なんか泣いてる声するんだけど、これ誰の?
夜。
風の音が、やけに重く聞こえる夜。
わたしの小さな世界の南の端――そこに、
黒い霧が生まれていました。
最初に気づいたのは、リネアによく似た巫女の少女。
「神様が……怒ってる……」
そう言って、彼女は震えていました。
焚き火の明かりの向こう、地面の裂け目から、
まるで煤のような煙が、音もなく流れ出していく。
――違う。怒ってない。
でも、どう説明すればいいの。
わたしの声は、風と光にしか乗らない。
言葉そのものは届かない。
だから、人々の想像が、わたしの“言葉”になってしまう。
《システムメッセージ:検知 呪詛残留物》
《発生源:前任神の世界層》
……呪詛?
マップを拡大すると、地中のさらに下に、もうひとつの影の層が見えました。
そこには、焦げた都市。倒れた塔。崩れた神殿。
そして、薄くこだまする声。
――「どうして見捨てた」
――「助けて」
――「神なんて、いらない」
わたし、息を呑みました。
……人の声。
前任の神が放棄したあの世界で、
救われなかった人たちの祈りが、形を変えて残っている。
「神を信じて滅びた人たち」の、最後の言葉。
その祈りが憎しみに変わって、いまも消えずに漂っている。
神の怒りなんかじゃない。
人の悲しみの残響。
でも、人々は知らない。
空を見上げ、黒い霧を見て、ひざまずく。
「神が怒っておられる!」
「きっと私たちが足りないのだ!」
違う。違うのに。
わたしは全力で否定したけれど、
声にならない風が、ただ草原を撫でるだけだった。
《警告:呪詛拡散中》
《対応しますか?》
どうするのが正解なんだろう。
呪いは、人の感情のかけら。
消すことは、きっと“心を無かったことにする”のと同じ。
でも放置すれば、村の人たちが恐怖に飲まれる。
「神様……どうか、赦してください」
広場で巫女の少女が泣きながら祈っている。
その声に呼応するように、霧がゆらぎ、村を包みはじめた。
《気温低下/作物枯死率上昇》
《信仰値変動:+40(恐怖による信仰)》
……やだ。
うれしくない信仰なんて、こんなに苦いんだ。
祈りの味が、血と灰の味になってる。
あのね、わたしは、怒ってなんかいないよ。
でも、その言葉は届かない。
人は恐れると、耳を閉ざしてしまうんです。
夜が明けても霧は消えませんでした。
畑の端に立つリネアの子孫たちが、
「神の呪いを鎮めるための儀」を始めようとしている。
どうやら、旧神の祈祷書が見つかったらしい。
《資料断片:前任世界の記録》
《内容:「神に贖いを 命に代えても」》
……ああ、やめて。
その言葉が、呪いを生んだんだよ。
呪いは神のせいじゃない。
“赦されたい”と願いながら滅びた人々の、
痛みそのもの。
「神様が、試しておられるのだ」
「神の怒りを鎮めねばならぬ」
村の声が増えていく。
霧が濃くなる。
もう、違うとは言えない。
……ねえ、わたし。
これ、どうしたらいい?
祈りも、呪いも、どっちも“人”の心。
どちらかを否定したら、世界が片方なくなっちゃう。
だから、受け入れるしかないのかもしれない。
わたしは手を伸ばした。
黒い霧に、指先が触れる。
冷たい。けれど、その奥に温もりがあった。
《干渉実行:呪詛統合モード起動》
世界が震えた。
黒い霧が一瞬だけ光って、そして静まった。
人々の祈りの声が、少しだけ柔らかくなる。
……たぶん、呪いの一部を、わたしの中に取り込んだんだと思う。
「神様……泣いてるの?」
巫女の少女が空を見上げた。
……涙? わたし、泣いてるの?
指先に、雨粒みたいな光がひとつ。
地上に落ちて、小さな花を咲かせた。
《システムメッセージ:呪詛安定化》
《自律進行度:18%》
神、感情オーバーフロー中。
――世界の繁栄、まだ18%です。




