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死者

 九月も下旬に差しかかり、長かった夏休みが終わりを告げ、そして三日が過ぎた。バイトにはそれなりに精を出したおかげで、財布の中身はいつになく心強い。とはいえ、心に残るような遊びの思い出といえば――オカルトサークルの日帰りで行った、群馬の山奥への調査くらいだ。「味気ない青春だな」と、ふと独り呟き溜息をついた。


 倉庫をそのまま部屋にしたような、狭いサークル棟の一室。ドアを開けて中を覗くと、先輩たちは揃いも揃って机に突っ伏し、見事にだらけていた。ソファに寝そべってスマホをいじっているのが青山先輩。机に突っ伏して溶けたかき氷を前にしているのが、刈谷先輩と遠藤先輩だ。


 連日の猛暑に加えて、残暑も一向に収まる気配がない。暑さにやられているのはわかるし、同情もできる。――が、エアコンが効いてるこの部屋でこの有様は、さすがにどうなんだ?


「おー、久しぶりだな。圭吾」


 青山先輩がこちらに目を向け、片手を軽く上げた。気怠げな姿勢のままだが、これは寛いでいるというより、オカルトネタを物色中の“真剣な態度”だ。本人曰く、事前リサーチこそ命――らしい。それはそれで構わないけど、就活の方は大丈夫なんだろうか。そういえば、実家が自営業だとか言ってたっけ。なら、ある程度の余裕はあるのかもしれない。


「先輩、こんにちわ。元気なさそうっすね」


 俺は刈谷先輩の横に腰を下ろし、机に突っ伏す二人に軽く声をかけた。遠藤先輩は口を半開きにしながら、小さな寝息を立て、よだれを垂らして眠りこけている。


「なんや、篠原。えろう久しぶりやな」


 刈谷先輩が首だけを器用に回し、こちらに顔を向けた。いや、それくらいなら起き上がって話そうよ……と思いつつ視線を下ろすと、机の上にはかき氷の紙容器。中には半分ほど、赤く染まった液体が残っている。氷イチゴの末路――といったところか。


「そうですね、俺はバイトばかりしてました。先輩は夏バテですか?」


「……完全な夏バテや。最近、そうめんばっか食うてるわ」


 気だるさのせいか、いつものエセ関西弁にも、いまひとつ切れがない。俺はふと、部室内を見渡した。黒塚先輩の姿は見えない。もっとも、あの人は神出鬼没だから、いなくても不思議はない。だが、女性陣がどちらもいないのは、少し珍しい。


 静奈なら図書館に入り浸っていても不思議じゃない。あの子にとっては、そこがほぼ“巣”みたいなものだ。けれど、山崎先輩がいないのは少し気になる。彼女は授業をサボってでも部室に来るような人で、ほとんどここで生活しているんじゃないかと錯覚するくらい、在室率が高かったからだ。


「――茜ちゃんならおらんで。一週間くらい前に会うたけど、夏風邪が長引いとるとか言うてたな」


 刈谷先輩が、まるでこちらの心の内を読んだかのようにぼそりと呟いた。――もしかして、俺ってそんなに分かりやすく山崎先輩を探してるんだろうか。それとも、無意識のうちに目線や行動に出ていて、それを見透かされているとか? そういえば、静奈にも以前、似たようなことを指摘された記憶がある。……まさかとは思うけど、皆にはストーカーっぽく見えていて、あらかじめ釘を刺されてた……なんてことはないと、信じたい。


「夏風邪ですか。俺も最近、汗のかき過ぎか、身体がだるいんですよね」


「わかるわぁ。ほんま、この暑さは異常やで……せや! 青山、アメリカの気象兵器の調査とかどないや?」


 “HAARP(ハープ) ”――だったか。電磁波を使って気象を操作するという、かなり有名な都市伝説だ。真偽はともかく、地球規模の環境に手を加える兵器なんて、もし本当に存在したとしてもリスクが大きすぎる気がする。


 そもそも、海外ロケなんて、予算的にもスケジュール的にも不可能に決まってる。まあ、刈谷先輩のことだ、今回もいつもの適当な思いつきだろうけど。


HAARP(ハープ)はアラスカか……予算的にも、圭吾の単独ロケになりそうだな」


「部長、冗談でも止めてください。しかも、その計画、片道で考えてるでしょ。撮影した動画はネット経由で送れとか言うんでしょう?」


 くだらないけれど、そんな軽口を交わしている時間が、少しだけ楽しい。そんな中、不意に遠藤先輩が身を起こした。寝ぼけ(まなこ)のまま立ち上がると、小さく息を吐いて呟いた。


「今日は、帰りますね。僕も夏風邪っぽいので……」


 ぽそりと言い残して、力なく部室を出ていった。足取りもどこかふらついていて、見るからに具合が悪そうだった。


 俺はパソコンの前に座り、起動してサークルの動画サイトを確認する。最新動画の再生数は、公開から二週間で約四万再生。――なかなかの数字だ。入部したての頃は、だいたい二万〜三万再生が平均だったことを思えば、これは大健闘と言っていい。ひょっとして、最近の伸びは俺の働きのおかげ……? そう考えると、ほんの少しだけ、胸を張りたくなる気がした。


 マウスホイールを回し、画面をコメント欄へとスクロールする。明確な誹謗中傷や荒らし以外は、削除を控えるようにしている。ブロックは簡単だが、意見や論評の範囲内であれば貴重な声として受け止めたい。何より視聴者を選別することは再生数に影響を及ぼすからだ。視聴者層は幅広く、アンチも受け入れるのがこのサークルの方針だ。寛容な心で臨まなければと、俺は改めてコメント欄へ視線を戻した。


 @オカルトマニア 10時間前

 これは、呪われたんじゃないか?


 @翔太の鮓 1日前

 コウモリやべぇw


 @GS雄神♂ 1日前

 祠で伝承を解説してる子可愛い。推せる!


 @僕どざえもん 3日前

 8:33の所、何か映ってない?


 @茜大好き 4日前

 雰囲気ぱねぇ。そして茜ちゃんは今日も神!


 @コウモリ 6日前

 ↓それは俺に対する誹謗中傷か?


 @Cicada 3301 1週間前

 コウモリ多w雑菌とか超凄そうだな、俺だったら絶対入らないw


 @わたる 2週間前

 水が怖い


 @廃墟好きのこうちゃん 2週間前

 ありがちな伝承だな。飢饉とか疫病とか、それ系だろうな。


 @自滅の刃 2週間前

 なんか、おっさんがちらちら映るの草


 そこそこ新しいコメントがついている。うんうん、いい傾向だ。最近はコメント率も上がって嬉しい。しかし、そろそろ次の企画もアップしなければ。どこか近場で良さそうな場所はないかと、しばらくネットで検索やエゴサーチを続けていると、部室のドアが勢いよく開いた。息を切らし、切羽詰まった表情の静奈が立っている。皆が一斉に視線を向けた。


「せ、先輩が……。昨日、山崎先輩が事故で死んだって!」


「はぁ!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。冗談かドッキリの類かと思ったが、静奈に人を騙すような演技力はない。彼女の表情は、迫真であり、どこか鬼気迫るものがあった。だらけきっていた部長や刈谷先輩も慌てて体を起こし、信じられないといった表情を浮かべる。俺たちは中央のテーブルに着き、静奈から詳しい話を聞くことになった。


 なんでも、静奈が図書館で伝承の書物を探しているとき、偶然同郷の先輩と出会ったらしい。その先輩は山崎先輩と同じゼミだったそうで、「昨日は大変だったね」と声をかけられたが、最初は意味がわからなかったという。


 詳しく話を聞くうちに、山崎先輩が昨夜、山手線のホームから飛び降り、電車に跳ねられて即死したことを知ったらしい。静奈がニュースで取り上げられてるかも? と携帯で調べたが、詳細はまだ報じられていなかったらしい。


「山崎の実家はどこだ? もしその話が本当なら、通夜とかあるんじゃないか?」


 青山先輩が誰にともなく問いかける。答えたのは静奈だった。


「先輩の実家は北海道です。そもそも電車の事故だから……どうなるんでしょうか」


 ”どうなる……”とは、やはり全身が四散してしまった場合のことを言いたいのかもしれない。静奈はうっすら涙を浮かべ、かすれた声でそう呟いた。結局、俺たちにできることは何もなく、重苦しい空気のまま、その日は解散となった。



 ◇



 翌日、サークルの部室には黒塚先輩以外のメンバーが揃っていた。黒塚先輩は青山先輩が携帯やSNSで連絡を試みたものの繋がらず、返信もないという。少なくとも、二週間以上は部室に顔を出してないそうだ。


 部室は沈んだ空気に包まれ、誰も口を開こうとはしなかった。そんな張り詰めた空気を破るように、ノックの音が響く。俺が扉を開けると、見慣れた学務課の職員が立っていた。


「青山悠さん、学生課まで来てもらえますか?」


 初老の職員は普段より硬い表情を浮かべていた。青山先輩は重い腰を上げ、のそのそと部室を出ていった。学務課の職員がサークル棟まで来るなんて見たことがない。


「青山のやつ、何かやらかしたんかいな?」


 刈谷先輩が気怠そうに頬杖をつきながら呟く。皆も首を傾げて考え込んだ。


「提出物がまだとか、刈谷先輩みたいに単位が足りないとか……」


 遠藤先輩は揶揄(からか)うような視線を刈谷先輩に送り、ささやいた。それに対し刈谷先輩は鋭い目つきで応じる。


「――お前、ええ度胸しとんな」


 普段の明るい刈谷先輩とは違い、低くドスの利いた声だった。いつもなら笑いながら「なんでやねん!」と返すところだが、今日は違う。虫の居所が悪いのかもしれない。二人は互いを睨み合うような嫌な空気を纏い、俺は慌てて間に入った。


「まぁまぁ、喧嘩はやめてくださいよ。暑いからイライラするのは分かりますけど」


 最近、部室に設置されている古いクーラーの調子が悪い。冷却ガスが不足しているのか、内部クリーン運転のような温風が頻繁に吹き出すようになっていた。


「そうか? 俺は少し肌寒いけどな。まぁ……先輩、すみませんでした」


「こっちも悪かったな。ちょっと寝不足なんや」


 先輩たちは同じ3年生だけど、留年している刈谷先輩の方が年上なので、普段から先輩と呼ぶのが普通だ。お互いに謝って、その場は落ち着いたように見えた。だが、それにしてもこの室温で寒いと言う遠藤先輩は、まだ風邪が治りきっていないのかもしれない。


 三十分ほど経っただろうか、青山先輩が青ざめた顔で部室に戻ってきた。声を潜めて静かに口を開く。


「詳しいことは話せない。でも……黒塚先輩が亡くなったらしい。今、警察が事情を聞きに来ている。次は刈谷、お前の番だ。学務課に行ってくれ」


 その言葉を聞いた瞬間、部室の空気が凍りついた。山崎先輩に続いて、黒塚先輩までもが死んだ──その事実が、全員の頭の中に『水の悪鬼の呪い』という言葉を呼び起こしたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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