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12 失せ物事件の真相とは

 本当に今日、そういったことが起こるという確信はなかった。

 ただ、失せ物が始まってからの期間を考え、「そろそろだな」くらいの考えだったし、まさか本当に起こるとは思ってもみなかった。

 しかも、その真っ只中に遭遇できるとは。


「――どういうことか申せ! 何故わらわの玉環うでわ其方そちの店で売られているのだ!!」


 一帯に響き渡る、李徳妃りとくひの怒号。

 彼女特有の少年のような中性的な声は、より声を遠くへ運ぶのに適している。

 おかげで、後宮門付近には後宮内からだけでなく、宮廷側からもなんだなんだと野次馬が集まりはじめていた。


「そ、それは……あの……御妃様のではありませんで……に、似ているだけですから」


 李徳妃に凄まれている店の主人は、猿のように背を丸め、ぎょろりとした目で李徳妃をチラチラと見上げていた。

 李徳妃には宋賢妃と違った怖さがある。

 烏の羽のように艶のある黒髪と黒い瞳。そして斉胸襦裙も上からかけたはくも黒づくめ。色と言えば、彼女の怒号が飛び出る唇の赤と、全身を飾る翡翠色の飾り物くらい。

 色彩豊かな後宮において、彼女の出で立ちは重量感のある威容を醸し出している。

 その彼女の手には今、緑一色の太い玉環が握られていた。


「ほう……其方はわらわの目が節穴と愚弄するか」

「ぃ、いえ、滅相も……!」

「李一族の姫であるわらわが、すいぎょくを間違えると思うてか!!」

「ヒィッ!」


 彼女の、生まれの高さを感じさせる言葉遣いもまた、並の者を萎縮させるには充分であった。


「盗人猛々しいとはこのことよ。よくもこくきゅうから盗み出した物を後宮で売れたものだな」

「ち、違う!」


 すると、悲鳴と一緒に尻餅をついた店主は、バッと腕を上げ李徳妃を指さした。


「オレじゃねえ! あ、あいつだよ!!」


 否、李徳妃の背に隠れるようにして立っていた一人の侍女を。


「あいつが前の前ん時に売りに来たんだ! 買い取ってくれって! ほ、本当だよ、御妃様のだって知ってりゃ、買い取らなかった。信じてくれよう!」


 集まっていた者たちの視線が、一斉に一人の侍女へと注がれた。

 灰色の深衣を纏っていることから、彼女は李徳妃の侍女だと分かる。彼女は顔を俯け、肩をすぼめて小さくなっていた。

 少し離れた紅林達のところからでも、彼女が顔色を失っているのがハッキリと見てとれる。紅を塗っているはずの唇まで白くなっている。恐らく何度も唇を噛んだのだろう。


えきよう、この商人の言うことは真か?」


 振り返った李徳妃の静かな問いは、騒然としていた辺りを、水を打ったように静まりかえらせた。


「ゎ、私じゃ、な……なくて……」


 蚊の鳴くような侍女の声は震え、ただでさえ聞き取りづらいのに、どんどんと尻すぼみしていく。


「お主でない? だが、この商人はお主だとはっきり言っているが」

「……な、なぃ……、か……が……」

「ない…かん…? 聞き取れぬわ、はっきり延べ――」

「おいおい、これは一体なんの騒ぎだ」


 突然の尊大な声が、あっという間に皆の注目を侍女からさらった。


「……内侍ないじ長官殿か」


 李徳妃は内侍省の方角からやってきた五、六人の集団を見て、隠す気のない舌打ちをした。腕を組み、「よくも邪魔をしたな」とばかりに先頭に立つ内侍長官のえんにんを睨み付けている。


「李徳妃様、何もこんな日に騒ぎを起こすこともないでしょう。せっかく皆が楽しみしていた市なのですから」

「元は、お主ら内侍省がしっかりこの件を調査していれば、このような騒ぎにはならなかったのだがな……なあ、腑抜け共の大将殿」


 円仁は額を押さえて、はあ、とこれ見よがしな溜息を吐くと、背後に向かって顎をしゃくった。


「とりあえず、お前達はそこの侍女と店主を連れて行け。話を聞く」


 背後からぬるりと出てきた内侍官達が、固まっている侍女と商人を素早く拘束していく。


「円仁殿!」


 すると、その中の一人、顔の左半分だけを黒い面体で覆った、中年の内侍官が声を上げた。その風体だけでなく、喉が焼けたようなしわがれた声音も相まって、彼だけ異様さが際立っている。


「どうした、順安じゅんあん殿」

「侍女の帯の間からこのような物が……」


 順安と呼ばれた内侍官が高らかに掲げた手には、抜けるような緑色の歩揺が握られていた。


「それは、わらわの歩揺!」


 たちまち李徳妃が声を上げる。


「お主……っ、玉環だけでは飽き足らず歩揺までも……っ」


 李徳妃の鋭い睥睨に、侍女はこの状況を理解したくないのか、「違う」と拒むように首を左右に振っていた。


「これは……話を聞くまでもなさそうだ。とにもかくにも、この件は内侍省で片付けますから……いいですね、李徳妃様」


 順安から受け取った歩揺を、円仁が李徳妃の手に乗せてやれば、彼女は鼻で一笑し踵を返した。勝手にしろということなのだろう。

 李徳妃の後を、灰色の侍女達が足早に追いかけていったことで、この件は一旦の終わりを見せたのだが、この状況を完璧に把握していた者など誰もいなかっただろう。

 一人を除いては。


少しでも面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。

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