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第75話 貴人

「それではお腰の剣は預からせてもらいます。他にお持ちの物があればこちらへ」

 物腰は柔らかだったが毅然とした態度で衛兵は言った。ゼークトは目で早くしろと言っている。仕方なく両肩のナイフと吹き矢の筒、その他のものを籠に入れた。衛兵は呆れた顔をしている。ゼークトが何か衛兵に言うと一人が向こうへ走っていった。


 一旦報告に戻るというゼークトと共にカンヴィウムに着いたのがつい先ほど。宿で荷物を解く暇も与えられずに俺は王城まで連れてこられていた。帰りは伯爵が軍船を出してくれたので大トンネルを通らずに済み、疲れはそれほどでもないとはいえ、慌ただしいことこの上無かった。


 出がけにジーナに金を渡してティアナの服を買うように頼んだので今頃は女性陣で買い物に出かけていることだろう。絶対にそっちの方が楽しそうだ。なんで俺なんぞを引っ張ってきたのかいぶかしみながら長い廊下を進む。いくどか誰何を受けるがゼークトが身元を保証すると何事もなく通れた。改めて聖騎士という立場の凄さが身に染みる。


 ゼークトとは長い付き合いになるが、なんでこいつが俺と友達付き合いを続けているのか理解に苦しむ。ぶっちゃけ俺は叩けば埃が出る身の上だ。俺との交友関係なぞゼークトの立場を危うくすることはあってもプラスになることなんかないと思うのだが。


 ドアの一つを開けて中に入る。大きなテーブルと椅子がいくつかある部屋だった。入ってきたドアとは別の入口が左手の壁にある。奥の壁の窓からは柔らかな光が入ってきていた。恐らく打ち合わせをするための会議室だろう。壁には王国と周辺を描いた地図が貼ってある。俺は手近な椅子を引いて前後逆に座った。背もたれに腕をのせもたれかかる。


「で、こんな部屋に連れてきて何するんだ? だいたい報告なんざお前一人ですりゃいい話だろ」

「王城に入ったと言えばいい土産話になるだろうが。なかなか来れるところじゃないんだから」


「別に入りたいとも思わんけどな。しかも連れてこられたのがこんな部屋だろ。ルフト同盟への侵攻作戦でも検討しようってか?」

 ルフト同盟ってのは王国の東側に位置するいくつかの都市による通商同盟だ。国王はおらず大商人による合議制を取っている。さらにその向こうの国のマールーンなどとの交易で栄えその経済力はこの王国を凌駕していた。


 ルフトを動かす大商人たちというのが強欲な連中で、隙あらば王国の乗っ取りを企んでいるというとんでもなく迷惑な隣人だった。西側には神龍王、蛮族、マールバーグ、東にルフト同盟となかなかに王国のかじ取りは大変だ。現王は英明とうたわれているが苦労が絶えないことだろう。俺の知ったことではないが。


「いずれはそうせざるを得ないかもしれないな」

「冗談に本気で返されるとリアクション取りづらいんだが」

「まだ確証はないが、この一件の……」

 ゼークトがそこまで話したところで、俺達が入ってきたのと別の扉が勢いよく開く。


「ご苦労だったな。ゼークト。して黒幕はつかめたか?」

 俺は椅子を傾けてバランスを取っていたところだった。入ってきた男の顔を見てひっくり返りそうになる。正確に言えば男の頭の上に載っている物が問題だった。小ぶりな略式冠だったが、そんなものを頭にいだく人物はこの国に数人しかいない。


 俺はガタンと派手な音を立てながら飛び上がり直立不動になった。そんな俺にちらりと視線を送ったが、カンディール4世はゼークトの報告に耳を傾けるのに忙しい。俺はゼークトに射るような視線を送った。この野郎。まったくどういうつもりだよ。事前に言っておけ。まさか国王自ら出て来るとは思わねえじゃねえか。


 どっかの大手騎士団の団長か、大臣の一人ぐらいは出てくるかもと思っていた。報告を聞き終えた国王が俺の方を向いた。

「どうやら事前に話をしてなかったようだな」

「はっ。その方が驚きがあって良いかと存じまして」


「非公式の場だ。そんなに畏まらずとも良い。楽にいたせ」

 とは言われましても、どう振る舞えばいいか分からねえ。調子に乗って不敬罪で罰せられるとか勘弁してほしい。俺は鯱張った姿勢のままでいた。

「ふむ。そちの友人。聞いていたほどは横着者ではないな」


 国王の言葉にはおかしそうな響きが含まれていた。

「無二の親友です。陛下。今回の件、このハリスの協力が無ければここまでうまくはいかなかったかと存じます」

「そうか。ハリスよ。大儀であった」


「あ、あ、有難き幸せ」

 俺が裏返った声を出すとゼークトが笑いながらやってきて俺の頬を手のひらで軽く叩く。

「普通にしろって。ここには3人しか居ないんだ」


 俺はなんとか口の端で声を出す。

「そうは言っても相手は陛下だぞ。つーか予告しろ」

「いやあ、お前でもこんな態度になることはあるんだな。折角の機会だ。あのこと頼んでみろよ」

「言えるかバカ」


 ゼークトは肩をすくめる。

「陛下。お願いがございます」

「なんだ?」

「この者は奴隷を養っておりまして、非常に慈しんでおります。奴隷解放して妻に迎えたいとの意向がございますれば、褒美として特別にお許しいただくわけにはいかぬでしょうか?」


「お、おい。勝手なことを……」

「ゼークトよ。確かに此度の働きは見事なものとは言え、それを許せる状況にはないことぐらい分かっておろう。確かに褒美は与えねばならぬが……。ハリスよ。それ以外で何を望む?」


 俺は深呼吸をする。

「お許しを得まして申し上げます。私のささやかな功績につきましては勲功簿に記録いただければ幸いでございます」

 ゼークトは驚き、カンディール4世は眉を上げる。


「そして後日、再び何かお役に立ち、陛下から特別な許可を頂けるほどになるまで、褒美を下賜されることを留めおきますようお願い申し上げます」

「許可を与えることは約束できぬぞ」

「構いません」


「しかし、ゼークトが入れ知恵したのでないとすれば、勲功簿のこと誰に聞いた? 久しく使われてはおらぬし、そのことを知るものは少ないはずだが」

 俺が返事をする前に国王は一人合点をし、ほろ苦い笑みを浮かべた。

「いや。良い。そうか。分かった。そなたの望み聞き入れよう。して、余を恨んではおらぬのか?」


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