松田メモ①
某大学の学務室。五十嵐さんはノートに情報を書き込みながら、何やら思案するように首をかしげている。俺は手元のメモ帳を見返しつつ、事件の全体像を改めて整理していた。
――二日前、群馬県の山中で腐乱死体が発見された。身元は黒塚航、三十一歳、独身男性。身長は骨格から推定して百七十〜百七十五センチ、推定体重は八十〜九十キログラム程度。死亡推定時刻は、遺体の腐敗具合から見て約2週間前。死因は脱水による衰弱死の可能性が高い。
テントの出入口は内側から閉められており、外部から開閉された痕跡は認められなかった。テントや持ち物から検出された指紋も、すべて本人のものと一致している。
現場の状況から見て、外部の介入は考えづらい。所持品はスマートフォンとキャンプ用品一式。ただし、水や食料といった生命維持に必要なものは一切見当たらなかった。真夏の強烈な残暑のもと、密閉空間で放置された遺体は激しく腐敗し、身体の原型を留めないほどだった。
発見のきっかけとなったのは、彼が出演していたオカルトサークルの動画。それを見た視聴者の田中博(二十二歳)と板垣誠(二十一歳)が、動画内の洞窟を見るために、現地を訪れた際に異臭と虫の群れに気づいて通報したという。
黒塚は会社を無断欠勤しており、地元・秋田の実家からも連絡が取れなくなっていたため、既に行方不明届が出されていた。身元は歯型と指紋の照合によって確定。本人のスマートフォンには、圏外だった山中で蓄積されていた通信データが、検察への輸送途中に一斉に届いた形跡がある。
着信履歴には両親と実家の番号、さらに勤め先の会社と青山悠という人物の名が複数回記録されていた。後に、黒塚が所属していた大学のオカルトサークルの部長だと判明する。事故死として処理されかけていたが、同日、もうひとつの死亡事件が重なることで、捜査に新たな光が差し込むことになる。
――その日の夜、山手線恵比寿駅。午後九時ごろ、若い女性が転落防止柵を無理やり乗り越え、進入してきた電車に轢かれて死亡。目撃者の証言によれば、明らかに自ら飛び込む意思があったとされ、自殺と断定された。
死亡したのは、山崎茜、十九歳、独身。身長はおよそ百六十〜百六十五センチ、体重は四十〜五十キログラムと推定される。衝突と車輪への巻き込みにより全身が激しく損壊し、損傷があまりに甚大だったため、通常の検死は行われなかった。身元は歯型と指紋によって確認された。彼女もまた、黒塚と同じ大学のオカルトサークルに所属していた。
自宅アパートから回収されたスマートフォンには、彼女が管理していたと見られる個人ブログのログイン履歴が残されていた。最終更新は、死亡の前日深夜二時。内容は一見すると混乱した独白のようだったが、読んだ者に不安を抱かせるような、どこか常軌を逸した印象があった。
この二人の死――一方は山中での孤独死、もう一方は繁華街の駅での飛び降り。一見まったく異なる経緯だが、共通点がいくつか存在している。
ひとつ、どちらも同じ大学のオカルトサークルに所属していたこと。ふたつ、サークルの最新動画「水の悪鬼伝承レポート」に出演し、その伝承に類似した文言を遺して命を絶ったこと。
「事故に見せかけた、何らかの影響を受けた他殺」――五十嵐さんは、どうやらそう睨んでいるようだ。
だが新米の俺には、その思考の裏付けまで読み取る力はまだない。以前、事件性が浮上したばかりの段階で「偶然では?」と口にしたところ、「パズルのピースが足りない段階で偶然と断定するのは、ただの思考放棄だ」とぴしゃりと言われたのを思い出す。
――そして今、俺たちはその「ピース」を求めて、関係者たちへの事情聴取を始めようとしている。まもなく、件のオカルトサークルの現役部員たちが呼び出される予定だ。
俺は、彼らの言葉と表情、そして些細な反応を見逃さぬよう、手元のペンを強く握りしめた。
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