5話 最前線基地の意味 前編
冬生は仁王立ちして、正座をする兵士を睨んでいた。
鬼の形相――まさに、彼のために存在する言葉だ。
兵士の一人がオレに気づいたのか、救いを求めるかのような視線を投げてくる。
すまない。ツッコミはできるが、救ってやることはできない。最弱が、最凶に敵うと思うか?
とりあえず、展開が進まないので声をかけておく。
「冬生、その辺で終わらせとけ。これじゃあ、いつまで経っても魔王討伐できないって」
「……夏芽、生温いぞ」
「生温いって何?!」
生易しいという意味だろうか?
甘やかすなという意味合いで受け止めておこう。聞いた所で、更に面倒だ。
「――で? 結局これからどうするの?
冬生が居れば、魔王なんて赤子同然でしょうし、乗り込んじゃう?」
「確かに、帰る手段としては手っ取り早いよな」
帰る手段と言うのは、お約束。テンプレ。魔王を倒さないと、還せない――だ。
還せないなら、何で呼べたのかっていうツッコミをしたが、返答は曖昧。異世界側のご都合主義というヤツである。
ちなみに、召喚儀式が初めてで、かつ成功したというのも、テンプレだ。
この王道というか決まりきったパターンは、いつ改変されるのだろうか……なんて。
とりあえず、二国で同時に召喚されたオレたちが、そろって断ったのは改変だと思いたい。
まあ、チートで魔王に引けをとらない最凶が居る限り、テンプレから脱しそうではある。
関係ない話だけど。
さて、現実に戻って話を進めよう。
「だけどアンタ、魔王の城に辿り着く前に体力不足でアウトよね」
「は? 何でそれ」
を――と言いかけた言葉は、頭を叩かれることにより途切れた。
本気で痛い。
「うわー、こんな頭の弱いヤツだったんだ。
アンタ、わたしがどうして、どこから存在しているのか分かってないの?」
「どうしてって……オレが火事場のバカ力とかで、オレが想像して……………………あ」
根本は、オレだ。
オレのことを知らない可能性はゼロ、ではない。逆に知っていて当然、なのだろう。
意思がある以上、疑う要素はない。
……しかし、この性格はどうなんだ?
「ちなみに、わたしの性格ってアンタの無意識の部分だから。無意識に、破天荒になりたいって願望そのもの」
「…………それ、何の罰ゲームだ?」
「失礼な。逆に聞くけど、何でアンタは自分を押さえ込んでいるのよ? ツッコミで本性は出るけど、ね」
「知らんな」
いや、本当の話。
まあ……時々、嫌なことがあったりすると、無性に暴れたくなる衝動がある。けど、体力がないため実現していない。
そもそも、『自分を分かっている自分』は存在するのだろうか?
自分を押さえ込んだその先は、きっと何もない。
「ま、気にすることはないわ。ここでどうなっても、現実には響かない。自分の思っていることを貫いたって、自分にデメリットはないわね」
「……気楽そうに言うなよ。簡単にできると思うか?」
そう反論したオレに、
「可能だ」
返したのは、それまで黙っていた冬生だった。
「は?」
思わずマヌケな声を出してしまう。
「私の性格が、現実でもああだと思うのか?」
「思う!」
ドきっぱり。
言ってしまったことに気づいたのは、沈黙が三秒ほど経過してからだ。後悔はしていない。
「………………私にも人には打ち明けられない暗い過去、とやらがある」
「まあ、人間だし」
一つや二つ、心の奥にしまっておきたいことがあるだろう。
ふと、この世界での冬生の発言を思い返してみる。
間違ったことは言っていないと思う。言い方は悪かったり、口より先に手(というか魔法)が出るが、くだらない争いに対する反応も言葉も、普通に考えれば間違いじゃない。
けど、大半の人間は言い方私大では怒ってしまう。オレもそうだ。これも普通だ。
ただ……認めるのが怖い。認めてしまえば、自分が変わってしまう気がするから。
――っていうか、話がかなり脱線していないか?
「で? 結局の所、これからどうする?」
「……一度、セルミーとケルミーに戻るべきだろう。こうして最前線基地までやって来たが、互いに言い争えるくらい平和だ。何か、隠しているやもしれん」
「ああ、それもそうよね。王道で行けば仲間を募って下準備して。魔王の手駒を確実に減らしてから本命、だもんね。
いくら冬生がチートで最凶でも、何だかお粗末って感じだわ」
春歌の『お粗末』で思い出すのも何だが、
「っつーかさぁ、魔物の類って遭遇しないよな」
ここに来るまでの間も、砦が壊されても、魔物は現れないことを提示してみる。
兵士を含めて全員。
誰も答えなかった。