スカーレット
スカーレットの顔を見ると、レイラの体は震え始めた。
「大丈夫だ」
レイラの耳元でゼナンが囁き、レイラの体は引き寄せられる。ゼナンの体温を感じ、レイラの震えは止まった。ゼナンに守られていると思うと恐怖が消えていく。
「ちょっと、どうしてお前がここにいるのよ! お前みたいな孤児が来るところではないのよ」
スカーレットは大きな声で言い放った。
まるで周囲に聞かせようとしているかのようだ。
「おい。やめろよ」
スカーレットをエスコートしていた男がスカーレットに耳打ちする。
「なんでよ!」
「カペイラ侯爵さまを敵にしてどうする?」
男はおびえたようにゼナンの方を見ている。
レイラが何者かより、レイラをエスコートしている人間を見るべきだと訴える男は、スカーレットよりよほどマトモで、周囲が見えているのだろう。
「何よ。事実を言っているだけじゃない!」
スカーレットはヒステリックに叫ぶ。
幼い頃から甘やかされて育ったスカーレットは、自分を否定されることに慣れていない。
レイラも嫌いだが、自分に興味を示さなかったゼナンも気に入らない。レイラが自分より高価なドレスをまとっているのも苛立つ。レイラはスカーレットにかしずくべきなのだ。
「レイラは孤児ではない」
「ゼナンさま?」
ゼナンの言葉にレイラは驚く。以前もそんなことを言っていたがあの時はそこまで断定はしなかった。何かわかったのだろうか。
「警告しておくが、ベネトナシュ家がレイラに何をしていたか、俺は知っている。今まで社交界で何も言わなかったのは、レイラのためであって、お前たちを許したわけではない。今のうちに謝罪したほうが賢いと思うね。もっともレイラはともかく俺は許す気はない」
ゼナンの目は冷たい。レイラの見たことがない顔だった。
「グラデル子爵の子息、エリオットどのだったか?」
ゼナンはスカーレットの横にいる男に声をかけた。
男は震えながら頷く。
「その女は、ろくでもない大ウソつきだ。早々に別れた方が、君のためだと思うね」
「な、何を言っているのよ!」
スカーレットが怒りの声をゼナンに向ける。
「そもそも私よりそんなやせっぽっちの方がいいなんて、カペイラ侯爵さまはどうかしているのではなくて? 目が悪いのではないの?」
スカーレットの言葉に、エリオットはかなり引いたらしく、エスコートしていた手を放す。
「スカーレットさま。これ以上はやめてください」
口を開いたのは、レイラだった。
これにはゼナンもスカーレットも驚いたらしく、二人ともレイラの顔を見る。
「ベネトナシュ家をつぶすおつもりですか?」
ゼナンが権力に物を言わせて、他家をつぶすようなことをするとはレイラには思えないけれど、こんな公の場で、格下の伯爵家の娘が、侯爵に喧嘩を売るのはどう考えてもバカのすることだ。
「何を言っているの? レイラのくせに私に逆らうつもり?」
スカーレットは怒りをにじませ、レイラをにらみつける。
屋敷にいたころは、その目で見られると、何も言えず、服従するしかなかったレイラだが、不思議と、以前ほど怖くなくなっていた。
魔封じの輪が外れたことにより、心が自由になったことと、ゼナンが隣にいることで安心感があるせいだろう。それに、三食しっかり食べ、体力が回復したことも大きい。
「ゼナンさまに謝罪してください」
「なぜ私がお前の言うことを聞く必要があるの?」
「スカーレット、もうやめた方が」
横からエリオットが口を挟む。
「何よ。あなたも私に逆らう気?」
スカーレットは、周囲の非難めいた視線も気にしない。
「私は間違ってないわ。そもそもレイラなんかが私に意見するのがおかしいのよ」
その時、儀式の始まりを告げる鐘の音がした。




