2 親切は、不幸せを招く
「領主様、終わりました。」
ダンカンさんは、仕事を終わらせて,領主様に手渡した。
「ほぉ、君には少し荷が重いかと思ったが期限内に終わることができたのだな。」
領主は思案顔で、冷徹なる声でつぶやいた。
「はい。これからもお任せくださいませ。」
と手で胸をたたいた。
ダンカンさんが調子のいいことを言っている。ダンカンさんは、商家の次男だから
出世を望んでいるのだろう。この寒い辺境の土地で、中央から派遣された領主に
評価されることを期待しているのだ。
実際は、私が半分手伝ったのだけど、そんなことは口にしない。私は、十分な給料を
いただいているし、出世も望んでいない。ただ、みんなと幸せになることが目標だ。
しかし、私の配慮も水の泡かも。領主様のご尊顔を眺めていると、眉間にシワが一つ増えたわ。
「どうやら、君以外の誰かの手伝いを乞うたのだな。筆跡が途中で変わっている。」
「君か?レティーシア」
私は、びくっとした。どうしよう。ダンカンさんが調子のいいこというから。
ダンカンさんをちらっとみると、あきらめの表情だ。
「はい。ほんの少しだけお手伝いしました。私の分が早く終わりましたので。」
「ほぉ。君には余裕の仕事量だったわけだ。」
「余裕というほどでは、、、。」
ヤバい。これは、次回からの仕事量が、倍になるかもしれない。仕事量が増えてもいいけど
出来なかったときが怖い。アイスフェイス、氷の貴公子といわれる領主様だ。
領主様の噂は、いろいろある。何といっても、中央からこの辺境に来た名門貴族だ。
その美貌は、王都の王族にもひけをとらないといわれ、あまたの女性からアプローチを受けるも
冷笑で、撥ね付けたと言われている。見た目だけではなく、剣もたち、頭脳明晰で15歳から領主の仕事を任されていたという。神かと思うほどの完璧な人物なのだ。
そんな領主と、ただの辺境の村娘の私が戦っているのだ。
私は、意を決して、弁解を始めた。
「私もダンカンさんも同じ仲間です。仲間が困っているのは、助けるのは当然。
私たちの仕事は、この領内を支えること、期限内に仕上げるという目的のためには
一丸となって戦わなくては。そのことを考えれば、誰がやったことかは、些細な
ことでございましょう。」
「なるほど」
領主様は、手を顎に添えて、考える仕草だ。
顔が和らいだ気がする。よし、この調子だ。
「はい!」勢いづいて答えた。
「仲間ね、、、。それで、君はこの計算書類で誰と戦っているのか?」
「それは、もちろん、りょうしゅさ・・・・・」
あ!まずった。本音が出たわ。ど、どうしよう。
なんといってきりぬけよう。
顔からも手からも汗がだらだら、噴き出してきた。
「いえ、領主様は、仲間のリーダー、指導者です!」と手で拳を作り
訂正を高らかに宣言した。
「船で言えば、船長!羊飼いで言えば、えっーと、、、牧羊犬です!」
明らかに誤魔化しているのがバレバレだが、レティーシアは、まだ気づかなかった。
「私は、敵について聞いているのだが?私が、敵か味方かは聞いていない」
しまったぁあああああ
「フッ。私も、まさか君に敵認定されているとは思わなかった。」
領主様が笑みを浮かべた。麗しい顔。でも、普段、笑顔が全くない無表情領主様が
そんな笑みを浮かべられては、私の心の中にブリザードが吹き荒れる。
怒っているわよね。普通だったら、怒るはず。
貴族なのだから、無礼で投獄されてもおかしくないわ。でも、領主様は、冷静沈着なるお方。
普通の貴族のような罰は与えられないだろう。軽口ぐらいでは、無駄な処罰はされない。
でも、ご気分を害したはずだわ。領主様が完璧すぎて、目標=敵みたいに感じていたけど
憎くてそう思ってるわけではなくて・・・・。とぐるぐる思考をまわしていると
「皆で助け合うという優しい心は、そなたの美徳かもしれん。しかし、ならば、少なくとも
協力で成し遂げたことは、素直に認めればよい。もし、私が個人の力量を誤って認識し
許容量以上の仕事を課すことになれば、今後の負担となろう。もしくは、大きな誤りを
招くかもしれん。そなたたちが、秘密裏に助け合うことは、愚かな行為としか思えん。」
私は、顔を下に背け、机の上の書類に目を落とした。
領主様のおっしゃる通りだわ。私は、何を勘違いしていたのかしら。