1話 真の勇者を決めた戦い
青空を見上げてため息を一つ。
異世界召喚だなんて、二次元の産物だと思っていた。
それが何の因果か、この身に起こってしまった。頭痛しかしない。
「……はあ~」
考えれば考えるほど、ため息しか出ない。
「幸せが逃げるぞ」
「もう逃げてるよ……」
隣りに立つ青年は、同じく異世界召喚を受けた仲間だが、召喚しやがった国は互いにライバル視している。
同時期に召喚されたオレたちは、どちらが真の勇者かという身勝手な争いの場に立たされ、出会った。
闘技場の真ん中で――
「ここ一週間の運気が悪かったのは、全部このためのフラグだったのかもな」
「私は逆だ。運が良すぎてこうなった」
「………………本当に、何の因果なんだか」
とりあえず、オレの不運はまだ続いているようだ。
両国の召喚主がそれぞれの『勇者』の前に立つ。ちなみに、オレは勇者だとは認めていない。全力で拒否している。
平和な世界の、何の取柄もない高校生に何ができるというのか。
一応、女神の神託という泉に投げ入れられた行為で、何かしらの能力が付与された……らしい。
しかし、覚醒フラグは全くない。
「夏芽様、どういうおつもりですか?!」
「冬生様、どういうおつもりですか?!」
同時にヒステリックな声を聞かされ、思わず耳を塞ぐ。
夏芽はオレ。召喚主はケイミー王国の巫女、ミナリー。
冬生は青年。召喚主はセルミー王国の巫女、マーシア。
国同士がライバル視をしていれば、巫女同士もライバル関係にあった。
互いの国は数百年前までは一つの大国だったそうだが、ある意見の食い違いから分裂。現在まで二国間の争いが続いている。
巫女同士も一人の巫女の元で修行をしていたらしく、やっぱり意見は食い違い分裂。
曰く、『巫女の能力は自分が上』だそうで。
「どうもこうも、アンタたちの望んだ結果が、これなんだぜ?
オレたちは、真の勇者とやらを決めるために戦えと言われたから戦ったんだ。その過程での損害は出て当然だろうよ。
まさか、何の損害もなしに物事が片付くと思っていたのか?」
「そのようなこと百も承知です! わたくしが言いたいのは、セルミーの蛮行についてです!」
「まあ! 蛮行とはそちらのことでしょう? それに、そちらの勇者とやらには品性のカケラも感じませんわ」
「なんですって?! そちらの勇者とやらこそ、おかしな格好をしてましてよ」
なによ、なんですって――と、巫女同士の言い争いが始まった。
発端となる発言はオレだが、互いに非難し合う形にしているのは彼女たちだ。
「……ジャージを馬鹿にするヤツは許せんな」
おかしな格好と言うのは、そのジャージを指してのことだ。
冬生はスポーツショップなどで売られている一般的な物を着て、この世界に召喚された。まあ、学校指定のジャージよりはマシだ。
オレは大きめのトレーナーに、ビンテージ物のジーンズというラフな格好。少しだらしなく見えた点を、品性がないと言うのだろう。
そして互いが主張する蛮行とは、このガレキの荒野を言っていた。
別に蛮行ではない。戦いに損害は付き物。綺麗なまま終わる戦いは、ルールに則ったスポーツなどだ。
何度も言うが、これは両国が真の勇者とやらを決める『戦い』である。
「貴女がニセ勇者に破壊をさせたせいですわ!」
「まあ! 貴女こそニセ勇者に命じたのでしょう!」
互いに人を指差して、尚も言い争う。
ふるふると、拳を震わせている冬生が目に入る。ジャージをバカにされ、指を指され、そろそろ限界なのだろう。
と言うオレ自身も、指を指され嫌な気分を味わっている。
「一つ、言っておく」
低く、低く。
彼は言う。
「魔王に破壊され滅びても、私の魔法の巻き添えで滅んでも、結果的に滅ぶことに変わりはないだろう。
今のこの世界では、遅かれ早かれ、いずれは滅ぶ。それが今だったというだけだ。大差ないことだ」
うん。
合っているっちゃー合っているが、アンタはどこぞの破壊神ですか?
鬼畜だ。
ツッコミはしないけど。
「別に魔王を倒しに向かってもいいぞ。ただし、それなりの損害は覚悟してもらう」
嫌な予感はしているが、聞かずにはいられない。
「ちなみに、どれくらい?」
「魔王と共に世界が滅びる程度」
「…………どーやっても、その結果になるのな」
「これも運命だ」
やれやれと。
『そんな運命、認めませんわ!』
さすがに、その意見だけは一致した二人。
詰め寄られる冬生は、あからさまに面倒くさそうな表情だった。
「ならば、自分たちで何とかするのだな」
「できないから、こうして勇者召喚を行っているのです!」
「夏芽様も! こんなニセ勇者と仲良くしていないで、ニセモノ討伐をし、真の勇者となって旅立ってください」
――って、従者もなしに一人で行けと?
冗談じゃない。
「勝手に死亡フラグ立てるなよ! オレは嫌だからな」
「どうしてですか?! 貴方もそこの蛮行と同じにしたくはありませんが、大きな力を持っていますのに」
「蛮行は認めたくはありませんが、セルミーの勇者の力を見まして? そちらのニセ勇者の力程度でどうにかなるとでも?」
「なりますわよ! そうですわよね、夏芽様?」
「んにゃ、無理」
「なっ!」
「ほーら見なさい。やっぱりそちらがニセ勇者じゃありませんか」
「言っておくが、私は面倒なので断る」
「なっ?!」
「ほほほほっ! とんだ怠慢勇者ですこと」
二人で拒絶し合う限り、巫女二人の低レベルな言い争いは続いていくのだろうな。
泥沼だ。
そこから掬い上げる気は毛頭ない。もちろん、救う方の気もない。
こうして時間だけが無駄に過ぎて行くのだな~……なんて。
青空を見上げてため息。
「――ならば選べ。そして認めろ。
私と彼が組んで旅に出ること。私と彼はどちらも等しく勇者であると。
出来なければ、一生平行線。魔王によって無抵抗のまま滅ぼされることになる。
…………その前に、私が滅ぼしてしまうかもしれないが、な」
最後の言葉を除いて、概ね良いことを言った。
結局は勇者のオレたちが協力しなければ、召喚した意味もなく、面目丸潰れ。ついでに世界は滅んでしまう。
世界と、自分のプライドと。
魔王を倒すこと。
さて、何を取るのか。
巫女二人は『それは……』とか、『そんなの……』とか呟いては、互いの顔を見るなり『できません』と拒絶する。
と言うことは、自分のプライドだな。
尚も答えを出せない二人。
「選べないのもまた、一つの答えだ。それならば――」
『待ってください!』
「……まだ止めるか?」
「いえ、分かりました。わたくしセルミー王国巫女は、敵国ケルミーの異界人を勇者と認めます」
「同じく。わたくしケルミー王国巫女は、敵国セルミーの異界人を勇者と認めます。旅に出る許可は、王よりお受けください」
「王様って……………………………………あー……」
城を見上げる。
ケルミーの城は、オレが壊した。が、全壊はしていない。どてっぱらに風穴が開いた程度。
セルミーの城は、冬生が壊した。うん。全壊だ。いや、全壊と言うよりは……壊滅、だな。
この場に王は来ていない。
王が居るべき場所は城だから、百パーセント、城に居たはずだ。
無事かどうか心配するのは、冬生のほうだな。
「とりあえず、王を呼べ」
彼の辞書には、いろいろと載っていない単語があるようだ。
あるいはこれを、傍若無人と言うべきか?