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第67話 不信

「ハリス。愛してるわ。んんっ」

 俺の口が塞がれる。背中に回された腕がぎゅっと俺を抱きしめた。唇から離れたアイシャの口が俺の耳元に寄せられて、甘いささやきを繰り返す。

「大好き。ああ。幸せ。はあっ」

 そして俺の耳が強く引っ張られる。


 はっと気づくとジーナが微妙な顔をして俺の顔を見ていた。

「ハリス。交代の時間よ。いつもは目覚めがいいのに」

 頭を振る。夢か……。久しぶりに思い出した幸せの記憶。されど偽りの日々。俺は大きく息を吐き出すと体を起こした。

「すまん」


 エイリアと交代したコンバの近くにいく。ポットから熱い飲み物をマグに入れて差し出してきた。眠気が覚めるのでそれはそれでいいのだが、ティアナが淹れたものと比べると舌に優しくない。時間をかけて飲み干す。お替りがいるかたずねてきたが俺は遠慮した。


「兄貴。ちょっといいすか?」

「なんだ」

「俺、どうしたらもっと強くなれるっすかね?」

「どうした急に」


「あの馬面のモンスターにあっさりやられちまったじゃないすか。それが悔しくて」

「ありゃあ、しょうがねえよ。ノルンの町の冒険者じゃあ、あれに勝てるのなんてそんなにいないんじゃねえか。オーリスでもサシだときついと思うがねえ」

「でも、兄貴は打ち合ってたじゃないっすか。……戦士じゃないのに」


「スカウトに後れを取ったのが気に入らないってか?」

「そうじゃないっす。いや、そうっすね。兄貴、気を悪くしないでくださいよ。兄貴は接近戦が本業じゃないっすよね。俺はそれが役割です」

「まあ、そうだな。でもよ、俺とお前じゃ年季が違うってことさ」


 コンバは唇を尖らせている。まあ、こんな言い回しじゃ納得しねえか。

「俺は以前にあのホースヘッドと遭遇したことがあった。だから強さも分かっていたし、最初から防御に徹したんだ。それでも追い詰められてたし、ゼークトが来なけりゃ切られてただろうな。お前も見てたろ?」


「ショックでぼうっとしちゃってよく見てないんすよね」

「それにお前の武器は打撃力が強い分、重いし取り回しが難しい。相手にするには不利なタイプだったんだ。それによ、俺の武器じゃ、どうやってもあいつの鎧は壊せねえ。その点、お前は当てさえできれば効くと思うぞ」


 コンバはため息をつく。

「結局、俺はまだまだ半人前ってことっすね」

「そうさ。まだおしめが取れたばかりの若造が生意気言うんじゃねえ。お前はこれからも成長できる余地があるんだからさ」


「それにしても、姐さんって凄いっす。あんな化け物に手傷を負わせることができるんだから」

「そうだな。俺達2人合わせたよりもある意味上だろうな」

「そうっすよねえ」


 コンバは毛布にくるまっているジーナの方に視線を向けてため息をついた。

「なんだよ。ジーナだって俺ほどじゃねえが、冒険者やってる年数は長いんだ。そんな辛気臭いため息つくなよ」

「はあ。この差は縮まるんすかね?」


「それこそゼークトに稽古つけてもらえよ。俺は戦斧は扱ったことはないが、あいつなら一通りの武器は使いこなせるぞ。せっかくの機会なんだから、教えを乞え。俺からも頼んでやるよ」

「そんなこと頼んじゃっていいんすかね?」

「構いやしねえさ。俺も若い頃はあいつにだいぶ鍛えられたもんさ」

「それじゃあ、町に戻ったらお願いしてみます」


 会話を切り上げて俺は周囲の見回りに出た。コンバの相談に乗っている場合じゃない。俺自身も問題が山積していた。まずはアイシャ。今、あいつが何をしているか、どういう立場なのかを確認する必要がある。金回りは良さそうだった。与えられた損害分は取り返さないと気が済まない。


 それに、あいつの方から仕掛けてくる可能性も考えておく必要がある。俺と外形上だけとはいえ親密だったという過去はあいつの汚点だ。あいつの今の夫だか、恋人だか分からないが、昔の男が俺というのはあまりいい気分ではないだろう。俺への仕打ちを知れば嫌悪感を抱くこともありえる。過去がバレないようにするための策を弄しかねない女だということを今では俺も理解していた。


 そして、レッケンバッハ伯爵からの提案も頭が痛い。ティアナを見初めて譲れと言ってくるとはな。国王直轄のノルンと異なり貴族の私領では、領主の権限がかなり強い。金貨100枚という破格の金額を払えば強引に連れ去られても文句は言えない。相場以上の代金を貰って何が不満かと言われるのが目に見えている。


 ゼークトはそこまでの非道をする人物ではないと言っていたが、こんな提案をしてきたことに首を傾げているぐらいだから少々不安だ。ティアナを町に残していくことについて俺が難色を示すと、ゼークトはステラの店なら大丈夫だと言い張った。伯爵の命の恩人でもあるステラ相手には無茶な行動はできないのだそうだ。


 ステラ自身も義侠心の塊のような女性なので、一旦預かれば、どんなことがあってもティアナを保護する。ゼークトは自信をもって力説していたが、俺はそこまで楽観視はできなかった。万が一何かあったら俺を刺せとまで言われて押し切られたが心配でならない。


 慌ただしく出発したせいもあるのだろうが、ティアナが俺のおでこにいつものキスをしなかったのも気になっていた。食事中は伯爵とは楽し気に話をしていたし、相手が貴族ということで心が動いたのかもしれない。所詮俺はその日暮らしの三流冒険者だ。まるで比較にならなかった。


 アイシャだって、最初から俺を騙すつもりじゃなかったという可能性もある。途中でもっといい男ができたから乗り換えた。ティアナが俺に親愛の情を示しているのだって俺しか頼れる相手がいないというのが最大の理由だろう。ティアナの無垢な笑顔を信じたい。だが、同じような天使の笑顔の持ち主アイシャが何をしたのかを思い出し、俺の心は重く沈むのだった。


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