神、降臨す。説明書は薄い
気づいたら、空でした。
それも、どこまでも白くて静かで、でもどこか生温かい……そんな空。
いや、これ、どこ? 天国? 死後の世界? それとも、夢?
下を見下ろすと、小さな丸い土地が浮かんでいました。
山が三つ。川が一本。森がちょこっと。砂地が多めで、全体的にやる気がない。
……うん、これ、ゲームのマップサイズでは?
そう思った瞬間、目の前にふわっと紙が浮かび上がりました。
淡い光に包まれた、半透明の羊皮紙です。
文字が浮かび上がるように現れました。
《あなたは徳を積みすぎたため、神に昇格しました。おめでとうございます。》
《ミッション:世界の繁栄を達成せよ。初期人口:2人》
……は、はい?
神、ですか? あの、そんな、恐れ多い……。
というか、急すぎません? なんの前触れもなく神昇格って。
《前世での功徳が規定値を超過しました。これより神としての業務を開始します。》
《マニュアルは別途ご確認ください》
別途ってどこですか! え、どこ!?
――あ、出た。ぽん、と左手に冊子が出現しました。
『新任神様のためのはじめての箱庭管理(初級編)』
……かわいいタイトル。表紙にはスマイルマーク。
なんか、ゆるい。いや、仕事なんですよねこれ?
ページをめくると、一行目にでかでかと書かれていました。
《※本世界はテスト環境です。初期状態の生命体数:2。環境難易度:やや過酷。前任神の放棄による劣化あり。》
うわ、出た。やや過酷。前任神の放棄。
完全に押し付け案件じゃないですかこれ。
「えー……これ、どうやって繁栄させるの?」
ぽつりとつぶやいたら、下の土地が少し震えました。
見れば、二人の人間が立っています。
男の人と、女の人。裸足で、木の葉を身にまとっている。
……本当に最初の二人だ。文明レベルゼロ。
「え、これ、アダムとイブ方式? 倫理審査とかないの?」
マニュアルをめくると、さらっと書いてありました。
《初期ブースト期間は倫理フィルタ無効》
無効って言い切ったよ!?
なんか、神様ってもっと厳粛な存在じゃないの? これ、世界作成ツールじゃん。
それでも、やるしかないらしい。
名前を見てみる。男はアリオス、女はリネア。
二人とも新鮮な瞳をしていて、見ているだけで胸がきゅっとする。
……そうか、ここから始まるんだ。
「えっと、がんばってねー」と、軽く声をかけてみた。
聞こえないと思っていたけど、リネアがぴくっと反応した。
え、聞こえた? 聞こえるの? すごい。通信できるんだ。
「そっちいったら危ないよー。そっちは崖――」
ぷちっ。
……あっ。
アリオス、落ちました。
死にました。
――開始五分で死亡者発生。神、動揺。
リネアは泣き崩れました。
そりゃそうですよね。最初の二人のうちの一人が初日に死ぬなんて。
え、どうしよう。これ、リセットボタンとかないの?
マニュアルの裏表紙を見たら、ちっちゃい文字で書いてありました。
《復活機能は緊急時のみ使用可。ただしシナリオ破綻の危険あり。》
危険とか言われても。もう破綻してるよ!? 二人しかいないんだから!
……ええい、ぽちっ。
《禁止事項:死者の蘇生はシナリオ破綻を招くため非推奨です》
死んじゃった方が破綻するから!
というわけで、アリオスを復活させました。
よかった、生きてる。よろよろ立ち上がってる。
リネアが泣きながら抱きついてる。
ああ、よかった……。
「……神様、ありがとうございます」
リネアが小さくそう言いました。
わたし、思わず息をのんだ。
なんか、胸があったかくなる。あ、これが「信仰」かも。
空中に小さな光が生まれました。
マニュアルのメーターがぴこん、と動く。
《信仰値+3》
えっ、ポイント制? あ、これが奇跡コスト?
あ、経済システムだこれ。信仰が通貨なんだ。妙に合理的だな。
《信仰値で奇跡を発動できます》
わかりやすいけど、生々しいなあ……。
せっかくだから、何かしてみよう。
アリオスたち、焚き火もないし、夜は寒そう。
じゃあ、ちょっと「火」をつけてあげようかな。
――ぼっ。
「きゃっ!」
リネアがびっくりして飛びのきました。
あ、ごめんごめん! でも火、便利だよ?
アリオスが嬉しそうに手をかざしてる。あったかいね。
うん、なんか……うれしい。
こうやって、何かを与えるたびに世界がほんの少し明るくなる。
人の笑顔が見えると、胸の奥がじんわり熱くなる。
《奇跡発動:火の創造 信仰値−2》
……減った。あ、そっか、奇跡って燃費悪いんだ。
信仰をもらって、奇跡で使う。
人が成長したら信仰が減る。
――なるほど、これはバランスゲームですね。
「神様、これを捧げます」
リネアが、果実を手に持って祈っています。
あ、供物? あのね、それ、置いとくと腐っちゃうから――
わ、なんか、味がわかった。
食べてないのに。あ、これ……甘い。すごく美味しい。
うれしい。なんか、胸が満たされる。
《供物受領 信仰値+5》
……あ、やっぱり通貨だった。
でも、不思議。
祈りって、数字で管理できるものじゃないのに。
なのに、確かに“届いた”ってわかる。
味や香りみたいに、感覚でわかる。
……神様って、もしかして、こういう瞬間のために存在してるのかもしれないな。
世界の運営とかじゃなくて、“ありがとう”を感じるために。
そう思った瞬間、地面がぐらりと揺れました。
あ、地震!? ちょ、ちょっと待って、まだ操作に慣れて――!
《システムメッセージ:地殻不安定。環境難易度が上昇しました》
……えぇぇぇ、勝手に上がらないで!?
ちょっと! 誰が操作してるの!?
マップの隅で、黒いもやがゆらゆらしています。
あれ……なんか、嫌な感じ。
でも、放っておくしかない。今はこの二人の方が大事だ。
「ねえ、あなたたち。がんばって生きてね」
リネアが空を見上げた気がしました。
アリオスも笑ってる。
ああ……この瞬間だけで、報われる。
神、今日もわちゃわちゃ運営中。
――世界の繁栄、まだ1%です。




