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第24話 エイリア

 いやあ、よく寝た。目が覚めて隣にティアナが居ないことに一瞬焦ったが、すぐにどこにいるかを思い出した。サービスの朝食は作り置きなので可もなく不可もなくというところ。俺の起床に合わせて出てくるティアナの朝食のありがたさを思いながら食い終わった。


 魔法から覚醒するために刺した傷が思いのほか深かったのか疼いた。気になるので神殿にでかける。宿代を払ったら、もう銅貨2枚ぐらいしか無いが、俺にはありがたい友の会の会員証がある。ただ、結局は会員証を出さずにすんだ。神殿に着いたら、エイリアとばったり出会ったのだ。


「あ。ハリスさん。お久しぶりです」

「エイリアさん。先日はお世話になりました」

「ティアナさんの様子はどうですか?」

「はい。おかげさまで。すっかり良くなりました。元気が良すぎるくらいで」


 エイリアは周囲を見回している。

「今日は仕事なので一人です。ちょっと、怪我をしてしまって」

 布を巻き付けた手を見せると、エイリアは形のいい眉をひそめる。

「治療に見えたんですね。失礼しました。では、私が施術しましょう」

「いいのですか?」

「もちろんです」


 俺がエイリアに治療をしてもらうのは初めてだ。前回の冒険時には特に怪我もなかったのでその機会がなかった。噴水前のベンチに腰を下ろすと俺の手をエイリアの両手がそっと包む。美しいつぶやきがしばらく続くとエイリアの手が柔らかなオレンジ色の光に包まれ、俺の手がじんわりと温かくなった。


 他にすることもないのでエイリアの長い睫毛やきれいな朱色の唇を観察した。ちょっと触れてみたい。邪な俺の想いとは別に治療は滞りなく終わり、手はうっすらとした跡を残して傷がきれいに塞がった。エイリアが閉じていた目を開ける。自分の魔法の効果を目にすると満足そうな笑みを浮かべた。


「どうもありがとうございます」

「いえ。病み傷ついた友人を癒すのも私の使命ですから」

 へえ。一応俺も友人枠の扱いなのか。

「立ち入ったことをお聞きしますが、この傷は?」


 俺は眠りの呪文から覚醒するために自分でナイフを刺したことを説明する。エイリアの表情が険しくなった。

「ご事情はあるのだと思いますけれども、本当に無理はなさらないでください。何か私にできることがあれば遠慮なく言ってくださいね。か弱い者をいたわるハリスさんのような立派な方は少ないのですから」

 ティアナに強引に手を出すのは考えものだな。涙声で俺に手籠めにされたなんてエイリアに訴えられたら、やはりそうだったかこの下衆と確実に殺される。


 ジーナの件で懲りたのでなるべく真面目な表情を保ちつつ、俺はエイリアに視線を送った。いい女なのにもったいないよなあ。まあ、元々生涯を定めた夫にしか身を委ねないタイプだろう。一晩だけお付き合いしてほしいとかは冗談でも言わない方が良さそうだ。


「……あの。ハリスさんにこういうことをお聞きするのは心苦しいのですが、藁にも縋るつもりでお聞きしていいですか?」

「なんでしょう?」

「精巧な偽金があるという話を聞かれたことはありますか?」


 俺は何食わぬ顔をする。不意打ちを受けて少々努力が必要だった。

「ああ。そういう噂は聞いたことがありますね」

「詳しいことはご存じないですよね。いえ、ハリスさんは悪事には手を染めない方だということは分かっています。ですが、色々と世慣れていらっしゃるようなので、もしかするとお聞き及びではないかと……」


「気を遣わなくてもいいですよ。まあ色んな話だけは入ってくる職業なので。それで、偽金作りですが、大掛かりな設備も必要ですし、個人でできるもんじゃないですよ。意外と貴族とか大商人がやってるんじゃないですかね」

「言われてみるとそうかもしれませんね」

 エイリアが身を乗り出す。


「ええ。偽金貨を使う人間も一見真面目そうな人に任せるらしいですよ。ほら、私みたいなシーフが大金を使うと相手に警戒されますから」

「先日は大変失礼を」

「いえ。そういうことが言いたいんじゃなくて、偽金使いを探すなら、表面上は堅い商売をやってる人間を探す方がいいってことです」


「なるほど」

 エイリアはそれこそメモを取らんばかりにして熱心に聞いている。

「しかし、聖職者のエイリアさんがこんな世俗のことを気にされるんですね」

「はい。ちょっとある人に相談されまして」


 ある人ねえ。俺にまでわざわざ聞くぐらいだから、相当親しい相手なのだろうな。やっぱりこれだけのいい女、周囲の男が放っておくわけは無いか。羨ましい野郎だな。こんな風によその男に頭を下げてまで、情報を集めてやるなんて、どれだけ惚れてんだろう?


「ハリスさん。お願いします。何かご存じでしたら教えてくださいませんか」

 どうも、俺がろくでもないことを考えていたのを、話すかどうか逡巡していると勘違いしたようだ。

「うーん。確証のある話ではないので」

「ハリスさんにご迷惑がかかるようなことはいたしません。お願いです」


 治療を終えたばかりの俺の手をエイリアが両手でぎゅっとつかむ。

「噂とか、そんなので構わないんです」

「あまり期待しないでくださいよ。私はノルンの町に住んでいるのですが、こちらの方面に偽金を持ちこんだやつがいるという風聞を耳にしたことがあります」


「本当ですか?」

「少し前の話ですがね。すでに流通してる可能性もあります。1・2枚知らずに持っている人がいるかもしれません。もし調べて見つかっても少ない数なら知らずに受け取ってしまったのかもしれないと、そのある人に伝えてください」


「ああ。細やかな気配り。さすがはハリスさんです。確かにそうですね。私も話を聞かされるまでは存在さえ知らなかったのですもの。その点も含めて伝えますわ。ハリスさん、本当にありがとうございます。このお礼は改めて致します」

 エイリアは深く頭を下げると小走りに去っていった。


 俺は心の中で語りかける。いえいえ礼には及びませんよ。エイリアさんの彼氏か誰かがゾーイ達の偽金を見つけていただければ、それで結構です。俺も立ち上がると口笛を吹きながら歩いていく。ゾーイ達の排除が少しはうまくいきそうな展望が見えて足取りは軽かった。


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