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酔っぱらい盗賊、奴隷の少女を買う  作者: 新巻へもん


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第2部第19話 母と姉と夫と

 何かやらかすのではないかと心配していたが、チーチは実際には俺にちょっかいをかけてくることはしない。

 ほぼ面識のないギルド長ハンクと親しくするのは周囲の目に奇異に映るということは弁えているということらしかった。

 普段は馴れ馴れしい態度を取ることが多いが、肝心な時には一線を越えないという辺りが本当にチーチを侮れない所以である。


 俺に対しては大人しくする一方でこのタイミングで現れて遠征に参加していることの説明は上手くこなしていた。

「レッケンバッハ伯爵には色々とお世話になったからさ。手助けしてほしいと頼まれたら断れなかったのよね」

 レッケンバーグの町に住む人間にとって伯爵の存在は非常に大きい。

 領主として優秀であるし、人柄も貴族としては最上の部類に入る。

 そして、その剣技は恐ろしいほどの腕前ということを見聞きしていない者はいなかった。

 そのレッケンバッハ伯爵に頼みごとをされる存在というのは無視できない。


 実力を示す方も、偶然大型の雀蜂の巣の近くを通った時に抜かりなく腕前を誇示している。

 ダンジョンに出没する狩り蜂ほどではないが、この雀蜂も人の拳ほどの大きさはあった。

 刺されればすごく痛いし針には毒も含んでいる。

 警戒と威嚇の為に飛んできた雀蜂をチーチは細剣であっという間に斬り捨てていた。

 フラン、ノールの2人を左右に従え、次々と襲ってくる雀蜂を倒すと巨大な巣も叩き壊す。


 この間、冒険者の中には毒針で刺された者が何人か出ていた。

 ほとんどが後衛だったが、前衛でも大型で重い武器を使う戦士が神官の世話になる。

 すぐに解毒の魔法をかけてもらって1人を除いて大事にはならなかったが、野生の生き物も馬鹿にできないという教訓を残した。

 そんな中で迅速かつ的確に雀蜂を処理したチーチの腕前は冒険者たちの目を引く。


 まあ、パワーよりも速度に特化したチーチは雀蜂とは頗る相性がいい。

 ガチガチに全身鎧を着こんだものが相手だった場合は相当苦戦することになるはずだった。

 とりあえず、この場に現れたのは雀蜂であり、多くの戦果を上げたのは事実である。

 リコやカイルのような新人は素直に速い剣さばきに感動していたし、もう少し経験を積んだ者は従者との連携の巧みさに驚いていた。

 そんなわけでちゃっかりと実力のアピールに成功している。


 そして、ジーナも地味に活躍をしていた。

 大トンネルのときと同様に瞬間的に吹雪を引き起こすブリザードの魔法を使って広範囲の雀蜂を凍えさせている。

 対人ではほとんどダメージを与えられない地味かつ初級の魔法を駆使する姿は、最初は若い魔法士たちから驚かれていた。

 もしかすると通常であれば軽んじる者もでたかもしれない。

 しかし、ジーナはバラスマッシャーである。


 高名な人間が行うことには意味があると考えてしまうのも無理はない。

 以前所属していたパーティから追い出されたサムソンなどは唸りながら感心すると、顔に尊敬の表情を浮かべた。

 サムソンはすぐに自分もブリザードの魔法を唱えて雀蜂に対処している。

 実際にやってみれば、詠唱速度も効果もジーナとは大違いであった。

 高速で飛ぶ蜂を魔法の効果範囲に収めるのはそれはそれで結構難しいのである。

 そして、落ち着いてから改めて考えると他の魔法の選択肢は実は無かったということを理解するのだった。


 ファイアボルトなどの攻撃魔法は雀蜂に使うには威力が高すぎる。

 それこそ消し炭に変えてしまうだろうが、蝋燭の火を消すのに大きなバケツの水をかけると周囲を水浸しにしてしまうように周囲の仲間も焼きかねなかった。

 魔力の消費も多いし無駄が多い。

 一定範囲を巻き込む眠りの魔法を使っても同じように蜂を落とすことができるかもしれないが、やっぱり仲間も巻き込んで眠らせてしまう危険がある。


 そのことを理解すると若い魔法士たちはジーナを取り囲んで熱心に話をしていた。

 やっぱりバラスマッシャーは一味も二味も違う。

 そんな声を浴びてジーナは困ったような表情を浮かべていた。

 サムソンを初めとして個人的に弟子入りしたいというのが多くいる。

 今回の件でますますその希望が強くなっていそうだった。


 初歩的な魔法の手ほどきをして生活費を稼いでいたのだから、弟子をとってもいいような気がするが魔法士にとって正式な師弟関係というのは特別な意味を持つらしい。

 身につけた魔法を悪事に使うような不肖の弟子は師匠が自ら制裁を加えなくてはならないそうである。

 じゃあ、マルホンドの師匠は、と聞いたら肩をすくめていた。

 例外はあるにせよ、倫理観に欠けたのが珍しくないシーフとは違う世界が広がっている。

 

 その日の夜は若い魔法士から逃れるようにしてジーナが俺のところにやってきた。

「ギルド長。ちょっとお話してもいいかしら?」

「ああ、もちろん」

 俺はコンバについての相談かと思って皆から離れたところにジーナを連れていく。

 ジーナは声を潜めた。

「チーチのことなんだけど、どういうつもりなの?」

 おっと、そっちの話だったか。


「どうも何も、カンヴィウムのお偉いさんの話で決まったことだからなあ。そこに丁度この任務だろ。指揮も出来て腕のいい前衛が足りなくて困っていたところだったし、連れてくるしかなかったんだよな」

「それは分かってるわよ。その話じゃなくて誰かさんの奥さんの座を狙っている件よ」

「まあ、それは誰かさんが今は居ないから当面はしのげるんでね」

「それはそうなんだけどさ。凄く執着しているでしょ?」


「心配させて申し訳ない」

「別に心配するのはいいのよ。私の妹のことなんだから」

 ティアナの義理の母がステラさんで、義理の姉がジーナというのは、考えれば豪華な顔ぶれである。

 そんなつもりはないが、我が妻を泣かせるような真似をしたら、俺の命がいくつあっても足りはしない。

 実の母親と継父には恵まれなかったティアナも後天的には豊かな人間関係を築いていた。


 本当ならここで胸を張って、素晴らしい伴侶も得たと言いたいところである。

 まあ、ちょっと無理があるよな。

 当人は俺のことをとても大切にしてくれているし、結婚したことに不満は無さそうだ。

 しかし、俺の中身はティアナが思うほど善人じゃない。

 最初は邪な目的だったのは紛れもない事実である。

 そして、タイミングを逸しているうちに不能になって結局抱いていないままなんだよなあ。


 そんなことを考えているとジーナに手を抓られた。

「ねえ。真面目に話を聞いてる?」

「とりあえず、俺のキャパを超えそうなんだ。反乱鎮圧が終わるまではそちらに集中させてもらっていいか?」

「そうね。余計な負担をさせちゃって悪かったわね」

 ジーナが申し訳なさそうな表情になる。

 コンバとの関係について逆襲しようかと一瞬思ったが、藪蛇になりそうなのでやめておいた。

 そして、その翌日、雀蜂に刺されて苦しんでいた1人が申し訳なさそうに離脱を申し出る。

 それは吟遊詩人のアルバだった。

 

 

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