ファスト小説家 ( ˘ω˘ )
SNSで、ある人が嘆いていた。
小説家の格を、どれだけ質の高い小説を読み、どれだけ大量に読書しているかで測り合う空気があるらしい。
確かに、SNSではよく見かける光景である。
壁一面の本棚に、小説がずらりと並んでいる写真。積み上がった文庫本。大量の新刊。そこには読書家としての誇りがあり、創作者としての自負もあるのだろう。
もちろん、本を読むのは大切だ。
小説を書く人間が小説を読まないのは、料理人が料理を食べないようなものである。娯楽の呼吸、物語の間、台詞の流れ、読者を引っ張る力。それらは実際に読まなければ身につきにくい。
だが、ある人はこういう意見を出していた。
読むべき本の割合は、小説が三、小説以外が七くらいでよいのではないか。
私は、この考えにかなり納得している。
小説は、どこまでいっても作り物である。事実を材料にしていても、嘘が混ざる。誇張もある。省略もある。都合のよい展開もある。
だから面白いのだが、そこだけを栄養にして小説を書き続けると、物語の根がだんだん浅くなりはしまいか。
歴史小説を書くなら歴史書を読むべきだし、戦記を書くなら兵站や地理や経済の知識が要る。
恋愛を書くにも、社会の仕組みや人間心理への理解がいる。
SFなら科学、政治、産業、金融、軍事、神話、宗教、何でも材料になる。小説の外側にある知識こそ、小説に奥行きを与える。
娯楽本を書くために娯楽本を読む。それは当然である。
だが、娯楽本だけを読んで娯楽本を書くなら、どこかで既存作品の影をなぞるだけになる。広い意味では、二次創作に近づいてしまう危険がある。
……ただ、現実は厳しい。
今の創作者は、次から次へ物語を出さなければ、すぐ読者に忘れられる。
更新が止まれば閲覧も止まる。
深く調べ、長く考え、じっくり熟成させる時間は、もはや贅沢品だ。
ファストファッションならぬ、ファスト創作の時代。
安く、早く、多く、すぐ消費される物語が求められる。
そんな時代であればこそ、読む側にも、たまには更新のゆっくりした創作を読む余裕、それこそが豊かな文化を育てる創作者への良き肥料になるかもしれない (´・ω・`)
現在、SF戦記「星間覇道 ――没落貴族と女海賊、銀河帝位争乱――」を連載中です~♪
良かったら是非読みに来てやってください (*´▽`*)
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