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第85話 ゼークトからの招待

「そんじゃ兄貴行ってきます」

「ハリス。良い新年を」

 コンバとジーナが挨拶して去っていく。それぞれ実家で年を越すそうだ。コンバはともかくジーナはあまり乗り気でなさそうにしている。


 昨夜、夕食を食べながらジーナがぼやいていたのを思い出す。

「両親に結婚はまだかって言われるのよね。悪気はないんだろうけど」

 なかなかコメントしづらい発言だったが、ティアナが無邪気に質問した。

「お姉ちゃんは結婚したくないの?」


「一人じゃできないからね」

 そりゃそうだ。

「じゃあ、ご主人様と結婚したらどうですか?」

 飲み込みかけていた鶏肉を詰まらせそうになって、慌てて葡萄酒で流し込んだ。


 コンバは持っていたパンを落とす。転がっていったものをジーナが呆れながら皿に戻してやった。

「す、すいません」

 コンバは顔を赤くしている。コンバはもともとあまり食べるのが上手ではない。食べた後の汚さはタックといい勝負だった。そのせいでジーナからは子供みたいと言われている。母親にも家にいるときには食事どきに怒られてばかりらしい。


 実家への想いに温度差はあるものの帰る場所がある2人と違って俺にはそういうものはない。両親の顔なんざ覚えちゃいないし、慕っていたジジイが亡くなってから年数が経っていた。

「それじゃあ、俺達も支度をするか」


 俺達は王都にあるゼークトの屋敷に招待されている。年末のバザールを見学がてら遊びに来いという手紙の追伸には、アイシャの消息がつかめたと書いてあった。あからさまな餌につられるというのも癪だが、気になっているのも確かである。さらにたまにはティアナを家事から解放してやれということまで書いてあった。


 熱を出したティアナの具合はすっかり良くなっていたが、休ませてやることも必要だろう。費用を向こうもちで3食面倒を見てくれるというのは悪い話じゃない。ニックスはエイリアが面倒を見てくれることになったので断る理由も無かった。


 そういうわけで、今年最後のノルン発の乗合馬車には、ティアナ、ミーシャ、タックとキャリーが乗っている。年末の休暇を使って姉に会いに来たカーライルがうっとおしいというのでキャリーも同行していた。ゼークトが仕立てた馬車と比べると乗り心地は雲泥の差で到着する頃には皆無言になっている。


「ケツが2つに割れるかと思ったぜ」

「おじさん。元から2つに割れてるよ」

 俺とタックの会話に対するキャリーとミーシャの視線は冷たい。

「大きな子供みたいですね」


 ぐったりしているティアナはベンチで青い顔をして座っていた。俺は冷たい視線から逃れるように横にいって座る。

「歩けるか?」

「だ、大丈夫です」


 少し落ち着いたので、ゼークトの屋敷に向かう。バザール目当てで通りには人があふれていた。はぐれないようにティアナの手をしっかりと握る。タックはキャリーに捕獲されていた。ミーシャでは興味を惹かれるものに駆けだそうとするタックを捕まえておくことは難しい。初めて見るカンヴィウムの殷賑ぶりにタックは感嘆の声を上げ続けている。


 露店の呼び込みの声が飛び交い、色々な食べ物や飲み物の香りが鼻をうつ。日が落ちているが表通りは昼のように明るい。人混みをかき分けるようにして歩いているとミーシャに小汚いガキがぶつかった。さっと人混みに紛れようとするそいつの首ねっこを捕まえる。


 子供の懐から女物の財布を取り上げた。

「そういうことは相手を見てやるんだな。さもなきゃ手首とサヨナラするはめになるぜ」

 やせこけたガキは俺を睨みつける。絶望と憎悪に溢れた瞳。昔の誰かにそっくりだ。俺はポケットから銅貨を1枚取り出すとガキに握らせる。驚いたガキを追いやった。


 高級住宅街に入り人通りが少なくなったところで、ミーシャに財布を返してやる。

「人混みを歩く時は気をつけないとすられますよ」

「あ。それは私の」

 ミーシャは驚きながらもしきりに頭を下げる。


「ハリスさん。すった相手はどうしたの?」

「小銭を握らせて放してやった」

 キャリーは眉を寄せている。元騎士としては気に入らないのだろう。

「まだガキだったからな」


 キャリーは表情を和らげた。

「そのセリフを聞くのは2度目ね」

「そうだっけか」

「顔に似合わず子供に甘いんだ。まあ、それはそうよね」

 訳知り顔で俺の顔を見るキャリー。


「ほっとけ。それよりもゼークトの屋敷はこっちでいいんだろうな。知っているというから道案内まかせてるんだぞ」

「人に任せてるくせに。まあいいわ。こっちで間違いないから。あれがそうよ」

「へえ。やっぱりそれなりに豪邸なんだな」


 近づいていくと立派な馬車が追い越していき、門の前で止まった。門番が恭しく頭を下げて門を開ける。馬車に続いて入って行こうとすると門番に止められた。

「こら。どこへ行くつもりだ」

「ここはゼークトの屋敷だよな?」


「確かにゼークト様のお屋敷だが、お前達は何者だ?」

「俺はゼークトの友人のハリスってんだ。招待されてきたんだけど、あいつから何も聞いてないのか?」

 門番は態度を和らげるが通してはくれない。


「失礼しました。それで、貴殿がハリス殿という証は何かありますか?」

「って言われてもなあ。そんな御大層な身分じゃないし。あいつを呼んできてもらえばすぐ分かるんだが」

 馬車が門に向かってやってくるので、脇によけて通す。


 門番はためらっていた。まあ、気持ちは分からんでもない。もし俺が本物でなければ叱責される可能性がある。俺も大勢で押しかけるとの返事の手紙を書いてなかった。総勢5人もの子連れを客と判断しろというのも酷な話だ。ただ、ここで押し問答をしていても埒が明かないのでもう一度頼もうとした時だった。


「あ。その人。ハリスさんだよ。通して大丈夫だから」

 どこかで聞いたような声が聞こえる。少し中に入ったところの屋敷前の車寄せのところから若い女性が手を振っていた。門番たちはその声を聞いて道を塞ぐのをやめて頭を下げた。


 俺達が玄関に歩いて行く間に女性は中に入っていく。入れ違いにゼークトが現れた。

「準備の都合もあるんだ。いつ、何人で来るかぐらい事前に知らせろ」

「お前だっていつも突然訪ねて来るじゃねえか」

「まあそうだな。おっと、立ち話はないな。中へどうぞ」

 子犬のようにまとわりつくタックを抱え上げながらゼークトは中を示した。


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