最終話
ジュピターは無事に廃嫡され、王家からは追放。ついでに王国から逃げ出してかつてわたしが浮浪児として過ごしていた国に逃げ延びました。
東公爵家の方々はカサブランカ様の性癖をご存知だったので、彼がカサブランカ様の子ではない、すなわち自分たちの血縁者でないことに気づいていたので積極的に排除に動いてくれました。もっともジュピターが有能で、王国の利益になると判断されていたら排除しようとはしないであろうとのことです。
ジュピターのほうも、公爵に対しては完全に他人という認識のようです。
ありがたいことに孤児院を卒業したかつての仲間に保護されています。事情はわかってくれているし、財産もしっかり持ち出し済なのでジュピターという一個人として革命の有無にかかわらず生きていけるでしょう。
やがて社会の不安定さがどんどん増していきとうとう革命が勃発しました。王軍も公爵軍も革命軍側に寝返り王侯貴族の味方は親族か近しい使用人のみ。崩壊は一瞬でした。
「それにしても楓男爵令嬢が巻き込まれて処刑されたのは、予定外でしたね。ジュピターの婚約破棄騒動のダシにされてなければ、民衆側にいて生き延びていたでしょうに、気の毒なことをしました」
ジュピターに利用されたため、赤侯爵に目をつけられて養女となりそこから東公爵令息に嫁入り。令息はジュピターの代わりに王に就任、王妃になるというシンデレラ・ストーリーの筈が革命で処刑されるという転落の憂き目にあった。
「あの娘はもともと権力欲が強かったので、自業自得と言えるわ。ジュピターになびいたのも赤侯爵に寝返ったのもそのためよ。ジュピターへの愛情があったなら、あんなにあっさり赤侯爵に従ったりしないわ」
カサブランカ様が答えます。そうなのでしょうか?カサブランカ様ならたとえわたしの子でも嘘をついてまで男をかばうようなことをおっしゃることはないでしょうから、本当なのでしょうね。
今や上級貴族も全滅。王族も私達の居る奥宮を残すばかりです。奥宮が残っているのもほとんどカサブランカ様とエルドレッド様お二人が魔法を駆使して籠城戦を行っているからにほかなりません。お二人が
魔法を使えることは知っていましたが、これほどとは思いませんでした。
幻覚を起こし同士討ちをさせたり、催眠で眠らせたり身体強化で直接屠ったりと、革命軍側に多大な消耗を強いていきます。
しかし多勢に無勢。しだいに追い込まれていきます。もはや奥宮の陥落も時間の問題でしょう。
「でも貴女達は未だ助かる道はありますわ」
カサブランカ様が言い出しました。
「無抵抗で逃げれば殺されることはありませんわ。私以外は、ね」
革命軍側が敵視しているのは王族や上級貴族です。事実下級貴族も王や公爵の抱えていた軍もいまや革命軍の一員となっている。
「エルドレッド、貴方はどうします?投降するか逃げ出すか、それとも」
「わたしは最期まで姫様をお守りいたします。そして願わくば姫様に看取っていただきたく存じます」
エルドレッド様に迷いはないようです。
「ありがとう。貴女の忠義に感謝します。」
「忠義では御座いません。愛するものを守り通すためです」
エルドレッド様はカサブランカ様を「愛するもの」と言い切りました。正直そこまで真っ直ぐな感情でいられるのは羨ましいことです。
「アスコット、貴女はどうします?」
「共に来いとは言ってくださらないのですね。それならここを去ることにいたします」
アスコットの目には絶望が伺えます。彼女は「一緒に死んでくれ」と言ってほしかった筈です。あるいはせめて何が何でも生き延びてくれと。始まりは酷いものであってもカサブランカ様が最も目をかけていたのはアスコットでした。アスコットの方としても、次第にカサブランカ様に惹かれていきました。
最後にわたしに問います。
「エマニーはどうします?」
「わたしは投降します。まだやるべきことが残っておりますの」
「ふふふ。そう、でしょうね」
カサブランカ様は全てを察しているようです。
他の娘達にもこの場を去るように促します。最後に抱擁を交わします。
別れの言葉は告げません。もう一度だけお会いすることになる筈です。いえ、会いに来なければなりません。
カサブランカ様たちと別れ奥宮から脱出する時アスコットが言いました。
「わたし、カサブランカ様から必要とされてなかったのですね」
そう言うと城壁から身を躍らせました。「そんなことはない、カサブランカ様は貴女にいきて欲しいから」そう言って止める暇もありませんでした。それなりに高い城壁、下は岩だらけの崖。助かる見込みはない、でしょう。
カサブランカ様のもとに戻るべき理由が一つ増えました。
私達は革命軍に身を寄せます。革命に参加をすることになります。
カサブランカ様を他人、特に男性に殺させるわけには参りません。それはカサブランカ様を愛し、カサブランカ様を憎んだわたしの役目と自負じております。そしてアスコットの敵という理由も加わりました。
普通ならカサブランカ様に使えていた私達に任される筈はありませんが、私達はひどい目に合わされていたということになっていた上に(今の事態を見越してカサブランカ様とエルドレッド様がそのように視えるように仕組んでいたのでしょう)女性なら抵抗しないと宣言した、それでも私達以外志願するものはいないため、役割を任されました。
「おい、お望み通り女を連れてきた。さっさとその首を差し出すがいい」
カサブランカ様に声の届くであろう場所まで来ると、兵士が叫び、そのままその場をあとにしました。
「やはり貴女が来ましたね、エマニー。それと他の娘達も私の最期を見届けに来てくれたのですね。感謝します」
奥宮のメンバーが再び揃いました。ただ一人アスコットを除いて。
「アスコットはどうしました」
「彼女は自害しました。カサブランカ様に『共に来い』と言ってもらえなかったことに絶望して」
「アスコットには憎まれていると思っていました。王太子との仲を引き裂いて無理やり自分のものにしましたから。彼女にどうしようもなく惹かれ、愛してしまったのです。一方的な想いで彼女を縛り付けた。でも後悔はできない。だって同じ場面があったら同じ行動を取らずにはいられないから」
カサブランカ様はひと目見たときからアスコットに恋い焦がれていた。なのに彼女の心根をちっとも理解していない。そのことが許せない
「だったらなぜ彼女の気持ちを察してあげなかったのです!始まりは最悪だったかもしれない。でも、貴女から深い愛情を向けられアスコットもやがて貴女を愛するようになった!」
感情任せに訴えました。
「彼女に謝らなくてはいけませんね。でも、あの世というものがあったとしてもアスコットの行き先は天国、私は地獄でしょうからそれも叶いませんね」
「アスコットならあえて地獄を選んで貴方を待って居るのではないでしょうか」
「そうならいいですわね」
「伝えるべきことは終わりました。では、お覚悟を」
「お待ちなさいエマニー。カサブランカ様を手に掛けるのは私を殺してからにしなさい」
エルドレッド様が前に出ます。エルドレッド様にとってカサブランカ様が殺されるところを見ることほど辛いことはありません。たとえ、すぐに殺されることを理解していても決して見たくないことです。
そのことがわかっているので、躊躇はありません。その場にいる全員がそのことを理解していた。
「それでは屋上に参りましょう。王国の最期を見届けようとする民衆が待っております」
「王国最期の時が来た!ここに国王派最後の生き残り王妃カサブランカの処刑を執り行う!」
総宣言します。今や王国の王族や上級貴族で生き残っているのは唯一人。その一人の最期が周知されなければ革命は終わらないでしょう。
「では御覚悟」
にわかに静寂が訪れます。
ここで身体強化の魔法を発動します。カサブランカ様の首を晒させるわけには参りません。なので一撃で首を飛ばして持ち去らねばなりません。このときのために、革命の話を聞いたときから魔法力を溜め込んできました。
カサブランカ様の首を抱きとめると、全力で走り出します。奥宮の仲間たちが逃げやすいように援護してくれます。
あらかじめ奥宮の近くの小屋に薪を積み重ね、油を撒いてあります。そこに逃げ込むと迷わず火を放ちました。カサブランカ様の火葬であり主を殺害した自分に対する処刑であり、カサブランカ様と永遠にともにあるための行為でもあります。
炎は一瞬のうちの燃え広がります
実の母親や色々教えてくれた人たちも犠牲になっているのに馬鹿笑いしているジュピター元王太子(このあたくしが婚約破棄ですって!?(ラッキー))参照
恐ろしい子