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第83話 狂犬

 キャリーがぐんと前に出る。俺達の前方にいた灰色のローブ姿の人間は気づいてスピードを上げたがたちまちのうちにキャリーが追いつき追い越した。町への道を塞ぐようにして立ちはだかり、腰の長剣に手を添える。あまり呼吸が乱れているようにも見えないあたりが恐ろしい。


 俺とキャリーに挟まれるようになったローブの人間は前後を見ていたが、観念したのかフードを降ろした。

「デニス。やっぱりお前か」

「ハリス。何だよそんな顔をして」


「ふざけるなよ。お前、ダンジョンで俺達を罠にかけたな」

「言いがかりはやめてくれよ。俺が何をしたって? ハリス。少し顔見知りが増えたからって調子に乗ってるんじゃないか」

「そんなことはない」


「へえ。周りに女を侍らせて浮かれてるじゃないか。そこの筋肉女はともかく、シルヴィアまでたぶらかしやがって」

 ああいう大人しい感じの可愛らしい女性が好みとは思っていたが、シルヴィアがこの行動の引き金か。


「お前も所詮はスカウトだろ」

「それがどうした?」

「なのになんでお前の周りには人がいる? 他人に受け入れられているんだ? 俺と同じ盗賊くずれなのに。俺とお前の違いはなんだ? お前だけ光の当たるところにいられるなんておかしいだろ。お前も暗がりの中にいるべきなんだ」


 端正なデニスの顔が歪む。その顔に表れているのは羨望なのか憎悪なのか。

「お前と俺は同類だ。世間の奴らから嫌われるゴミ虫さ。なあ、俺と一緒にやつらに復讐しようぜ。俺達を馬鹿にした奴らによ。侮蔑の視線を向けた奴の目をえぐり、罵詈雑言をぶつけてきた奴の舌を切り取るんだ。嫌悪の目を向ける女をやってやろうぜ」


 デニスの目に狂気が浮かぶ。背中がぞくりとした。罠にはめたことをしらばっくれるとは予想していたが、こいつ、ここまでおかしくなっていたのか?

「なあ。ハリスよ。お前なら俺の気持ちわかるよな。友達ごっこなんざやめるんだ。お前のことを本当に分かっているのは俺だけなんだよ。お前の周囲にいる奴らは本当はお前のことを裏ではあざ笑っているんだ。後ろ指を指しているんだぞ」


「デニス。一つだけ聞いていいか? コウモリ亭で働いていたあの娘はどうなった?」

「なんだよ。今はお前の話をしているんだ」

「お前、あの娘を殺したな」


「おいおい。お前までくだらない噂を信じているのか。俺とお前の仲だろう。世間の連中がどれだけ適当か知ってるだろうに。あいつは勝手にいなくなったのさ。お前のアイシャと一緒さ」

 デニスは白い歯を見せる。


「ところでデニス。左の袖にろうが付いてるぜ」

 デニスはまさかという顔をして視線を落とし、はっとしたように顔を上げる。

「ああ。そうさ。嘘だ。白骨の蝋燭はなかなか入手できないがそれには理由がある。新鮮な遺体から取り出した骨が必要だからだ。しかも苦しみながら死んだもののな」


「何を言いだすかと思えば。さっきから言いがかりばかりだな」

「俺に嫉妬して俺を狙うだけならまだ分かるが、他人を巻き込もうとすれば黙っていられねえ」

「お前の取り巻きなんざ居なくなっても困らないだろ」

「居なくなって困らないのはお前さ。デニス」


 デニスが叫びながら背負い袋を地面に落とし剣を引き抜く。両手にマンゴーシュを構えた。俺もショートソードを構える。

「ああ。確かにお前と俺は同類かもな。歯車が狂いっぱなしだったら俺もお前のようになったかもしらん。だから少し同情していたんだが、もっと早く決着をつけておくべきだったよ」

 

「ハリス!」

 キャリーが厳しい視線を俺に向ける。

「先に抜いたのはデニスだぜ。それにここは町中じゃない。降りかかる火の粉は自分で払わなきゃな」


 デニスに向かって俺は無造作に距離を詰める。デニスの武器であるマンゴーシュは本来利き腕でない手で使う補助用かつ防御用の武器だ。それを両手に構えるのはデニスの臆病さの表れかもしれない。マンゴーシュの刃には緑色の汚らしい液体がついていた。毒か。


「ハリス。殺してやるよ。殺してやる。お前も、お前の奴隷も他の女もな」

 デニスは威嚇するように交互にマンゴーシュを俺に向かって突き出す。

「へへ。この刃が触れれば体が痺れるんだ。動けなくなったお前の目の前でさんざんいたぶってから……」


 がん。背後から忍び寄っていたキャリーが鞘ごと引っこ抜いた長剣でデニスの頭を強打した。ひざをつくデニス。

「卑怯者め」

「背後を警戒してないお前が悪いのよ。本当にスカウトなの?」


 卑怯と言われるキャリーも立つ瀬がないし、スカウトとしてどうかと言われたデニスも面目丸つぶれだ。デニスが右手のマンゴーシュを離す。

「気をつけろ」

 デニスは振り向きざま、何かをキャリーに向かって投げつけた。


 剣を抜きざまに両断してみせたのはキャリーの凄腕だったが、その瞬間投げつけられたものは破裂して中身がキャリーに降り注ぐ。後ろに下がったキャリーの顔には液体が付着していた。目を閉じて苦しそうにしている。目つぶしか。デニスが左手をキャリーの腹部に向かって突き出そうとする。


 俺は大きく踏み込んで体を伸ばしショートソードを振り下ろした。デニスの手首から先が地面に落ちる。絶叫しながらデニスはだっと駆け出した。俺は体勢を立て直してもう一太刀浴びせようとするがローブの端を切っただけだった。追いかけようとするがキャリーが苦しんでいる姿が視界の端に入る。


 ほんのちょっとだけ逡巡したがデニスを捨て置いて、キャリーに近づく。鎧の脇のポケットから指の長さほどの容器を取り出した。

「キャリーさん。膝立ちになって上を向いてくれ」

 片手でキャリーの目を無理やり開けると容器の中身を半分ほど注いだ。反対側も同じようにする。


 デニスが走り去った方を見ているとキャリーがすまなそうな声を出した。

「かえって足手まといになっちゃったわね」

「そうでもないさ。俺一人だったら、俺が目つぶしされて切られていたかもしれない。町に戻ろう。その目はあくまで応急措置だ」


「追いかけなくていいの?」

「利き腕を失くしたスカウトはもうたいしたことができんさ」

 デニスの残したものを回収して、キャリーに自分の肩をつかませて歩きだす。俺は自分の言葉ほどはデニスの件を楽観視はできなかった。

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