お願い、止まって! 今の無し!
――神の涙が花を咲かせた日。
その小さな白い花を、人々は「聖涙花」と名づけた。
翌朝、村の広場は歓声に包まれていました。
「神様が赦してくださった!」
「神の涙が呪いを清めた!」
……いや、そうじゃないんだけど。
わたしは、ただ“悲しみを受け入れた”だけ。
けれど、地上の人たちはそれを“奇跡”だと信じた。
《信仰値+200》
わあ、すごい。信仰、跳ね上がった。
これ、正直ちょっと怖い。
昨日まで神を恐れていたのに、今日は手のひらを返す勢いで感謝の雨。
……人の心って、ほんと忙しい。
それでも、笑顔が増えるのはうれしい。
リネアの子孫たちが、花を飾って歌っている。
「神様は悲しむ者を見捨てない」
ああ、いい言葉。
でも、どうかそれを“都合のいいおまじない”にしないで。いつか"のろい"になっちゃうから。
《文明ランク:5(信仰国家)》
《人口:520人》
世界は広がっていた。
家々が連なり、川の上には木の橋がかかっている。
みんな、ちゃんと働いて、食べて、笑ってる。
……それなのに、最近ちょっとだけ息苦しい。
なぜなら、どこを見ても祭壇がある。
わたしの名を刻んだ祈祷碑、わたしを模した像。
「神の涙をもう一度!」
「神の花を増やせ!」
……いや、あの花は、呪いの名残なんだけどなぁ。
《イベント:奇跡模倣実験》
ん? なにそれ。
マップを見ると、人々が白衣を着ている(え、白衣?)。
祭司と学者たちが集まって、“奇跡を再現する儀式”を始めていた。
「神の雨を我らの手で!」
「神の力を、我らも学ぶ!」
空が少しだけ重くなった。
雲の影が地面をゆっくりと這う。
わたしは嫌な胸騒ぎを覚えたけれど、「きっと大丈夫」と自分に言い聞かせた。
祈りがこんなにも明るいのに、災いが来るはずがない。
そう思いたかったのに。
《システム警告:奇跡の模倣はシナリオ破綻を招く恐れがあります》
あぁ、ヤバいやつ。
でも止められない。
人は、手に入れた“力”を試さずにはいられない。
数日後、村の空が突然暗くなった。
模倣儀式の暴発。
黒い雨が降り、畑が焼け、川が濁る。
人々は叫び、逃げ惑う。
「神が怒った!」
「これは罰だ!」
……ちがう! 罰なんてしてない! 自分たちで引き起こしたんだよ!
けど、声は届かない。
「神の怒りを鎮めるため、奇跡を捧げよ!」
「もっと祈れ! もっと!」
信仰が加速する。
祈りが連鎖反応を起こして、空に光の渦が生まれた。
《奇跡暴走検知》
《光量限界突破》
世界が白く染まる。
うそ……奇跡が、奇跡を呼んでる。
あの仕組み、そうか。
信仰が増えすぎると、奇跡が勝手に発動するようになってる。
制御できない……。
祈りの声が、悲鳴と混ざって空を満たしていく。
わたしは手を伸ばした——けれど、届かない。
祈りと奇跡が同じ速度で膨れ上がり、
「救いたい」と「止めたい」が、同じ意味になっていく。
どっちに手を伸ばしても、壊れる気がした。
「神様、助けて!」
あちこちから祈りの声が上がる。
わたしは全力で押さえ込もうと指を動かした。
「止まれっ!」
光の渦が、ほんの少しだけ収まる。
けれど、止まった分の反動が地面に降り注いだ。
――洪水。
村が水に沈む。
神殿の柱が倒れ、祈祷碑が流れていく。
人々の叫びが混じる。
「神が罰を……!」
「神が……怒った……!」
やめて。
違うの。怒ってない。
助けようとしたの。助けようとして、また壊しちゃったの。
すべてが沈んで、音が消えた。
風も、声も、祈りも。
ただ、水面の反射だけが、まだわたしを見ていた。
それがまるで、「ねえ、見て」と言っているようで、
どうしても目をそらせなかった。
《環境崩壊率:65%》
《人口減少:−320》
……ごめんなさい。
水の中で光る聖涙花。
それを抱きかかえた巫女の少女が、静かに祈っていた。
「神様、あなたも苦しいの?」
わたし、答えられなかった。
ただ、風の音にまぎれて、小さく言った。
「うん、ちょっとね」
夜。
水が引いて、世界は静まり返った。
残った人々が焚き火を囲む。
誰も神を責めない。
ただ、疲れた目で空を見上げている。
――ああ、やっと“祈りのない時間”が来た。
それが、少しだけ心地よかった。
でも同時に、胸が痛かった。
祈りを失った世界って、こんなに静かなんだ。
《システムメッセージ:人類自律進行度 8%に低下》
わたしは空で膝を抱えた。
奇跡を与えすぎて、信仰を育てすぎて、
そして世界を崩壊させた。
けれど、リネアの血はまだ続いている。
生き残った者たちは小さな集落を作り、
火を分け合いながら、新しい祈りをつぶやいた。
「神様、もう怒らないでください」
……ううん。怒ってないよ。
もう怒る力も、残ってない。
《信仰残高:14》
《世界安定率:不安定》
神、自己嫌悪中。
――世界の繁栄、わずか8%です。




