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10,青い瞳

 その青い瞳はルージュを捕らえて放さなかった。

深い空の青のように、この夜のように、新月の晩のように。

「あたしには、ちょっとした能力があってね。手を借りるよ」

言うと同時に、ルージュの手をつかむ。そして一度目を閉じ、深呼吸をした。

彼女が次に目を開いたとき、その二つの瞳は金色に光っていた。

「エリザさん、これって……」

直後、ルージュの心の中に声が聞こえてきた。


≪大丈夫。悪いようにはしないから≫


「聞こえたようだね」

驚いてエリザを見ると、彼女はウインクをしながら小さくつぶやいた。

つまり──エリザは、二色眼だったのだ。

「あたしは、昔警察署の人間だった。そうだな……しいて言えば、ルージュと同じような立場でね。でもある日、犯罪者に尋問している時に目を短剣で切りつけられてしまった」

「じゃあその目は……」

青い瞳。どこまでも深い青。優しくて、強くて、何でも見透かされてしまいそうで。

でもそれは彼女さえも全く知らない、別の誰かからもらったものだったのだ。

「そう、あたしは目の移植手術を受けたんだ。けどね、警察はいっさい資金を出してくれなかった。あたしはその時初めて、警察に利用されていた事を知った。だいたい、病気の人間を使って尋問させるって事自体が、シーラカンス島では違法な行為なのにね。それを知ってれば、最初から警察に手なんか貸さなかった」

 泣くわけでもなく、悲しむわけでもなく、ただ淡々と彼女は語る。いつの間にか鋭さは消えて、まるで穏やかな波のようなその口調が、妙に心地良くさえ感じられた。

「でもあたしはまだ十五歳で……金も身よりもないあたしは、泥棒になるしかなかった。ノルズにはさんざん止められたよ。あいつはあたしに最後まで味方してくれた。でもあいつは、公私混同しちまってたからね」

ラティスとアイオンも知らなかったであろう、彼女の過去。それを聴いて、二人は一体どんなことを思っただろうか。

隣にいるアイオンは、驚いて呆然としているようだ。一方のラティスは、気持ち悪いくらいに静かである。何かを考えているように見受けられるその真剣な表情は、別人にさえ見える。

「そして目の移植をうけたその時から、不思議な事にあたしの体の時間は止まってしまった。なのに、この病気はあたしをどこまでも追いかけてくるんだ……。今度は、相手に触れれば自分の気持ちが伝えられるようになってしまった」

 それは通常の二色眼と、全く正反対の症状。

彼女はそのことで、どれだけ苦しんだことだろう。

ルージュはまだ十七年しか生きていない。けれどこんなにも、自分に対してコンプレックスを持っている。

しかし、エリザが涙一つ流さず自分の辛い過去を話せるのは、きっと今の自分に自信を持っているからなのだろう。

「さて、あたしの昔話はこれでおしまい」

彼女に、さっきの鋭い表情が戻ってくる。

同時に警官達が、今度はエリザの方へ銃口を向けた。

「皆さん悪いね、待っててもらって。あたしはもう逃げる気はないからさ。さっきは申し訳なかったね、うちのラティスが勝手に暴れてしまって」

メガホンを持っている警官に向かってエリザがそう言うと、彼はすぐ全員に銃をおろすよう指示した。

「エリザ、今のは一体どういうことだ?」

「わからないかい、アイオン。あたし達が来る前に、もうこの警官達はここで待機してたんだ。ラティスはもちろん、こいつらを全員を倒そうとしたんだけどね」

「これくらい、二人なら倒せるんじゃ」

「誰にも言わなかったけど、今日はケリをつけに来たんだ。あたしは……今をもってダリアのリーダーを辞める」

「このまま警察に捕まるって言うのか!?」

だが、うっすらと笑みを浮かべたその顔からは、彼女が今何を思い考えているかなど、微塵も読むことは出来ない。そう、誰にも。

──くやしい。

アイオンの顔がそう言っている。

 ノルズ・ウィリアムが、非常階段の扉から屋上へ姿を現したのは、調度その時だった。彼はこの光景に一瞬驚いたようだったが、エリザの姿を見た瞬間こちらへ駆け寄ってきた。

「やあノルズ、久しぶりだね。今、ダリアをやめたところなんだ。早速逮捕しに来てくれたんだね」

『本当に……エリザなのか?』

彼は食い入るようにその姿を見つめた。

今だかつて、彼がこんなに動揺している表情など、見たことがない。

けれど率直に、何か重なるものがそこにはあるとルージュは感じとった。

いつもノルズが自分に向ける視線は、どこか遠いものだった。しかし彼は、何不自由なく生活させてくれた。ほしい物があれば買ってくれたし、義母のように自分を怒鳴る事も無かった。

けれど、まともに彼と会話したことは一度としてなかった。いつも表面だけの、なんとなくぎこちない会話。

まるで、壊したくない何かを慎重に扱うように。

機嫌を損ねてはいけない何かに、怯えるように。

そういうことから、腫れ物に触るような、遠まわしな扱いを受けていると感じたのは、養女になってから割と早い段階だった。

だから、自分は養女であるけれど“ルージュ・ウィリアム”と名乗る気にはなれず、いつも人前では元の名前“ルージュ・ベル”を名乗っていた。

そして、なぜそんな遠まわしな扱いを自分が受けていたのかが、ようやくわかった気がした。

彼は重ねて見ていたのだ。

想い人であったエリザと、自分を。

共通点は黒髪と、二色眼だけ。しかしきっと彼の中では、それだけで十分重ね合わせて見てしまう要素になったのだろう。

今の彼は、壊したくなかったけれど壊してしまった彼女を、怯えるような視線で見つめている。

しかしそれからすぐに、冷めたような表情を作った。

『私は君に逃げられてから、絶望を味わった。恋人を失ったのと、警察での立場がなくなったのと……この二つで私が、どれだけ苦しんだか。君にはわからないだろう』

「さあ、わからない。でも、犯罪者の尋問を手伝わせ、恋人と言って可愛がっていたあたしが戻ってきてやったんだ。良かったじゃないか」

『ああ、まさにその通りだよエリザ……。そこに私の道具もいるな。それを買って、ようやく私は職場復帰できたんだ。あの道具で、私は救われた』

ノルズは、ルージュを指差すと狂ったように笑った。

『今日はなんて良い日だ! ここに、二色眼が二人もいる! これで私はさらに地位を得られる。エリザは私の元へ戻り、ルージュもまたここで働くのだ』

彼は、きっと何もかもに絶望しているのだ。過去にも、そして今現在にも。エリザがいなくなってから、彼の歯車は狂ってしまったに違いない。

「そんなの納得できない!」

込み上げる苛立ちを押さえ切ず、気付くとルージュは自然に叫んでいた。

「私はあなたの言いなりになんてならない。そしてエリザさんも渡さない。私達は四人でダリアをやるんだから! 今度は私が、エリザさんをあなたから盗んでみせる!」

その強い口調に、ノルズが反応した。

『道具が私にものを言うか。だがな、もう遅い。二つあるのだから、一つくらい失っても大したことはないのだよ』

 一瞬の出来事だった。

エリザの首に手を回し、もう片方の手で彼女の頭に銃を突きつけた。

パン、という発砲音が辺りに響き渡った。

それはまるであざ笑うかのように。



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