魔封じの輪
レイラが目を覚ましてから、十日がすぎた。
熱はすっかり下がり喉も痛くない。
ベラは相変わらず、かいがいしく世話を焼き、ゼナンは朝と夜に必ず見舞いにやってくる。
──この時がいつまでも続けばいいのに。
体が軽くなっていくにつれ、心が重くなっていく。幸せだと感じるほど、胸の奥がずんと重くなる。
ここはレイラの居場所ではない。
身体が治れば、当然、屋敷に帰らなければいけないだろう。
本当は帰りたくないのに、なぜか帰らなければならないと気がせくのはなぜなのか。
「そろそろ大丈夫だと思います」
医師のバーグマンがゼナンに向かって、そう告げたのは、十日目の夕方のことだった。
ベッドで横になっていたレイラは、あわてて体を起こしかけた。
「レイラさま、まだ横になっていてください」
ベラがあわててレイラを寝かしつける。
「でも」
「バーグマンが大丈夫と言ったのは、レイラが完治したと言う意味ではない。そろそろそれを取り外してもいいということだ」
ゼナンはそっとレイラの腕の魔封じの輪を指さした。
「これを?」
レイラは自分の腕にはめられた輪を見る。
「でも、これはオラルさましか外せないものです」
魔封じの輪は『鍵』がないと開かないとレイラは聞いている。実際、自分では何をやっても外れなかった。
「レイラ自身が外すことはかなわないだろうが、俺が外すことはできる」
「でも」
そんなことは聞いたことがなかった。
しかし、外せるとしても、勝手に外してしまっていいものなのか、レイラは戸惑う。
「レイラはこの魔封じの輪をなぜ、はめることになった?」
「……私が魔術を使って、仕事をしないようにと」
初めのころ、レイラは命じられた仕事を魔術を使って、効率的にこなしていた。
だが、オラルは魔術を使うことは手抜きだと言い、レイラが勝手に使わないように封じたのだ。
「バカな……」
ゼナンの顔が険しくなった。
「魔術を使うことで何の問題があるというのだ」
ゼナンは吐き捨てるように言う。
「レイラ。この魔封じの輪をしていると、体内の魔力の循環がうまくいかず、寿命を縮めることになる。それに、活力も失われていく」
「でも、勝手に外したらきっと怒られます……」
怒り狂ったオラルの姿が脳裏に浮かび、レイラは震えた。
「大丈夫。誰にも文句は言わせない。オラル・ベネトナシュには俺から話そう。そもそもこの魔封じの輪は違法な魔道具なんだ」
「違法?」
レイラは目を丸くする。
レイラは十二歳までしか教育を受けていないから、国の法律までよくわかっていない。
それにベネトナシュ家にいる限り、オラル達が法であり、すべてレイラが悪いことになっていた。
「だから外した方がいい。これをしていることが憲兵にばれたら、ベネトナシュ家が裁かれることになる」
「そうですか……」
レイラは迷う。
外せば、オラル・ベネトナシュは怒り、また家令や家政婦長に鞭で打たれることになる。
だが、外さなければ、オラルの罪になる。
「……わかりました」
レイラは頷く。
ゼナンがオラルに話してくれるというのであれば、そこまで怒られることはないかもしれない。
レイラはもともと魔術師になりたいと思っていただけに、魔術を禁じられていることが辛かった。
手を抜きたいとかそういうことではなく、魔術そのものが楽しかったのだ。
「ただ、はずすと、ほんの少し君にダメージがある。封じられた魔術が急に体をめぐるせいだ。今の君の体力だと、しばらく意識を失うかもしれない。ただ、早めに外した方が、結果的に体の回復が早くなるはずだから」
「そうなのですか?」
レイラはバーグマンの方を見る。
「はい。魔力が正常に巡るほうが、回復しやすくなります。現在は、無理やりせき止めているような状態ですので、よくありません」
「わかりました」
レイラは頷く。
──このまま病気が治らなければここにいられる。本当は治りたくなどない。だけどこれ以上ゼナンさまに迷惑をかけることはできないものね。
いくら幼馴染とはいえ、ゼナンにはレイラの面倒を見る義務はない。
レイラを医者にみせて、しかも毎日、おいしい食事を食べさせてくれるのはゼナンの善意だ。
いつまでも甘えることはできない。
ゼナンのためにも、早く良くなって、元気にここを出ていくべきだ。
「お願いします」
レイラは頭を下げた。
「では、横になって、楽にして」
ゼナンに言われて、レイラはベッドに横になった。
「少しだけ、がまんして」
ゼナンは魔封じの輪に触れると、ゆっくりと解錠の呪文を唱える。
ゼナンの魔力が注がれて、輪が熱くなってきた。
「あっ」
皮膚を焼かれるような痛みを感じて、レイラは思わず声を上げる。
その時、かちりという音がした途端、レイラの体内に魔力が大量に巡り始めた。
「レイラ」
心配そうにのぞき込むゼナンの顔を見たのを最後に、レイラは意識を失った。




