいない事だし。それにお前の方が頭良いしな。良い作戦がもう出来てんだろ? 俺っていつも、派手すぎるのと無計画なのが玉に瑕なのよ。お陰でいつも敵にすぐ見つかっちゃうし……」
一人ダメ出しを始める彼を見ながら、アイオンは聞こえないようにつぶやいた。
「なんだ、お前ちゃんとわかってんじゃん」
そして二つの影はそこで一つずつに別れると、それぞれ屋敷の中へ姿を消していった。
* * *
一階の枠なしガラス窓は、案外簡単にはずす事が出来た。縦横共に約60センチ程度の窓だが、身長170センチのアイオンでも屈めば何とか入れそうだ。赤外線式センサーが張られていないのは、かなり有難いことだった。
「まさか自分の家が泥棒に入られるなんて、夢にも思っちゃいないというわけか」
警察のくせに、と思わずしのび笑いをする。
だが、窓枠に足をかけた瞬間――背後から怒鳴り声がした。
「そこにいるのは誰だ!?」
見ると数メートル先で、男がこちらを懐中電灯で照らしていた。このアンティークな屋敷にミスマッチな、青い近代的制服のガードマンだ。
「なかなか早いご登場で」
かまわず窓からするりと侵入した。すぐにガードマンが追いかけてくる。
「待て! 何者だ!?」
まもなく暗い廊下の壁には、庭の外灯の光を浴びて二人の影が映った。お互いの距離はおよそ五メートル。
「こんばんは、ダリアです。悪いんですが、ウィリアム邸に侵入させていただきます」
「ダ…ダリアだと!?」
薄明かりの中、不敵な笑みを浮かべてみせた。敵は驚きのあまり混乱しているようだったが、それでも無線を取り出した。
「ナンバー2へ、応答願う! こちらナンバー3。今、東の…」
「おっと、それはまだ早すぎますよ」
素早くガードマンとの距離を縮めると、彼のみぞおちに突きを一撃喰らわせた。その後無造作に床に転がった無線を拾い上げると、通信ボタンを押す。
「ナンバー2へ、こちらナンバー3。今、東の廊下で落し物のハンカチを発見。奥様の物と思われます──届けておきますのでご心配なく。他、異常なし」
無線を切ると、アイオンは満足そうに笑う。
「今日は出来るだけ、慎重にいかないとな。……あれ。でも予告状は届いてるはずだよなぁ? やけに警備が少ないような……?」
それから辺りを軽く見渡し、まあいいかと呟くと、一番近くにあった扉の中へと男を引きずっていった。