The story's バスの進みち ( 11 )
三人目は、
通り過ぎる人たちの中から、
特に理由もなく選んだ人だった。
年は四十代くらい。
背中は少し丸く、
服はいつも同じような色味だった。
顔をよく覚えようとしなくても、
歩き方だけで分かる人だった。
私はまず、
その人がどこへ行くのかを知った。
昼前、
駅から少し離れた路地に入っていく。
古い看板のランチの店。
昼どきになると、
近くの工場や事務所から人が流れ込む。
彼はその店で働いていた。
厨房の奥で、
黙々と手を動かす。
油の音に混じって、
ときどき短い返事だけが聞こえる。
笑顔も、
愛想も、
ほとんど見えない。
仕事が終わると、
寄り道はしない。
まっすぐ帰る。
同じ道を、
同じ角で曲がり、
同じ自販機の前を通り過ぎる。
私は何日も、
その後ろ姿を見た。
今日は違う道を選ぶんじゃないか、
そんな期待は、
毎回、裏切られた。
休みの日は、
少しだけ動きが変わった。
昼過ぎに家を出て、
近くの公園へ行く。
ベンチに座り、
しばらく空を見る。
特に何かをするわけでもなく、
時間が過ぎるのを待つみたいに座っている。
そのあと、
スーパーで買い物をして、
また同じ道で帰る。
それを、
何十年も続けているらしい、
というところまで調べて、
私は少し疲れた。
変化がないからではない。
変化がないことが、
あまりにも自然だったからだ。
彼の仕草には、
不思議な癖があった。
歩きながら、
同じ動きを何度か繰り返す。
ポケットに手を入れ、
出して、
また入れる。
肩を軽くすくめる。
足取りは、
もう身体に染みついた道を歩く人のものだった。
仕事帰り、
彼の部屋の灯りがついているのを、
外から何度か見た。
カーテンの隙間から漏れる光は、
温かいはずなのに、
なぜか虚しく見えた。
誰かが待っているわけでもなく、
誰かに見せるわけでもない明るさ。
ただ、
そこに人がいるという証明みたいな光。
ある日、
私はその店でランチを食べた。
豚カツ定食。
特別な味ではない。
でも、
なぜか少しだけ美味しかった。
衣が、
ほんのわずかに軽く、
肉は、
他よりも硬くならない。
理由は分からない。
ただ、
長い時間の中で、
無意識に身についた手つきが、
味に残っている気がした。
私はそれを食べながら、
彼の背中を見ていた。
何も変わらない毎日の中で、
ほんの少しだけ、
良くなっていった何か。
それが、
この人の全部なのかもしれないと思った。
この人を調べても、
劇的な結論は出ない。
悪い人でもなく、
特別に良い人でもない。
ただ、
同じ場所で、
同じ動きを繰り返し、
何十年も生きてきた人だった




