散歩(失敗)
三題噺もどき―ろっぴゃくきゅうじゅうに。
楕円のような月が浮かんでいる。
なんだか、久しぶりにその全身を見たような気がする。これが満月ならもう少し見ごたえがあったかもしれないが……まぁ、それは過ぎた贅沢というやつかもしれない。
「……」
雲一つない、というわけでもないが。
それなりに晴れた夜空には、小さく光る星がある。
月の光を受けて輝くそれらは、今にも消えてしまいそうだった。
「……」
その中を一羽の鳥が飛んでいた。
渡り鳥というには心細い。
こんな夜中に飛ぶような鳥はそうそう居ないだろう。
しかしどこか目的地があるかのように飛んでいる。その鳥はすぐに視界の中から消えていった。
「……」
私も、こんな所で立ち尽くしていないで、さっさと動くとしよう。
といっても、目的も何もない散歩でしかないのだけど。
ただの気分転換でしかないのだけど。
「……」
今日は、昨日に比べたら多少マシな湿気だった。
気持ち的には歩くのが楽になるのでありがたい。
ジメジメはしているのだけど、気持ち程度の風が吹いているおかげだろう。
「……」
そうだ、その昨日に、公園に行こうと思っていたのだった。
あまり時間を置くと、寂しがる奴がいるのでそろそろ顔を出したほうがいいだろう。
こちらとしては毎日のように音が聞こえるので、元気だなぁと分かるのだけど。まぁ、こちらから何かをすることはないからなぁ。
「……」
どこへともなく向いていた足を、公園の方へと向ける。
その道中には、様々な家が建っている。
少し前まで咲いていたはずの紫陽花は、もう枯れ始めていた。それはそれで風情があっていいものだが、少々な。枯れ始めると紫陽花はどうにも色がよくない。
「……」
少し外れた所からは梅の実の匂いがした。生っているのだろうか……。
そういえば、梅仕事というのがあるのだと聞いたことがある。梅の実を漬けたりするのだと。保存食をつくるのだったか。我が家にも梅酒好きがいるから、聞いてみようか。
「……」
公園までの道はそう遠くはない。
気づけばたどり着く程度には近い。
入り口から足を滑らせ、静かに入っていく。
この時間に、この場所に人間がいることはそうそうないが、何が起こるかわからないからな。一応の警戒くらいはしておく。
「……、」
と。
足の先だけを公園の中に入れたあたりで。
歩いてきた道とは反対側の道路の向こうから、何かが走ってくるような音がした。
足音と……これは、呼吸音……?かなり荒いが。
「あ」
何かと思い、目を凝らした瞬間。
剛速球か何かでも飛んできたのかと錯覚するくらいのもの凄い勢いでこちらにとびかかってきた。と言っても、ふくらはぎのあたりだが。警戒はしていたものの、呼吸音からなんとなく目途がついたから一瞬油断したのだ。
体の緊張が抜けた瞬間を狙ってこられたため、受け止めきれずに少しよろけた。後ろに転がらなかっただけましだろう。
「おまえ……」
その暗闇から走って出てきたのは、犬だった。犬種までは分からないが、中型犬あたりだろうか。ぴょんぴょんと、何やら嬉しそうに跳ねている。……気づかれたのがそんなに嬉しいのか。
首輪はしているようだが、紐のようなものは見えない。
一体どこから来たのか分からないが、ここに居るべきではなかろうに。
「……はぁ」
公園に行こうと思っていたのに、とんだ誤算である。
コイツをどこかに返さなくては、また憑いてくるかもしれないじゃないか……。
それだけはごめんなのだ。
「……またな」
公園の中から聞こえた、少し寂し気なブランコの悲鳴に。
そう返事をして、犬を抱える。
「お前は、どこから来たんだ……」
さっさと返せるといいが。
「おかえりなさい、遅かったですね」
「まぁ、ちょっとな」
「犬でも触ってきましたか?」
「違う、返してきただけだ」
「どうりで、獣臭いわけです」
お題:渡り鳥・剛速球・犬