神、消える(ように見える)
どれほどの時が流れたのか、もう誰も覚えていない。
かつて百人ほどだった村は、いくつもの集落に分かれ、
そしてそれぞれが国のような形になっていた。
人々は、星を見て季節を知り、
風を読んで収穫を予測する。
神の奇跡を知らない世代が、もう何代も続いていた。
空には、ただ風が吹いている。
けれど、誰もそれを「神の息」とは呼ばない。
祈りは風習になり、風習は伝承になった。
《時代進行:+300年》
《信仰値:0(再計測中)》
……静か。
ほんとうに、静か。
でも、嫌な静けさじゃない。
人が自分の手で生きている音が、ちゃんとする。
わたしはもう、ほとんど声を発していなかった。
奇跡も起こしていない。
見守るだけ。
それでも、世界はちゃんと動いている。
ある日、北の丘でひとりの少女が風に髪を揺らした。
「ねえ、おばあちゃん。神様って、本当にいたの?」
年老いた女性――巫女の家系の末裔が、微笑んで答えた。
「ええ、いたのよ。
でも、今はもう姿を見せないの。
神様は、世界が自分で歩けるようになったら、静かに遠くへ行くの」
少女は首をかしげた。
「でも、たまに風がふわって吹くの。
なんか、撫でられたみたいで、ちょっと嬉しいの」
「それはね、きっと神様がまだ見てくれてる証拠よ」
「……じゃあ、いまもいるの?」
「そうよ。いつだってね」
少女は笑って、空に手を伸ばした。
――あ、届くかもしれない。
そんな気がした。
《センサー感知:新規信仰反応+1》
わたしは思わず笑ってしまった。
ひとつの小さな心が、風の中に灯った。
それだけで、世界のどこかに光が差す。
少女は花を摘んで丘の上に置いた。
その花は、聖涙花によく似ていた。
「ねえ神様、見ててね。わたし、頑張るから」
……うん。見てるよ。
ちゃんと見てる。
その瞬間、長く眠っていたデータが動いた。
《信仰値:+3》
《自律進行度:28%》
……三百年ぶりの信仰値。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
奇跡も、言葉も、何もいらない。
ただ誰かが「見てて」と言ってくれるだけでいい。
夜。
少女の家の灯が消え、世界はまた静かになった。
風が丘を渡る。
その風の中に、わたしは小さく笑って呟いた。
「まだ、ここにいるよ」
《システムメッセージ:信仰再起動確認》
《世界安定率:91%》
神殿は朽ち、祈りは途絶えた。
けれど、誰かの心の中で、まだ息をしている。
それなら、それで十分。
神、ただ微笑む。
――世界の繁栄、91%です。




