奇跡ポイント、思ったより減りが早い
朝日が、ゆっくりと地平から昇ります。
空気が澄んでいて、風がやさしい。
アリオスとリネアは、石の祭壇の前で並んで立っていました。
もう、あの小さな世界にも朝の習慣ができてきたらしい。
「おはよう、神様」
「今日も一日、どうか見守ってください」
……うん。おはよう。ちゃんと聞こえてるよ。
でもね、あなたたち。わたし、神様って言われると、まだ少しくすぐったいの。
《システムメッセージ:信仰値 累計+17》
……あ、また増えた。すごいなあ。最近の伸びがいい。
あれ、マップの端っこに新しい小屋ができてる。
あの二人、器用だなぁ。道具も作れるようになってきたんだ。
《文明進化段階:0→1 (原始→初期集落)》
おお、文明ランクアップ。おめでとう!
やっぱり、見てると人ってちゃんと工夫する生き物なんだな。
火、住居、狩猟。
マニュアルにも書いてある通り、“奇跡に頼らず発展できる”のが理想らしい。
……理想ね。
でも現実、けっこう助けちゃってる。
最近、よく天気が荒れる。
干ばつ。嵐。地面のひび割れ。
わたしが「晴れてー」と思うと本当に晴れるから、
ついポチッとやってしまうんです。
《奇跡発動:天候調整 信仰値−15》
あー、また減った。
この世界、信仰が通貨みたいに扱われてるんですよ。
人が祈るとポイントが貯まって、
奇跡を使うと減る。
ちょっと銀行口座みたいな気分。
でも、うれしい。
リネアが祈るとき、ほんとうにやさしい音がする。
あの人の祈りは、ただの願いじゃない。
誰かを想って、ちゃんと「ありがとう」って言葉が乗ってる。
それが届くと、胸がぽっと温かくなるんです。
「神様、今日は狩りがうまくいきますように」
「子どもが生まれますように」
「雨が、もう少しだけ降りますように」
……ね、そういう祈りなら、聞いてあげたくなっちゃうでしょ?
だから、ちょっとだけ。
雨の調整ボタンを、軽く、ぽちっ。
《奇跡発動:小雨生成 信仰値−3》
やさしい雨が降り始める。
リネアが空を見上げて笑う。
「神様が応えてくださったわ!」
……うん。まあ、ちょっとだけ、ね。
アリオスたちは、雨を喜んで畑を耕し始めました。
――畑! すごい! 文明の芽だ!
マニュアルのページをめくると、「農耕による自給自足」って項目にチェックがついてる。
えらい。ほんとにえらい。
《文明進化段階:1→2(農耕社会)》
わたし、ちょっと泣きそう。
……でも同時に、信仰値がじわじわ減ってる。
《現在信仰残高:31》
あれ? さっき60くらいあったのに。
《備考:生活安定により祈り頻度が減少中》
あ、そうか。便利になったから、祈らなくなったんだ。
うーん。これはこれで、ちょっと寂しい。
でも、仕方ないですよね。
人って、困ってるときほど一生懸命祈るんだもん。
幸せなときは、「もう大丈夫」って思うのが自然だもんね。
それでも、リネアは朝と夜だけは必ず祈る。
彼女がひざまずくたび、世界が少し柔らかく光る。
その光で、わたしは“味”を感じるようになってきた。
甘いとき、しょっぱいとき、苦いとき。
信仰って、感情の味がするんです。
祈りを味わうたびに、前世の記憶の片隅がくすぐられる。
――あの頃、わたしも誰かの幸せを願ってた気がする。
小さな子の弁当を作って、「美味しく食べてね」って笑ってたような。
そんな優しい記憶の温度が、ふっと戻る。
……あれ。
もしかして、前世で“徳を積みすぎた”って、こういうこと?
ああ、なんか、納得した気がする。
《システムメッセージ:人口増加中》
《現在人口:12人》
おおっ! すごい! いつの間に!?
アリオスとリネア、すごい勢いで子孫繁栄してる!
えらい! マニュアル通り!
新しい家族たちが生まれ、焚き火の数が増え、村っぽくなってきた。
子どもたちが遊びながら笑ってる。
「神様、みてて!」って言いながら石を積み上げて。
かわいい。うれしい。
――でも、ああ、ちょっと複雑。
信仰値が、やっぱり減ってる。
《現在信仰残高:18》
笑顔が増えるほど、祈りが減る。
奇跡を起こす余力も、少しずつなくなっていく。
これ、バランス的にどうなの。
《アドバイス:神の干渉を抑えると、自然に信仰が戻ります》
あ、マニュアルから自動メッセージが。
……そうか。助けすぎないことが、信仰の育つ土壌なんだ。
でも、それってなんだか残酷。
人が困ってるのを見て、手を出しちゃいけないなんて。
その夜、嵐が来ました。
風が強く、木々が倒れ、子どもが泣いています。
わたしの指が震える。
助けたい。助けたい。
《奇跡発動確認:暴風抑制? はい/いいえ》
……だめ。今は、我慢。
「いいえ」を選んで、目を閉じました。
風が吹き荒れて、焚き火が消える。
アリオスが子どもを抱きかかえる。
リネアが叫ぶ。「神様、どうか!」
……聞こえる。聞こえてるよ。
でも、今は。今だけは。
わたしが手を出したら、きっと、あなたたちの“力”が育たない。
――夜が明けました。
村はぐちゃぐちゃ。家は倒れ、畑も荒れた。
でも、みんな生きてる。
リネアが立ち上がる。
「神様は、きっと私たちを信じてくださったのね」
……そう。そうだよ。信じてた。ちゃんと。
《システムメッセージ:人類の自律進行度 5%》
《文明ランク:3(信仰体系成立)》
――世界の繁栄、まだ5%です。
でも、今日の朝日は、やけにまぶしかった。




