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買い物 1

 ゼナンに告白されてから、三日が過ぎた。

 ゼナンは返事を急かすことはなく、あれ以降、何事もなかったようにレイラと接してくれている。

 レイラ自身、ゼナンが好きか嫌いかと問われれば、間違いなく好きであるけれど、結婚を前提に考える『好き』かどうかは、よくわからない。

 養父母が亡くなってからの五年で、レイラの自己肯定感は地を這うほどになり、感情も鈍くなってしまった。

 嬉しい気持ちはあるものの、現実感がなく他人事のように思えてしまうのだ。

「今日は一緒に買い物に行こう。ドレスも作らなくては」

「ドレスを作る?」

 朝食の場で、ゼナンに誘われ、レイラは首を傾げる。

「ああ。レイラはまだ社交界にデビューしていないだろう?」

「デビューですか?」

 通常、貴族は十六歳ごろに社交界にデビューする。

 レイラも養女とはいえ、貴族籍の娘であるから、本来ならデビューしていて当然だ。

 だが、レイラは病気療養中ということで、デビューは遅れている。実際には、病気ではなく、オラル・ベネトナシュが社交界に出す気がなくて、機会を失っていたのだが。

「レイラはもうすぐ十八歳になるだろう? 十八歳になったら、成人の儀がある。それでデビューするのがいいと思うんだ」

 成人の儀は、成人になった貴族を皇帝が祝福するという儀式である。

 貴族にとって、皇帝に拝謁するまたとない機会であり、特に下級貴族の場合は、一生に一度の栄誉を賜る日だ。

「でも……私なんかが」

「レイラは間違いなく伯爵令嬢なのだから、儀式に出る義務と権利がある」

「それは……そうですが」

 養女とはいえ、レイラは伯爵家の『娘』である。皇帝の名で招待状が送られてくるのは間違いない。

「招待状はこちらに届けてもらうように手続きしておくから心配はいらない。まだ二か月も先の話だし」

 ゼナンはにこやかに笑う。

「でもドレスってとても高いですし」

「カペイラ侯爵家を馬鹿にしないでくれよ。レイラの晴れ舞台なんだから、遠慮はしないで」

 ゼナンの押しの強さに負け、レイラはゼナンとともに、カペイラ侯爵家の馬車ででかけることになった。

「病み上がりだから、疲れたら、我慢しないでいいから」

「──はい」

 ゼナンの完璧なエスコートで二人で馬車に乗り込む。四人乗りの馬車なので、二人ではす向かいに座った。

「ブティックにはいくとして、他に何か欲しいものとかある?」

「特には……」

 首を振りかけて、レイラはふと思いつく。

「できれば本がほしいです」

「本?」

「はい。ずっと読んでいなくて、その……難しい本は読めないのですけれど」

 レイラは十二歳までしか教育を受けていないし、本を読むことも許されなかった。

 だから、本来十七歳なら読めるはずのものが読めるとは限らない。

「そうか。では本屋もよろう」

 ゼナンは笑う。

「レイラはどんな本が好きなんだい?」

「勇者リースの話が好きでした」

 子供用に書かれた童話だ。

 レイラの十一歳の誕生日にもらった本で、表紙がボロボロになるまで読んだくらい好きだった。

 あの本だけでも、手許に置いておきたかったが、それはかなわなかった。

「そういえば、昔話してくれたな。俺も読んだっけ」

 レイラはどうしても誰かと話したくて、ゼナンに本を無理やり貸付けたことがあった。

「面白かったな。リースが素敵って、さんざん聞かされた」

「……そうでしたっけ?」

「ああ。俺、ずいぶんリースに嫉妬したから、覚えている」

 ゼナンは苦笑した。

「まさか」

 レイラはびっくりする。そもそも物語の人物であるリースに嫉妬するというのが、よくわからない。

「本当だ。俺と話している間、ずーっとリースのことしか言わなかったから」

 当時、レイラは勇者リースの物語に夢中で、寝ても覚めてもそのことしか考えていなかった。

 思えば、ゼナンに会うたびに、その話をしていた。

「でも、ゼナンさまも面白いって」

「ああ。悔しいけれど、面白かった。リースは本当にかっこいいし」

 ゼナンは頷く。

「俺、あれを読んでから、剣を真剣に習わないとって思った。リースより強くなりたかった」

「ゼナンさま?」

「実際、リースほどは強くなれなかったけど」

 ゼナンは肩をすぼめた。

「ゼナンさまは、財務局の局長でいらっしゃるのでしょう? 剣はそれほど強くなくてもいいのではないでしょうか」

 ベラからゼナンはとても計算が強く、若くして局長に任命されたと聞いて、レイラはとても驚いた。

 もちろん優秀だからこそ、留学生に任命されたのだ。

 何もできないレイラとは違うのだ。幼馴染でありながら、今ではゼナンがとても遠い人のようにレイラには感じられる。

「でも、俺はレイラを守れるくらい強くなりたいと思っている」

 真剣な目で見つめられて、レイラはどきりとした。

「俺に……守らせて欲しい」

「……でも」

──私には、そんな価値はない。

 ゼナンの心を嬉しいと思いながらも、レイラはどうしても受け入れられないのだった。


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