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6 春の家系の残念令嬢

えっ!? 確かに最近甘いもの食べすぎかなとは思ってたけど、そこまで言うほど??? 自分でもこのドレス、わりと似合うと思ってたのに。


(そんなに私、太った???)



ペシペシと手の平で自分の胸やお腹を触りながら、「まだドレスとの間に余裕があるしッ!!!」「そんなに服がはち切れるほど太ってないしッ!」とシエルに言い返す。


「分かったッ、分かったから少し落ち着け。」



シエルはあたふたして、すごい勢いで私の手首を掴む。顔、赤いわよ! 睨みつけると気まずそうに視線を逸らすし・・・。直視できないほど私の体型が酷いとか!? それとも、まさか私が本気で怒ってると思ってる??







フッフッフッ、その通りよッ!面と向かって、ドレスが似合わない、なんて言われたら誰だって怒るに決まってるじゃないの!! ほんと女心を分かってないんだからっ。



「シエルの方が落ち着いてよ!!」



耳まで赤くして色艶の良い唇を引き結ぶシエルに向かって、私は頬を膨らませる。この吊り目の目で睨んでやるっ!



「わりぃ。」と一言言ったシエルは、私の腕に引っ掛けてあったバスケットを見た。


「どオしてまた懲りずにそれ、持ってきてンだ?? どうせ前のように没収されるぐれぇなら、オレに寄越せ。」


以前、花魔法を使い贈り物として持ってきたスイーツは、城の外から持ち込んだ手作りを王子は食べないからと、侍女に没収された。


「今回は許可を取ってるから大丈夫よ。それに、花魔法も今回に限っては使ってもいいって、父上も許してくれたし。せっかくだから大量に作ってきたの。あんたも食べると思って。」



バスケットのフタを外し、自信作をシエルの目の前に披露した。途端、爽やかな香りが鼻をくすぐる。中身は、ミカン科の木になるオレンジの花を大量に使ったアーモンドスイーツだ。オレンジの”花蜜”は、体力回復の効果がある。


屋敷の料理人がまだ寝ている時間を狙い早起きしてまで作った自信作。アーモンドパウダーに魔法で作った花蜜を混ぜた後、クローバーの形にくり抜いた。


それらを熱を発する”ヒートボックス”で焼いて固める。”ヒートボックス”とは、庶民にはなかなか手が届かない高価な”熱を発する調理用魔道具。


焼きたてのスイーツを、まだ香ばしい香りのするうちに飾り付けをする。粉糖と卵の白身とオレンジの液体を混ぜて作ったクリーム状のアイシングで、縁を彩り完成だ。


「よくわかってンじゃねぇか。お前の作る摩訶不思議な菓子だけは好きだ。甘いもの嫌いのオレが、心から美味しいと思える数少ない甘味だ。」



偉そうにっ!とムッとするけど、自分の作ったスイーツを褒めてもらえるのは素直に嬉しい。シエルの甘いもの嫌いは筋金入りだからなおさら・・・。


菓子を取ろうとこちらに伸ばそうとしてきた腕を飾る、ターコイズの腕輪ごと私はクイッとシエルを引っ張った。途端、腕輪から水泡が弾けるように私の指先を包み込むように広がる。


(こんなことで動揺するなんて、ノワール様以外の女性はよほど苦手なのね。)


魔道騎士の腕輪は、おおよその魔力量を測定する魔道具だ。魔力量が乱れると腕輪にもそれが反映される。






「いつまで服を破けたままにしてるのよ。シエルが一言頼めば、いくらでも手直ししてくれるご令嬢はいるでしょう?」


ドラゴンとの闘いで破けたのは分かるけど、そのまま肌を晒してると、ご令嬢たちの騒ぎがしばらく治らないでしょうに。



「本気で言ってンのか??? 頼んでもねぇのに無理やり破けた服を持ってかれて、まともに返ってきたことさえねぇんだけど・・・。家に帰るまで、このままでいい・・・。」



ああ、そうね。いつの間にか令嬢たちの元へ、シエルの服が消えてしまうのはまだ良い方だ。服が戻ってきても、ハートマークが縫い付けてあったり、誰だか分からない女性の名前が刺繍してあったりするものね。


以前はシエルに無理やり破けた服を預けられたけど、私がやったらさらにボロボロになることがわかり、それ以来、シエルは私には頼まない。




私は目の前の破れた箇所をジッと見ながら、(高価な布地なのにもったいないな)、などと考えていた。



「・・・。いつまでそうやって見てンだ? ハァー。お前の花魔法はすごく繊細なんだから、当の本人もそれぐれぇ繊細でも良いンだけど。」

うっすらと耳を赤くし、額に手を当てる指の隙間から、伏せた長いまつ毛が見え隠れする。


言葉遣いは乱暴なのに、こう言う色気のある表情するところが女性にモテる理由だわ。こういうの何て言うんだったっけ? 宝の持ち腐れ??? 猫に小判??? どんなにモテても本人にその気が全然ないなんて。


「一言余計なのよ。食べないなら別にいいのよ。」


バスケットの取手を片手に持ち、背中に隠すように後ろにわざと隠す。


「た、食べるっ!食べるって!」


シエルはグイッと一歩前に出ると、腕を私の背中の方へ回し、パシッとバスケットを掴む手を握る。


(ち、近すぎっ!!! )


背が高いシエルが、顔が見えないくらいにいきなり近づいてくるんだものっ!! 目前の視界が、シエルの破れたシャツから覗く胸元の肌で塞がる。ん? 心なしか肌が熱持ってる??? 見たところは大きな傷はないようだけど。



「獣みたいに襲いかからないでちょうだい!! そこまでしなくても、スイーツの1つや2つあげるわよ。」



もうっ! そんなに本気になってスイーツを取りに来なくてもいいのに、、、。よほどお腹が空いてたのね。



「本当に襲いかかられても、そんなに冷静でいられンのかよ。」



「ぶっとばすから、心配しなくて結構よ。」


「そこは、こう、もう少し、、、照れるとか、、ハァ~、顔色一つ変えないなんて、男として立場が・・・。」


ブツクサ文句を言ってる。幼い時から一緒なのに、何を今さら。


「はい、どうぞ。」


アーモンドスイーツを一つ手に取り、シエルの口の前に持っていく。シエルは、クローバー型の形の上にオレンジ色で綺麗にデコレーションされたそれをマジマジと見ると、パクッと大きな口を開けて食べ・・・。



「ちょっと! 反則! 私の可愛い指まで食べないでッ!! 」


シエルの唇がしっかり私の指先をくわえている。指を引き抜こうとしても、ビクともしない!! 代わりに耳飾りだけがシャリンッと音を立て揺れた。


「わりぃ、わりぃ!! あんまりにも美味しそうで、ソレしか目に入らなかった!!」


そう言いながら、パッと口を開け、ペロッと舌で唇を舐めてる。1つじゃなくて、5つくらい口の中に放り込んどけばよかった。絶対、私の怒る反応みて、面白がってるんだからッ!



「はい、これっ!あんたの分よ!」


私は透明な小袋に詰めて、取り分けておいた分をシエルに渡した。私の目の前で食べ始めたシエルが、スイーツを口いっぱいにほうばった姿が、リスみたいで可笑しくて笑ってしまう。



今思えば、この時が一番平和だったのかもしれない。



遠くから私たち2人を憎々しげに見つめる目があることさえ、私は気づきもしなかったのだから。

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