The story's バスの進みち (10)
次のに私が選んだのは、
長細い体つきの、整いすぎていないのに不思議と目を引く顔の美容師だった。
駅前の通りにある、ガラス張りの小さな美容室。
周りには同じような店がいくつも並んでいる。
値段も、距離も、サービスも、
正直そこまで大きな差はないはずなのに、
なぜかその店だけ、
いつ通っても人がいる。
平日の昼でも、
誰かが椅子に座っていて、
休日になると、
外で順番を待つ人まで出てくる。
人口と、
髪を切りに来る人の数を頭の中で比べてみると、
明らかに多すぎた。
私は最初、客として通った。
髪を切る必要は特になかったけれど、
理由はどうでもよかった。
初めて行った日は、ただ座って、
鏡の中の自分と、
その人の動きを見ていた。
ハサミは静かで、
切られる感触もほとんどなかった。
気づいたら、
予定より短く切られていたのに、
なぜか不満はなかった。
二度目は、わざと少し混んでいる時間を選んだ。店の中は忙しそうで、
美容師はほとんど休みなく動いていた。それでも、
客一人一人への視線だけは、雑になっていなかった。
三度目、私は気づいた。
この人は、話を広げない。でも、終わらせもしない。
相手が話したいところで、止めずに置いておく。沈黙が生まれても、無理に埋めない。その「空き」が、不思議と心地よかった。
何度か通ううちに、私はアルバイト募集の紙に目が留まった。床掃除、洗濯、雑用。
内容は単純だった。
私は働き始めた。
最初の数日は、
店の匂いと音に慣れるだけで精一杯だった。ドライヤーの風の熱、
床に落ちた細かい髪が靴の中に入る感触。
閉店後の、
誰もいなくなった店の静けさ。
私は、
ただそこにいるだけの人間だった。
一週間ほど経ったころ、客の顔を、
少しずつ覚え始めた。
毎週同じ時間に来る人。
切り終わると必ずため息をつく人。帰り際に、
「また来ます」と言う人。
二週間目、店の空気が、私にも見えるようになってきた。ここは、
髪を切る場所というより、
人が「ほどける場所」だった。
美容師は、
相変わらず多くを語らない。でも、相手が言ったことを、
一度も雑に扱わなかった。
売り上げが伸びていることも、少しずつ分かってきた。予約表は埋まり、常連の名前が増えていく。
誰かが誰かを連れてくる。
理由を聞くと、
みんな曖昧に笑うだけだった。
私は、その理由が、
数字じゃないところにあるのを知った。
それでも私は、まだ観察を続けた。
知りたいというより、
ただ、
ここに流れている時間を
最後まで見たかった。
一ヶ月ほど経ったころ、
私はもう、
調べることに意味を感じなくなっていた。
辞めると伝えた日の夜、
店の灯りは、
いつもより少しだけ弱く感じた。
「もう、十分見ましたか」
背中に向かって、
その人が言った。
私は振り返らなかった。
ほんの少しだけ口元が緩んで、
やっぱり、ばれていたんだと思った。
ドアを開け温かい空気を吸いながら
私前に進んだ




