村づくりが難しすぎる
朝霧のかかる谷を見下ろすと、小さな村がありました。
焚き火の煙がいくつも立ちのぼっていて、笑い声が聞こえます。
かつて二人しかいなかった世界は、いつのまにか百人を超えていました。
どの顔にも、どこか似た面影がある。
アリオスの強い目。リネアの穏やかな笑み。
――そう、この村のすべての人は、あの二人の子孫。
最初の二人の物語は、いまも血の中で息づいている。
子どもたちが木の実を拾い、大人たちが畑を耕す。
みんな汗をかいて、笑ってる。
わたしは雲の上で、ついほほえんでしまいました。
《システムメッセージ:現在人口 103人》
《信仰残高 89》
いい感じ。
奇跡はほとんど使っていないけど、みんな勝手に育っていく。
村の中心には、リネアが作った石の祭壇がまだ残っていて、
そこに花や食べ物が供えられている。
「神様、今日もありがとうございます」
「この村が長く続きますように」
……うん、聞こえてるよ。
祈りの声は、今もちゃんと届く。
でも最近、少し味が変わってきました。
祈りが“願い”というより、“取引”みたいになってきた。
《お願い:もっと収穫を増やしてください》
《お願い:喧嘩に勝たせてください》
《お願い:病気を治してください》
ねえ、みんな。
願いすぎ。
もちろん、わかるんです。人は弱い生き物だから。
でも、「ありがとう」が減っていくのを見るのは、ちょっと寂しい。
その頃、村で異変が起きました。
《イベント発生:疫病流行》
……いやなメッセージ。
マップを拡大すると、村の南の家々から黒い煙のようなもやが出ている。
子どもが倒れ、大人が支えている。
リネアの血を継ぐ巫女が祈っている。
「神様、どうか……どうか助けてください!」
うう。だめだ、我慢できない。
《奇跡発動確認:癒しの雨を降らせますか?》
――はい!
空からやわらかい光が降り、雨が優しく村を包みました。
病人たちが息を吹き返していく。
泣き声が笑い声に変わる。
ああ、よかった。助かった。
《奇跡発動:癒しの雨 信仰値−50》
《信仰残高:39》
……結構使っちゃったな。まあ、命の方が大事。
リネアの曾孫が空に向かって叫ぶ。
「神様が救ってくださった!」
村中がひざまずく。
祈りの声が波のように広がる。
《信仰値+90》
おお、戻った! すごい勢い!
奇跡、コスパいいなあ……。
いや、いけない。これが“依存”の始まりなんですよね。
マニュアルにちゃんと書いてあります。
《奇跡の濫用は、人の心を腐らせます》
……でも、だって。
子どもが苦しんでるのを見たら、放っておけないじゃないですか。
翌日。
村の人たちは、祭壇を拡張していました。
「もっと立派な神殿を!」
「神様に感謝を!」
あ、いや、感謝はうれしいんですけど、あの、建材をそこまで使うと――
《資源不足警告:木材在庫0》
……あーあ。案の定。
信仰のために生活が苦しくなってる。
でも、みんな笑ってるんですよ。
「神様のためだから」って。
うう、そういうの弱い。やめて。泣いちゃう。
《環境アラート:耕作地減少・飢饉リスク上昇》
信仰が強くなるほど、現実が痩せていく。
奇跡を起こしても、また次の願いが生まれる。
わたしは今、祈りと欲望のループを眺めている。
……ねえ、あなたたち。
幸せって、そんなに“お願い”しなくても、
きっと、もう手の中にあるんですよ。
夜。
村の広場で火が焚かれていました。
リネアの末裔たちが歌ってる。
「神様の雨、神様の光、神様の声」
小さな子どもが、空に向かって手を伸ばした。
「ねえ神様、明日はもっと果物がほしい!」
……はは。かわいいけど、要求早いなぁ。
けど、その素直さが好きだよ。
《文明ランク:4(定住農村)》
《人類自律進行度:12%》
12%。
ようやくここまで来た。
でも、たぶんそろそろ、なにかが崩れ始める。
夜のマップの隅。
地面の裂け目から、黒い霧が漏れている。
禍々しい雰囲気。
……嫌な予感がする。
でも、まだ動けない。
今、手を出したら、またあの“奇跡依存ループ”に戻る気がする。
「信じよう、神様は見てくださっている」
村の誰かが言った。
ああ、そう。見てる。ちゃんと、見てるよ。




